第十一章 聞けた本題と芽生えた自覚
「……で」
和やかに夕食を終え、侍女さんが食器を下げた後。
入れ替えに持ってきてくれたティーセットで紅茶を煎れ、ようやく私たちは本題に入ろうとしていた…の、だが。
「…………なんで、応接室じゃなくて寝室なの」
そう。
私は応接室の明るい光の中で会話をしたかったのだけど、なぜかハイドに寝室へと追いやられてしまったのだ。
夜もだいぶ更けてきたせいもあって、寝室は月の光と1脚の燭台でわずかに照らされているだけ。非常に心もとない。
…こんなムーディな空間で話す内容じゃないような気がするんだけど。
「ん?だってお話したら後は寝るだけだろ?だったらベッドに入って話せば、眠くなったらすぐに眠れる」
「今夜も一緒に寝るのは決定なのね…」
しれっと言われた私は眉間を指で押さえながら呻いた。どうやらハイドはこれから毎晩一緒に寝るつもりのようだ。
「もちろん。アイリと一緒に寝ると安心するんだ。ゆうべは久しぶりに凄く深く眠れた」
「……そう」
そんなすっきりした表情で朗らかに言われては二の句が告げない。
「さ、座って。…さて、城内案内と異端者の説明、どちらから聞きたい?」
しばらく考えた後、話が短そうな城内案内をお願いする。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
おもむろに自分の額に長い指を当て、ハイドは目を閉じる。
すると私の目の前に、さっき本で見たようなお城の立体図が出現した。
「わぁ!」
「これが俺の脳内地図。とりあえずはこの部屋から魔道室までの道のりを説明しようか」
すると、今私達がいる部屋の前にズームアップされる。…便利だわ。
「で、魔道室がここ」
すごい速さで景色が移り、魔道室の扉に到着する。
「平面図で見ると、こんな感じ」
今まで立体的だったお城が真っ二つに割られたような図に変わり、部屋から魔道室までの道順が赤いラインで表された。
「直線距離で言えばたいした長さじゃないけど、途中ちょっと複雑な所がある」
「それが、ここね」
親切にもその箇所が青く点滅していたのですぐに分かった。
「そう。ここは階段がふたつ並んでいてね。ひとつは格納庫に繋がっていて、こちらはその特性上物凄く複雑に出来ている」
俺でも多分迷う、とあっさり言われた私は、絶対に迷わないようにしよう、と心に誓った。
「んで、この階段を上ると、次はこの廊下」
又しても示された廊下が青く点滅する。
「ここも途中分岐していてね。左が魔道室へ続く廊下で、右は特に何もないけど下りのスロープになっていて、終点は牢獄」
「牢獄!?」
そんなものがお城の中にあるの!?
「そ。城内の侵入者とか犯罪者を閉じ込めておくための場所でね。もちろん拷問室もあるから、アイリは極力近付かないほうがいい。刺激が強すぎるからね」
う…格納庫以上に近付いちゃだめだな。
「分かった」
「さて、そしてここを抜けると後は簡単だよ。この階段を上ればすぐだ」
そして目的地である魔道室の扉が赤く点滅した。
「これで到着。分かった?」
「う…うん。実際歩いてみないと体が覚えないと思うけど、なんとなくは分かった」
「じゃあ明日は俺が後ろを付いて歩くから、さっきの道順通りに行ってみなよ。間違ってたら教えてあげるから」
「あ、それ助かる。お願いね」
「了解。…で、次の話なんだけど」
ハイドはそこで一度言葉を区切り、私の顔をじっと見た。
「な、何?」
「アイリの世界で、異端者ってどういう意味だったんだ?」
「え?」
「アイリの反応を見るに、どうもこちらの世界とは意味合いが違うんじゃないかと思って」
さすがハイド、鋭いところを突いてくる。
「そうね…良い意味ではなかったわ。『一般』から外れていたり、突飛な理論を説いたりするような人たちの事を指していた、かな。自分の信じる宗教以外のものをそう呼んだりもした時代もあったみたいだし。少なくとも友好的な感じとは程遠かった」
「…だから最初微妙な顔をしていたんだな」
「うん…正直、悪口言われてるのかなって最初は思った。でもすぐにそんな感じじゃないなって分かったんだけど、やっぱり、ね」
「そうか…すまなかった」
「ハイドが謝る事じゃないよ。私の世界の事はここでは関係ないんだから」
そう言うと、ハイドは私の頭を優しく撫でてくれた。
「アイリは優しいな。ますます好きになりそうだ」
「……それは、どうも」
う。なんか私を見る目に熱がこもった気がする…
「そ、それよりもここの世界での異端者ってどういう意味なの?」
「ここでの意味は、アイリの世界とは真逆で、異端者という言葉は神聖視されてるんだ。普段は口に出す事もためらわれる程の重い言葉になっている」
「そうなの!?」
びっくりだ。口に出すのもためらうって、よっぽどだよね。
「庶民はまず言葉自体を知らない。この言葉を知っている人間は王城関係者の一握りだけ。それに、異端者と言う言葉はこの世界の人間ではなく、アイリのように他の世界から来た者の事を指す」
「え、という事は、私以外の人も他の世界から来たことがあるの!?」
だとしたら衝撃だ。こんな珍妙な事がこの世界では普通なんだ、とか言われたらどうしよう…
「あるにはある、としか言えない。なぜなら記述にしか載っていないからだ」
「…記述?」
「そう。数百年前にも一度アイリのように他の世界から来た人間がいた、という記述と、我々とは違う感性と力を持っていたので尊敬の念を込めて『異端者』という単語を作った、とだけ書かれていた」
「…それだけ?」
「これだけ。それも歴史家が書いた本に小さく書かれていただけで、真偽のほどは定かじゃない。でも、こういう記述があったって事は、少なくとも今のアイリの境遇と似たような事が過去にもあったってことだ」
「その人の名前とか性別とかも分からないのね…」
「そうだな。だから作り話なんじゃないかって言ってる学者も少なくない」
それはそうだろう。別の世界から誰かがトリップしてくるなんて、おとぎ話の中の話だ。
「…俺も、最初は信じてなかったんだ。ここ以外に全く別の世界があるなんて想像もしなかった」
「だけど…私が来たのね」
「そうだ。びっくりなんてもんじゃなかったな。空想だと思っていた話が現実になったんだから。多分、これから王宮の色んな人間が話を聞きに来るかもしれないな」
「え、なんで?」
「伝承の世界が現実になったんだ。学者や研究家が放っておかないさ。間違いなく研究対象にされるだろうな」
「……げ」
その言葉を聞いて頭に浮かんだのは、四六時中マスコミの目に晒されて色々記事にされる芸能人の姿だった。
あんな感じの目に私も遭うのだろうか…そう思うと顔が引き攣る。
「心配しなくてもいい。アイリは俺付きの専属だから、俺の許可なしにアイリの時間を割くのは禁止されてる。さすがに全ての人間を断るわけにはいかないだろうから、何人かは受ける事になるけど…大丈夫?」
「一人ずつだったら大丈夫…かな。でも、何を聞かれるの?」
「十中八九アイリがいた世界の事だろうな。何せ俺達の理解の範疇を軽く超越しているから、目の色変えて質問してくるだろうな。…でも」
「でも?」
「俺は他の男とアイリが喋ってるのは見たくない」
「!!」
おもむろに抱き寄せられ、突然の事に対処が出来ず、されるがままハイドの胸にぽすっと収まってしまう。
「ちょ、ちょっと、ハイド…」
「やっぱりアイリが傍にいると安心する。…よっと」
「うわ!」
抱き締められたままころん、と寝転ばれ、なすすべもなく私も一緒に転がる。
「は、ハイド…ちょっと、まだ話は終わってない…!」
離れようとじたばたもがくものの、両腕でがっちりホールドされているのでビクともしない。
「んー?お城の案内もしたし、異端者の説明もした。他に何か話すことある?」
「異端者の説明ってあれだけ!?」
「だってそれしか言いようがないし。この世界の救世主になったって話もあるけど」
「それ結構大事な話よね!?」
私まで救世主に仕立て上げられるのは御免こうむりたい!私は平凡な……世界規模の迷子なんだから!
「異端者は総じて魔力が高いって説もあったな」
「後からどんどん出てくるじゃないの!…あ、そうだ!」
そこで私は大事な事を思い出した。
「ん?何?」
「アベル様から水晶を頂いたの!それに自分の魔力を貯めておきなさいって」
「あぁ…貯蔵装置か。俺はいらないって突っぱねたけど、アイリは必要かもな。…仕方ない」
本当に渋々といった感じで腕を解いて私を解放すると、ベッドから起き上がって手招きした。
「おいで。水晶の置き場所を用意しよう」
「……本当にここで良いの?」
ハイドが用意してくれた置き場所は、応接室の窓際だった。
なにやら頑丈そうな机には、今の水晶には全くサイズが合わない大きさの丸い台座が、文字通りどーんと鎮座していた。
「私の魔力…こんな強くないと思うんだけど」
「いや、きっとこれぐらい必要だと思う。魔力の移し方は教わった?」
「うん、イメージとしては教わった。流すイメージで、って」
「それでいいよ。じゃあ、俺はちょっと離れてるから、やってごらん」
そう言って少し離れたハイドを見た後、私は慎重に台座に水晶を乗せる。
あまりにも大きすぎて水晶が転がりそうになる。…どう考えても、10倍ぐらい大きいような…
水晶が安定したのを確認して、私は目を閉じる。
そしてまず、抑えていた魔力を開放するため、鍵を外すイメージを作った。
ほどなくして、右目の奥でカチャ、という音が聞こえたような気がした。
その音を確認してから、川の流れのように魔力を水晶へと移動させる。
すると、右目の奥が少し熱を帯び、ゆらり、と煙のようなものが浮かび上がる。
それはどんどん本数を増し、次第にひとつへとまとまっていく。
(これが…魔力ってやつなのかな)
太い筋のようになったそれは、刻々と様々な色に変化しながら私の身体を通り抜けて目の前にある水晶へと吸い込まれていく。
どれくらいそうしていたんだろう。
どんどん筋がばらけて次第に細くなっていき、ふ、と消えた。
そして私もゆっくりと目を開け……
「うわぁ!!」
腰を抜かすかと思うほど驚愕した。
手のひらに収まるサイズだった水晶が、今や私の目線を超えるぐらいの大きさまで成長していたのだ。
「な、な、な…」
驚きすぎてうまく言葉が出せない。よく見ると台座からも若干はみ出している。
「やだ、これ転がったりしないかな!?」
慌てて水晶に触れてみるも、以外にがっちりはまっているのか力を入れて押してみてもビクともしない。
良かった。こんなのが落ちてきたら怪我だけじゃ済まないかも…
「それにしても…」
改めてまじまじと水晶を見つめる。
アベル様の部屋にあった水晶は、台座なしでも私の背丈を超えそうな大きさだったけど、私のはそれに比べると小さかった。だけどラデューのそれよりまだ3倍ほど大きい。
それに、色。
中にオーロラでも入ってるんじゃないかと思うほど色んな色がキラキラと渦巻いていて、見ていて飽きないほど幻想的で綺麗だった。
「凄い…これでもう少し小さかったらオブジェとして最高だったのにね」
そこでようやく、ハイドが今まで一言も発していない事に気付いた。
「…ハイド?」
振り向いた私は目を見開いた。
そこにはハイドが膝を折って苦しそうに屈み込んでいたのだ。
「ハイド!?どうしたの、大丈夫?」
慌てて駆け寄り、背中に手を当てる。額には大粒の汗が浮かび上がっていた。
「しっかり、しっかりして!誰か…」
侍女さんを呼ぼうと立ち上がった私の袖をハイドが掴んだ。
「大丈夫…ここにいて」
「でも」
「もう楽になったから。心配させてごめん」
そう言って私を仰ぎ見るハイドの顔色は真っ青だ。
「とにかく、そこのソファーまで行こう?立てる?」
私が差し出した手に捕まって何とか立ち上がると、そのままソファーまで一緒に歩いて座らせる。
「侍女さんにお水、持ってきてもらおうか?」
「水なら浴室にある泉から飲用水が取れる。悪いけど、コップに持ってきてくれないか?」
「分かった」
私は戸棚からコップを取り出し、浴室へ向かう。
そして洗面所の横にある箱庭サイズの泉に近寄り、そこから湧き出ている水を汲んだ。…ウォーターサーバーみたいで便利だわ。
「お待たせ、ハイド」
「あぁ、ありがとう」
私からコップを受け取ったハイドは、その中身を一気に飲み干した。
「ねえ、本当に大丈夫…?」
「ん、もう平気。ごめん、恥ずかしいとこ見せた」
そう言って微笑むハイドの顔はだいぶ血色が戻ってきていて、私はホッと安心する。
「どうしたの?貧血でも起こした?」
「いや…アイリの魔力にあてられて、身動きが取れなくなったんだ」
「どういうこと?」
情けないなー、と首を振るハイドに、私は眉をひそめて聞いた。魔力に、あてられる?
「魔力って言うのはこの世界の元素を使うって話は聞いたよね?その時、詠唱者以外の人間は元素を奪われる形になるから、高い魔力の人間が詠唱すると行動が制限されてしまうんだ。動きが鈍くなったり、魔法が使えなくなったり」
そこで一旦深呼吸をする。
「それを防ぐために、戦闘の場合はあらかじめ防御壁を作っておくんだけど、その強度を超えた魔力は当然壁を破って押し寄せてくる。…正直、アイリの魔力は予想以上だった。事前に作っておいた壁を易々と破壊して俺に魔力の奔流が直接襲い掛かった。動きはおろか、一瞬呼吸すら出来なくなって焦ったよ」
アイリが目を閉じた瞬間、凄まじい魔力が身体から噴出してきた。
まずい、と思って壁に強化の術を施そうとするも間に合わず、真正面からアイリの魔力を浴びた。
結果、声すら出せない程の圧力に押し潰されそうになるのを必死に耐えていたのだ。
「アイリが目を開くのがもう少し遅かったら、気を失っていたかもしれない。やっぱりアイリは特別だよ」
そう言って優しく頭を撫でてくれるが、私はそれどころじゃなかった。
「それって…私、ハイドを殺しかけたって事…?」
なんてことだ。私はここでようやく、自分の身に起こった事を悟った。
体調を崩したんじゃない。私が、自分の魔力でハイドを潰しかけたのだ。
「ごめん…ごめんなさい」
自分の限界を把握していれば、こんな事にならなかったのかもしれない。
過小評価していなければ、ハイドにちゃんと防御壁を作って貰えたのかもしれない。
ショックで顔面蒼白になった私を、ハイドはそっと抱き締めてくれた。
「アイリが悪いんじゃない。今まで魔法とは無縁の世界にいたんだ。仕方ないさ」
「でも…でも」
もし、目を開くのが遅かったら、自分のせいでハイドを失っていたかもしれない。そう思ったら、勝手に涙が溢れてきた。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「アイリ、大丈夫。俺はちゃんとここにいるだろ?もう謝るな」
抱き締めてくれる腕に力がこもる。
「大丈夫。だから、泣くな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
「……ぅ…」
いつものように悪戯っぽく茶化され、ようやく涙が止まる。
ぐしぐしと涙を拭く私を見て、
「あーあ、そんなに泣いたら目が溶けるぞ?明日腫れぼったい目でアベルの所行ってみろ、俺何言われるか…」
そう言って目尻に溜まった涙を長い指でぬぐってくれた。
「泣き止んだか?」
「……ん…」
私の涙が完全に止まったのを見計らい、ハイドは水晶に目を向ける。
「しかし綺麗な色してるなぁ。これ、何色あるんだ?アベルに見せたら驚くだろうな。こんな何色も混ざった物を見るのは初めてだ」
「…そうなの…?」
「アベルから聞かなかったか?2色以上の色を持つ人間はそうそういないって」
「そう言えば、聞いたような気がする…」
「それに2色持ちだったとしても、こんな刻一刻と見た目が変わる水晶じゃなくて、絵の具のように混ざるから、ホント珍しい。俺生まれて初めて見た」
ハイドは立ち上がり、水晶に近付いてまじまじと見つめる。
「…これ、落ちてきたりしないかな」
さっき心配したことをハイドに聞いて見る。
「大丈夫だろ。しっかりはまってるし、ほら、俺が押してもびくともしない」
ハイドが両手で押しても動かないのを見て、ようやく安心する。
「…さて、じゃあ貯蔵も終わったし、そろそろ寝ようか」
伸びをしながら言われ、私は素直に頷いた。
かなり回復したように見えるが、まだ少し辛そうに見えたからだ。
明日も仕事なんだろうし、早く休んでもらわないと…
「…そうだね」
「でも、その前に俺汗かいたからもう一回身体流してくる。アイリは先に寝室に行ってて」
「分かった」
そしてハイドが浴室に行ったのを確認して、私も寝室に向かった。




