第十章 垣間見える執着
魔道室を出た後、ハイドに一生懸命付いて歩き、部屋に戻って来た私は侍女服を脱ごうとして・・・
「あれ?」
胸元のリボンをほどいた時点である事に気付いて止まった。
「ん?どうかした?」
マントをハンガーにかけていたハイドが振り向く。
「私の服がない・・・」
そう。
朝部屋を出るときに畳んで椅子に置いておいたのだが、今見るとなくなっている。
「ああ、きっと侍女が洗濯に出したんだろう。何も言わなければ毎日シーツからタオルから、部屋のもの全てが洗濯に出されるから」
なんて素敵なシステムなんだろう。・・・じゃなくて!
「私、あれ以外に服ないんだけど・・・」
この世界に飛ばされた時に着ていた服とナイトドレスしか自分の服がない私から、その両方を取られたら侍女服しか残されてないのですが!
「・・・そういえばそうだったね」
顎に手を当てて何かを考えていたハイドだったが、すぐににっこりと顔を上げる。
「俺は別に裸でも全く構わないよ?」
予想の遥か斜め上の発言をされ、一瞬思考がフリーズする。
「な、な・・・」
口までフリーズしたのか言葉がうまく出てこない。変わりに顔がみるみる赤面していくのが分かる。
「良いじゃん、俺とアイリの仲なんだから。ね?」
「ね?じゃなぁぁぁい!」
ようやく解凍された思考と口で、精一杯の反論をする。
「恋人同士でもないのに!っていうか恋人同士でも恥ずかしいよ!そもそも素っ裸なんて、誰か部屋に来て見られたらどうするの!いたたまれなくて死んじゃうよ!」
それに何よりもハイドに裸見られるのなんて、恥ずかしい通り越してもう絶対訳分かんなくなる!何の罰ゲームだ!
そもそもハイドと私の仲って何!そりゃ助けて貰った恩は計り知れないけど、だからって裸で生活しなきゃいけないいわれはない!
・・・・・・あ。
「・・・主人の命令なんて言わないでよ・・・?」
専属の侍女になった今、ハイドは私のいわば雇い主だ。という事は、基本的に命令にはなんでも従うのが侍女って訳で・・・
ふと、ここでハイドが一切口を開いてない事に気付く。
顔を見ると、手で口を覆っている。
「・・・ハイド?」
声をかけた途端、堪え切れなくなったように吹き出した。
「あははははは!必死すぎて可愛いったら!ダメだ、堪えすぎて苦しい・・・」
今まで笑いを必死で堪えていたらしい。身体をくの字に曲げて涙を滲ませて大笑いしている。
・・・なんか、色々損した。
「・・・ハイドの馬鹿」
眉間に皺を寄せ、そっぽを向いて制服のリボンを結び直した私を見て、ハイドは涙を指でぬぐって笑いながら近付いて来る。
「ごめんごめん。あまりにもアイリが可愛くて」
「その言葉は笑いがおさまってから言って」
笑いながら謝られても何の説得力もないんですけど!
即座に突っ込みを入れてその場から離れようとしたら、後ろから抱きすくめられた。
それだけで心臓が軽く跳ね上がる。
「ごめん、悪かったよ。ちゃんと謝るから許して?」
耳元で囁かれて、背筋がぞくっとなる。
「ね、ごめん。機嫌直して」
「・・・う、ん」
ようやく絞り出した言葉が少し震える。
耳にかかる吐息と、首筋に当たる髪が妙にくすぐったくて、思わず身をよじる。
「アイリ、なんで逃げようとするの?」
気配を敏感に察知して、ハイドが更に力を入れて抱き締めてくる。
「耳くすぐったいし・・・は、恥ずかしいから・・・っ」
赤面しているのを悟られないように一生懸命顔を逸らすけど、きっとそれもハイドにはお見通しなんだろう。
「恥ずかしがることないよ。・・・ね、ほら。こっち向いて」
後ろからくいっと顎を持ち上げられて体勢が揺らぐ。
思わずハイドにもたれかかってしまい、咄嗟に彼の方を向いてしまう。
「やっとこっち向いてくれた」
「・・・・・・っ!」
至近距離にあるハイドの艶やかな笑顔に息が詰まる。
な・・・なんか笑顔の裏に妙な色気が漂ってる気がするのですが・・・!
元いた世界ではありえない美形が、真っ直ぐに私の目を見つめている。
その深紅の瞳に射抜かれ、目が逸らせない。
「機嫌直してよ。アイリに嫌われたら俺、生きていけない」
少し眉尻を下げて囁く、その吐息さえ私の思考を曇らせる。
・・・この人は・・・なんでそんなに私の事を・・・
「・・・で?」
「ん?」
「なんでそんなに私の事を好きでいてくれるの・・・?」
言ってからハッとした。
まだハッキリ分からないのに、好きとか言っちゃった!ただからかってるだけかもしれないし、この国ではこれが普通かもしれないのに!
「・・・・・・」
顎を持ち上げられたままあたふたする私を、ハイドはなぜか苦しそうな顔をして見返した。
「・・・ハイド?」
どうしたんだろう。この顔、朝私をベッドで抱き締めた時にも見たような・・・
「・・・・・・」
何かを思案するような間の後・・・
「・・・好きでいては、いけないのか?」
「え?」
抱きすくめられていた手が緩み、私はくるり、とハイドに向き直る。
「俺は、アイリの事を好きでいては駄目なのか?」
「そういう訳じゃ・・・」
どうしてそんな傷付いた目をするんだろう。どうしてそんな泣きそうな声を出すんだろう・・・
「ごめんね。変な事言っちゃったかな。ただ、知り合って間もない私の事をどうしてそんなに気に入ってくれてるのかなって不思議に思っただけ」
「理由なんてないよ。最初に出会った時から俺はアイリが好きだ。・・・一目惚れしたんだ」
「・・・え」
「初めて聖櫃の間でアイリを見た時、不思議な気持ちになったんだ。それまで誰に対しても感じた事のない、暖かい何かが俺の中から溢れてきた。その時、この人を絶対に俺のそばから離さない、そう決めたんだ」
少し照れ臭そうに話すハイドを見ながら、私は一瞬引っ込みかけた顔の赤さが再び戻ってくるのを感じていた。
「そ、そんな前からだったんだ・・・」
だとしたら、ラデューの部屋にいた時の素振りも納得できる。
「アイリの気持ちが俺に向いてなくても、それでも隣に置きたいと思った。そばに置けば、いつかこちらを向いてくれるだろうと。でも、他の男と仲良さそうに話すアイリを見るのはやっぱり嫌だ」
「えーっと・・・それはラデューやアベル様もってこと?」
「出来れば話して欲しくないけど、あいつらは仕方ないからね。それ以外の人間は嫌だな」
ど、どんだけ束縛派なんですか!?嬉しいような重たいような、だよ・・・
「アイリの気持ちはまだ聞かない。きっとまだ何も感じてないだろうから。でも・・・いつかアイリの全てを俺のものにしたい。それだけは覚えててくれ」
そう言って、ぽかんとしている私の頬に軽く口付けた。
「さて、今日は話す事がたくさんある。でもまず風呂入りたいな。先に入ってもいい?」
「あ・・・うん」
「じゃあ先に行って来る。しんどかったら横になってるといい」
そう言ってすたすたと浴室に向かって行ってしまった。
後に残された私は、今ハイドがした事を思い出し、顔から火を噴きそうになる。
いっ・・・今、頬にキスされた・・・っていうかちょっと待って、私の全てをハイドのものにしたいって、それって思いっ切り告白じゃないの・・・!
いやいや、それよりも何よりももっと肝心な事が!
「私の服は結局どうなるのーーー!?」
それからお風呂から戻ってきたハイドに詰め寄り着替えを用意して貰う約束を取り付け、お風呂に向った。
浴槽に身体を沈め、ほぅ、と一息つく。
まだ完全に受け入れられた訳ではないけれど、別の世界に来てしまった事は揺るぎない事実。
アベル様に教えて貰った事を思い出しながら、天井を仰ぎ見る。
浴室は全面タイル張りで、空中の所々にふわふわと淡く光る玉が浮いている。とてもムーディだ。
と、ハイドが使っているらしいシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
ハイドは自分用とは別に私のシャンプーやボディソープ一式を用意してくれていた。
私のはローズ系の優しいフローラルな香りだけど、ハイドのものはムスク系の大人っぽい香り。
不意にさっきの記憶がよみがえり、顔が赤くなる。
今の私達の状況って・・・同棲してるようなもんだよね。
同じ部屋で寝食を共にしてるんだもん。向こうの世界だったら間違いなくカップルがする生活だ。
(それに・・・あれは絶対に告白だよね)
口まで浴槽に沈み、ぶくぶくと泡を作る。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちの反面、私には引っかかる事がひとつあった。
ユミル様、というハイドのお義姉さんのことだ。
私にそっくりだという彼女の事を、私は何も知らない。
挨拶も出来そうにないし、あまり聞いて良いような雰囲気でもなさそうだし・・・
「・・・・・・ん?」
まてよ。
お義姉さんにそっくりな私の事を好きって言ってくれた・・・と、いうことは。
(・・・まさかシスコンじゃ、ないわよね)
もしもそうだとしたら悲しすぎる事実だ。お義姉さんの身代わりなんて耐えられない!
「・・・やっぱりタイミング窺って聞いてみよう」
そう決めて、私は身体を洗うべく浴槽から出た。
「わあ、良い匂い!」
お風呂から上がった私は、テーブルに用意された夕食を見て思わず声を上げた。
「お帰り。その服、よく似合ってるよ」
ハイドは約束通り、侍女さんに服を用意して貰っていた。
脱衣所に置かれていた服をありがたく着た私は今、クリーム色のシンプルなワンピース姿だ。
これまた高価な生地らしく、拭き残っていた水分を優しく吸い込みながら全くべたつかずサラサラのまま。動きやすいし非常に快適だ。・・・裾が膝丈なのでちょっと短いけど。
「ありがと。このワンピースとっても気持ちいいの。動きやすいし」
「気に入ってくれて何よりだ。明日にはもう何着か服が届くはずだから、楽しみにしてて」
ハイドには本当にお世話になりっぱなしだ。頑張って早くこの世界に慣れないと!
「それにしても、お風呂にまで良い匂いが漂ってたよー。お腹空いた・・・」
テーブルに並んだ食事を見て、勝手に頬が緩む。量こそそんなに多くないが、色彩豊かでとても美味しそうなご飯が私を呼んでいる!
「じゃあ、まずはご飯食べようか。話はそれから」
にっこり微笑むハイドに、私は激しく同意した。
なんか中々肝心な事聞けてないような気がするけど、目の前のご飯を我慢してまで話すほど、私は人間出来てない!
暖かいものは暖かいうちに頂かないと、作ってくれたコックさんに申し訳ないもんね。
いそいそとテーブルにつき、
「いただきます」
きちんと手を合わせ、私は目の前のご馳走に没頭した。




