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みつけた光 side杏奈



 それからというもの、学校に行くと私が来るのを分かっていたように必ず浅葱君が駐輪場の側で待っていてくれた。

 メールで連絡しているわけでもなんでもないのに、必ず私を見つけてくれる浅葱君はエスパーかもしれない。

 初めて会ってから数日しか経っていないのに、私の胸の中には浅葱君で満たされていた。

 今までは二日に一度のペースで行っていた学校も毎日行くようになり――まぁ、保健室どまりだけど――、昇降口で上履きを履きかえることや、教室が見えない場所までは校舎内を緊張せずに歩けるようになっていた。

 明日から期末試験が始めるとあって、校内はこれまでにないくらいピリピリとした緊張感に包まれているけど、授業にでていない私にはあまり関係ないし、なぜだか浅葱君も試験前の追い詰められたような切迫感はなくて、いつものふわふわとして笑顔を浮かべていた。

 試験期間中も、私は保健室の机でぱらぱらと教科書をめくっていた。

 朝、試験が終わったら一緒に帰ろうと浅葱君に誘われて、私はもうそれだけで、空でも飛べそうなほどうきうきとした気分で半日過ごした。

 今日の試験が終わったといってもまだ三日試験が残っている中、浅葱君はいつもの穏やかな笑顔を浮かべて私を保健室に迎えにきてくれた。


「杏奈、帰ろうぜ」


 保健室の扉を開けてすぐに私を見つけた浅葱君は、満面の笑みで私の名前を呼んでくれる。そんな些細なことがすごく私を幸せにしてくれる。


「うん」


 小さく頷き返すと、そばで私達を見ていた荒井先生がにっこりと笑っていた。


「じゃ、荒井先生、露雪は連れて帰りますんで」

「はいはい、いつもお迎えご苦労様。ところで、桃原君、元気なのは君のいいところだけど、保健室では静かにね」


 荒井先生の言葉に、浅葱君はにかっと白い歯を見せて笑い返えすと、私の手を取って保健室の扉を勢いよく開ける。


「はーい、分かりました。先生、さよなら~」


 保健室中に響くような元気な声で挨拶した浅葱君に面食らって私は目をぱちぱち瞬き、振り返って私も荒井先生に挨拶すると、先生も目を大きく見開いて、それから苦笑を漏らしていた。

 もうほとんど人のいない昇降口で上履きから外履きに履き替えたところで、浅葱君はなんでもないことのように私の手をつなぐ。浅葱君はからなずと言っていいほど、私と手をつないでいてくれる。でも、その度に私の心臓が飛び出しそうにドキドキしていることは知らないんだ。


「どっか寄ってく?」


 高鳴る心臓の音に気づいていない様子の浅葱君は、こくんと首をかしげて尋ねてくる。その姿が犬のように愛らしくて、思わず見入ってしまう。


「杏奈?」


 私がぼぉーっとしているから、浅葱君はちょっと腰をかがめて私の顔を覗き込むようにする。


「えっと……」


 突然、目の前に浅葱君の顔が近づいてきて動揺した私は上手く言葉が出なくて。

 それでも、浅葱君が待っていてくれることを知っているから、私は、ゆっくりと頭の中を整理して、これからどうしたいか考える。

 見上げれば、やっぱり優しい笑みを浮かべた浅葱君が「ん?」って首をかしげて私の言葉を待っててくれる。

 その優しい瞳に促されるように、私は言葉を紡ぐ。


「あの、牛丼屋さんに行ってみたい、です……」


 駅前に当り前のようにあるオレンジや赤の看板のチェーン店の牛丼屋さん。いつも駅前を通るたびに行ってみたいと思いながら、一度も行ったことがない。家族とはもちろん、一人でも入れなくて。ちょうどお昼の時間だし、なんとなく浅葱君なら連れていってくれそうでそう言ったのだけど。

 私の言葉が言い終わる前に、浅葱君はくすっといたずらっ子みたいな無邪気な笑顔を浮かべる。


「んじゃ、決まりなっ!」


 言うが早いか、握った手を引っ張って走り出す浅葱君。

 いつもいつも私のペースに合わせて、私が何か話そうとしている時はどんなに時間がかかっても待っててくれる。かと思えば、こんなふうにちょっと強引につないだ手を引っ張って走り出してしまう。

 優しい笑顔、真剣な眼差し、おどけた表情。ころころ変わる表情、そのどれもがまぶしくて、胸が温かくなる。

 浅葱君の強引さは押し付けがましくないから嫌じゃなくて、前に一歩踏み出せずにいる私の手を優しく引っ張ってくれる。太陽の光を反射してキラキラ輝く浅葱君はまぶしすぎるのに、そばにいられてとても安心する。今の私にとって浅葱君がどんなに大きな存在か思い知って、胸の奥がきゅーっと締め付けられた。

 人生初めて入る牛丼屋で、目の前にどんっと置かれたどんぶりを呆然と見つめてしまう。

 予想以上に大きな器、だけど鼻をくすぐるのは空腹を刺激する甘辛ないい匂いだった。

 牛丼を食べながら、大手チェーン店の餃子屋やラーメン屋も美味しいと話す浅葱君に、ぽつぽつと自分の事情を話し始めた。


 

 ※



 年が明け、一月。

 年越しはどう過ごしてるか聞かれたから起きていると思うと言ったら、年が明ける三十分ほど前に浅葱君から電話がかかってきて、いま家の間にいると言われた時はどんなにビックリしたことか。


「初詣、一緒にいこうぜ」


 そんなふうに言われて、一も二もなく頷いていた。

 急いで服を着替えてコートを羽織って、マフラーを手に飛び出した。

 外に出た瞬間、頬に刺すように冷たい風が吹いたけど、浅葱君の姿を見ただけで一気に体が温かくなった。

 年が明けて一番に浅葱君に「あけましておめでとうございます」って言えたのも嬉しかったけど、家にいるのが辛いと言った私を気づかってくれた浅葱君の優しさが心にしみた。

 牛丼屋で、初めて浅葱君と会った時どうしてあそこに蹲ってたのか、家のこと、不登校になったこと、時々言葉に詰まって、辛い気持ちに飲み込まれそうになると、優しく手を握りしめてくれて、ゆっくり話す私の言葉を浅葱君は辛抱強く聞いていてくれた。

 もしかしたら、保健室に運んでくれた時に荒井先生からなにか聞いていたかもしれないけど、浅葱君も先生もなにも言わないし、話を聞き終わった浅葱君は、ぽんぽんって優しく頭を撫でて、微笑んでくれただけだった。それでも、つないだ手から、思いやりとか温かさとかそういうのが伝わってきて。

 いままで、どんなに手を伸ばしても届かなかったぬくもりに包まれているようで、泣きそうになってしまった。



 三学期は一月に数回の登校日があり、二月からは自由登校となる。

 静まり返った三階、その中の三年二組の教室で、私は何ヵ月ぶりかに自分の席に座っていた。

 二学期をまるまる休んでいた分の課題プリントを出され、三学期の自由登校の間に学校に来てやって提出するように言われた。

 静まり返った教室は私の知っている教室の風景とはぜんぜん違うけど、今はこの静かな教室が落ち着いた。それに、一人じゃないし……

 机の上に広げられたプリントからちらっと視線だけを上げて、くっつけた机の向かい側に座る浅葱君を盗み見た。

 浅葱君は大学も決まって自由登校の間は学校に来なくてもいいのに、課題をやるために登校している私に付き合って、こうして学校に来てくれていた。

 来てくれるだけでも申し訳ないのに、分からないところがあると丁寧に教えてくれるから、ほんと感謝したりないくらいで。

 どんどん、どんどん、好きって気持ちが溢れてきて、どうしたらいいのか戸惑ってしまう。




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