第九章 ちょっとした引っ掛かり
昼食を終えた後は、ほぼ雑談だった。
主に私がいた世界の話をし、文字を簡単に教え、義務教育制度等の話もした。アベル様は
「そうですか・・・アイリのいた世界では少なくとも9年間もの間『ガクセイ』として学術に専念するのですね」
「はい。中学校を卒業した後は働きに出る人もいますが、基本的には高校に3年間進学します。その更に上には大学があり、自分の得意な科目や興味のある科目を専門に学びます」
「・・・結果的にその『ダイガク』まで進学すると、何年間になるのですか?」
「大学には4年制や短期大学、専門学校もありますから一概には言えません。ですが、大学院に進まなければ6歳から22歳までの16年間、という事になります」
「なるほど・・・そんなに長い期間学びに徹するのですね」
「学業だけではなく、部活と呼ばれる課外活動もしますし、旅行もあります。結構楽しい事も多いんですよ」
「アイリが住んでいた世界、非常に興味がありますね。きっとアイリのように聡い子がたくさんいるんでしょうね」
「うーん・・・私は特に頭が良い訳ではなかったですよ。だから、先ほどアベル様から教わった事も、これから何度も復習しないと覚えられないと思います」
笑いながらそう言って、私はふとうつむいた。
「どうかしましたか?」
私の顔を覗き込んでアベル様が言う。
「・・・アベル様。私・・・帰れるのでしょうか。自分の世界に」
日本の事をたくさん話していたら、ホームシックになってしまったようで、急に自分の世界が懐かしくなった。
思えばお父さんやお母さんに何も連絡しないままここに来てしまったから、きっと心配しているはず。
もともと一人暮らしではあったのだが、お母さんには基本的に毎日メールを送るほど仲良しだから、急に途切れると不安だろうな・・・
捜索願とか、出されてないだろうか。
「・・・申し訳ありません、アイリ。私では、貴方を元の世界に戻す方法が分からないのです」
すまなそうに眉を下げてアベル様は言う。
「・・・アベル様でも、分からないのですか?」
この世界で唯一神様とお話が出来るアベル様ですら分からないのなら、ほぼ絶望的なんじゃないだろうか・・・
「アイリがこの世界に来た時、聖櫃の間を守っている精霊達が騒ぎ出しました。皆、一様に同じ方向を向いて何かを伝えようとしていたのです。私は何か嫌な予感がして騎士団に捜査を要請しました。そして・・・ハイドが貴方を連れてきた」
「・・・・・・」
「ところでアイリ。なぜあそこが立ち入り禁止になっているかご存知ですか?」
唐突に聞かれ、私は首を横に振る。
「あそこにあった、不思議な光を守るためにあると聞いただけで・・・ハイドに触れたと言うと、驚かれました」
「触れたのですか?」
「はい。私の手を透過しているので不思議だな、と思ったんです」
「なるほど。・・・あの光は、レイランド王国の至宝と言っても過言ではない光なのです」
「し、至宝!?」
あの光ってそんな大層なものだったの!?
「はい。あの光は『神の通り道』とでも言うべきもので、いついかなる時も消えることがないのです。あれは人智を超えた特殊な光なので天井を遮ろうと変わらずにあそこにあるのです」
「神の通り道・・・だから、人が触れると弾かれるのですか?」
「ああ・・・いえ、弾かれるのは聖櫃の間を覆っている結界の事ですよ。あそこには誰も近付けないよう、私が結界を張っています。全ての属性の精霊に結界をお願いしてあるので、威力は恐らく国内最大でしょうね。神の通り道という名の由来は、その名の通り、世界が闇に堕ちそうな時、神があの光を道しるべに地上に降りてくるのです」
な、なんだか壮大過ぎて頭痛くなりそう・・・神様とか闇とか、まんまゲームの世界じゃない!
「私が生まれてからはそのような事は起こっていませんが、数百年前に神が降臨したという記述が遺されていました。全てが終わった後、聖櫃の間に厳重にあれを保存した、とも」
「・・・そう、なんですか」
としか言えないが、辛うじて相槌は打てた。
「あそこの結界は代々の大神官が作り上げます。最初の試練ですね。完成したときは気力も魔力も使い果たして2日ほどベッドから動けませんでした」
頭をぽりぽりとかきながら、照れ臭そうにアベル様が打ち明けた。
「神の息がかかったものですから、厳重に厳重を重ねなければ、有事の際に悪用されますからね。あの光は壮絶な魔力を秘めていますから、生半可な人間は半径数メートルでも動けなくなりますよ」
「そんな凄いものの近くに私はいたんですか!」
「そうですよ。だから最初は驚きましたが、貴方とこうして話していると、必然だったのかな、と思ってしまいますね」
にっこり笑ってアベル様は続ける。
「残念ながら今のところアイリの帰る路は分かりませんが、この世界もそんなに悪いものではありませんよ。慣れるまでは大変だと思いますが、少しでも馴染んで下さると嬉しいです」
「・・・そうですね」
いつまでも帰れない事をウジウジ悩んでいても何も始まらない。
それならば、一刻も早くこの世界に慣れて、生きていかないと。
「アベル様、これからもたくさん迷惑をかけますが、よろしくお願いします」
「もちろんですよ、アイリ。私は貴方が気に入りました。これからもっとたくさん、この世界の様々な事をお教えしましょう」
「お・・・お手柔らかにお願いします」
毎日メモ20枚分の知識を詰め込まれたらパンクしちゃう!
「かしこまりました。・・・さて、そろそろハイドが来る時間ですね」
「・・・あ、そう言えばこちらの文字を教えて貰ってませんでした」
雑談に花が咲いてすっかり忘れてた。
「今日は色々新しい事を教えましたからね。これ以上は厳しいかなと思ったのでなしにしました。どのみちしばらくはここと部屋の往復でしょうから、おいおい覚えていきましょう。・・・そうだ。明日までに文字の一覧表を作っておきましょう。そうしたらどこでも取り出して見られますからね。明日、それを見て貴方の世界の発音と照らし合わせて行けば覚えやすいでしょうし」
「本当ですか!?凄く助かります!」
一覧表は嬉しい!いつでも持ち歩けるし、覚えるのも早くなる!
「ありがとうございますアベル様!」
「お安い御用ですよ。ある程度読めるようになったら、一緒に城内を散策してみましょう」
「とても楽しみです!」
笑顔で言うと、アベル様も満面の笑みでこちらを見る。
・・・と。
「貴方は、ユミル様以上に明るくて、聡明なお方ですね。まるで太陽のようです」
まさに無意識、といった感じでアベル様の口から出た、初めて聞く名前に戸惑う。
ユミル様?
「・・・アベル様、ユミル様というのはどなたですか?」
「え?」
「今アベル様が仰った、ユミル様というのはどなたの事ですか?」
同じ質問を繰り返すと、ようやく自分の言った事に気付いたのか、はっと口元を長い指で押さえる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまま、双方黙り込む。でも、私は何となく分かっていた。
「・・・私とよく似た顔つきをなさった方、ですね」
「!」
アベル様は、なぜそれを、と言った目で私を見る。
「ハイドもラデューも、最初に私を見た時、一瞬固まりました。もちろん、アベル様も。なので、きっと3人がよく知る女性の方と顔つきか何かが似ているんだろうな、と推測しただけです」
そう。3人が3人とも、私の顔を見た途端固まった。
ハイドやラデューは騎士という職業柄だろうか、すぐに元の表情に戻ったが、アベル様は驚き方が顕著だった。
「・・・アベル様、言いたくなければ構いません。きっと、あまり良くない内容でしょうから」
そう。表情を見るに、恐らく良い内容ではない事も薄々気付いていた。
だから、本当に言いたくなければ無理に聞きたくはなかった。
「私は知らなくても一向に気にしませんから」
にっこり笑ってそう言い、席を立とうとした。
「・・・ユミル様は」
何かを思案するような口調でアベル様はつぶやいた。
「ユミル様は・・・ハイドの義姉上です」
「・・・え?」
ハイドの、お義姉さん?
「そうですか、ハイドにはお義姉様がいらっしゃるのですね。いつかご挨拶出来ればいいなぁ」
それにしても、私と似ているのが気になる。どこまで似てるのかな?
「・・・いえ、それは不可能です」
「?どうしてですか?」
「・・・・・・」
私の質問に、アベル様は再び黙り込む。
「あ、ごめんなさい。変な質問しました。・・・この話は終わりにしましょう。ね?アベル様」
きっとこれ以上は私が知らなくても良いところだ。なら、こちらから話を終わらせるに限る。
「アベル様、まだハイドが戻ってくるまでに少しだけでも時間があるなら、書庫を案内してください。あれだけの書籍があるなんて、凄いですね!昔は管理しているロボットがいたとエファさんが言ってましたが、また新しく作らないのですか?」
私は気を逸らそうと矢継ぎ早に質問する。
「アイリ・・・」
「ね、アベル様。早く行きましょう!」
何か言いたげなアベル様をわざと無視して無邪気を装い、ローブの袖を軽く引っ張って笑いかける。
「・・・そうですね。ご案内しましょう」
「やった!ありがとう、アベル様」
私は殊更明るく言って、書庫に出る扉に駆け寄った。
「・・・ありがとう、アイリ」
かすかにつぶやいたアベル様の言葉を、私は聞こえないふりをした。
「・・・やっぱり、とんでもない量あるんですね」
書庫に出てしばらく。
私はあちこち見回していたが、さすがにそろそろ首が痛くなってきた。
「アイリが一番興味のある分野はどれですか?そこに案内しますよ」
「一番興味あるものといえば、やっぱりこの国の生活ですね。文字が理解出来るようになったら、一番に読みたいです」
「風俗事情ならば、挿絵がたくさんある本がいくつかありますよ。見てみますか?」
「はい、ぜひ!」
イラストがいっぱいあるんなら、文字が読めなくても少しは分かるかもしれない。
アベル様に案内されて着いた棚にももちろんびっしり本が詰め込まれていた。
そして背表紙からでは何の本なのかもさっぱり分からない・・・
アベル様は指で背表紙をたどり、一冊の本を抜き取った。
「これならば、アイリでも理解出来ると思いますよ」
手渡された本はカラフルな表紙で、明らかに子供向けの絵本のようだった。
表紙にはこの国のものと思われる国旗のような紋章と地図が書かれていて、たくさんの動物と植物が彩り豊かに描かれていた。
「これは・・・絵本ですか?」
裏と表を何度か引っくり返して見る私に、
「まあ、開いてみてください」
なぜか悪戯っぽい笑みを浮かべてアベル様が促した。
「?」
言われるがまま開いてみて・・・
「わぁ!」
びっくりした。
イラストがホログラムのように立体的に、空間に浮かび上がったのである。
「ふふ、驚きましたか?」
「びっくりしました!仕掛け絵本ですね!」
「その本には魔法がかけられた特殊なインクが使われていて、開くと立体化します。・・・よく見ててください」
言われた通りにホログラムを見ていると、不意に形が変わる。
お城のホログラムからゆっくりと城門にズームアップし、門をくぐり、まるで歩いているような映像が流れる。
「すごい、お城を実際に歩いているみたいです!」
「この本は城内の様子を描いた本です。これは映像だけですが、こちらは音声も流れるようになっています」
そう言って別の一冊を私に差し出す。
とりあえず今持っている本を閉じ、横の机に置いてから新しい一冊を受け取り、開いてみる。
すると地図が浮かび上がり、同時に低い男性の声が聞こえてきた。
「これは・・・?」
「これはこの国の歴史を伝える本です。まだ識字率が低かった時代に、自分の住んでいる場所の歴史を知って貰い、愛国心を高めようと作られたものです。かなり古いものなので、音声は劣化していますが・・・」
確かに、聞いていると時々ノイズのようなものが入って聞き取りにくい箇所がある。テープを何度も再生して聞いていると劣化しちゃうようなものかな?
「これなら私にも理解できますね」
「そうですね。当時は大人もこの本で歴史を理解していました。もしよろしければ、こういった本を何冊か選んでおきましょうか?持ち出して構わないので、時間がある時にでもお部屋で読んでみては?」
「嬉しいです!よろしくお願いします」
こういった本ばかりだと、私でもこの国の事を理解できそうだ。
「ではエファに頼んでおきましょう」
そこで非常にタイミングよく、エファが私達に近寄ってきた。
「こちらにおいででしたか。ハイド様がお戻りですよ」
「おや、もうそんな時間でしたか。では戻りましょう、アイリ」
「はい」
部屋に戻ると、ハイドが椅子に座ってエファに出されたらしいお茶を飲んでいた。
「おかえり、アイリ」
私の姿を見て、ハイドが嬉しそうな顔でカップを置いた。
「待たせてごめんね。ただいま」
「すみません、ハイド。ちょっと書庫を案内していました」
後ろからアベル様が謝る。
「構わないよ。凄いだろ、ここの本の数」
「うん!圧倒されちゃったよ。でも文字が読めない人でも理解できる仕掛けがある本とかあって、とても楽しかった」
「ああ、魔本ね。あれは俺でも見てて楽しいな」
やっぱりそうなんだ。あっちの世界でも仕掛けのある本って本屋で特集組まれたりして、大人にも人気だもんね。
「今日はアイリに何教えたの?」
「魔力の成り立ちと制御の方法を。彼女は非常に聡い子ですよ。なんせ術者の属性が見えますから」
水晶の色が違う、と言った事だろうか。
「へぇ、さすがだなアイリ!えらいえらい」
そう言って私の頭を撫でるハイド。・・・なんだかとても子供扱いされているような気がしてくすぐったい。
「ただ、文字はまだ教えていません。ここまででメモが数十枚に及んだので、1日のキャパシティとしては限界かと」
「そうか。ま、先は長いんだから焦らなくても良いもんな」
「その代わり、アイリがいた世界の文字を教えてもらっていました。非常に複雑で興味深いですよ。ハイドも後で見せて貰うと面白いかもしれません」
「そうか、俺も興味あるな。ねぇアイリ、帰ったらそのメモ見せてよ」
「うん、良いよ」
「さて、じゃあそろそろ帰ろうか。俺お湯浴びたい」
よく見れば、服のところどころに泥がついている。髪も少々乱れているし、激しく運動した後のようだ。
「今日は鍛錬日でしたね。お疲れ様でした。ではアイリ、また明日」
「はい、ありがとうございました!失礼します」
そう言ってハイドと二人で部屋を出た。




