↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンカフェで悪役令嬢をしているわたくし、ライバル令嬢役が厄介ファンになってしまいましたわ!?  作者: 花田一郎
第2章「悪役令嬢、ライバル令嬢を知りたくなる」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/10

第10話「ルミア様はそんなこと……たぶん言いません」

 少なくともこのお店における悪役令嬢というのは、裏方としても働いている。ホールこそが演者にとっての主戦場なのだけど、楽屋でのこうした地道な作業もまた、ラ・クーロンヌへ訪れる人たちに夢を見せるために必要なのだ。

 ……それはそれとして、舞台衣装も兼ねたホール用の服を着たまま机に向かっている姿は、少しだけシュールかもしれない。


「“挑戦状カード”を書いているルミア様のお姿、まるで人知れず地味な執務をこなしているみたいで……解釈一致です。こういうお姿が見られることは、ライバル令嬢として働く特権ですよね……」

「もっと別の点に働きがいを感じてほしいのですが……そんなことを言いつつもちゃんと手を動かしているあたり、こちらとしては反応に困りますわね……」


 本日のお仕事の一つ、それはこの挑戦状カードを作るというものだった。

 手のひらサイズの上質な皺紙(しぼがみ)に、万年筆を使って『ライバルへの挑戦状』を書いていく。そしてそれを購入してくれた人向けに、そのセリフを読み上げるサービスが付属したファンアイテムだった。

 一枚一枚を手書きで、それも万年筆で仕上げるというのは、店長による強いこだわりを表している。だからこそ「そのカードを作っている最中もちゃんと時給は出るから安心してね」という一言は、私たちをプロとして扱ってくれているようで嬉しかった。


「よし、私の分はだいたい終わりました……それではルミア様、こちらを」

「そろそろその資料を取り出す様子にも慣れてきましたわね……念のために聞きますけれど、それはいったい?」

「これはですね、『ルミア様が挑戦状に書きそうなセリフ厳選集』です! 一冊に収めるため、泣く泣くいくつもの候補を切り捨ててきましたが……だからこそ、ルミア様にもご納得いただけるはずです!」

「店長から『自宅に持ち帰ると時給が出せないから、ここで作業してね』と言われたのを忘れましたの!? そもそもそれ、わたくし向けの内容ですわよね!? なんで演じている本人へセリフの指導をしてますの!?」

「これ、ラフィエラ向けに書いたセリフの数よりも多いですね……」


 高町さんですら、すでに困惑するよりも呆れが先行するようになっている。それくらい、今日も厄介ファンの努力は明後日の方向へと全力疾走していた。


『わたくしに挑むなど、もはや勇気を通り越して蛮勇そのもの。高貴なる血を引く者として、野蛮な輩の討伐に赴きましょう』

『わたくしにこのような挑戦状を書かせたこと、生涯にわたって光栄に思うことですわね。そしてその栄誉を抱きながら、断頭台へと歩み出すのです』

『我が一族こそが正義。わたくしに歯向かうということは、正義の顎(あぎと)によって打ち砕かれると知りなさい』


 尊大さも、それを支える自信も、どれもルミアリエルらしい……厄介なのに、有能なのが困るんですのよね。

 褒めればますます手がつけられなくなりそうなので、私は資料へ視線を落としたまま告げた。


「……まあ、参考にはさせていただきます。ただし、操り人形のように採用すると店長を失望させますから、わたくしなりに直させてもらいますが」

「!! ああっ、ルミア様……その素直じゃないところ、やっぱり舞台裏でもあなたはルミア様なんですね……!」

「いつもどおりのこととはいえ、台無しですわね……」


 これで『ルミアリエルを演じているのは松林留美である』というのを正しく認識してくれたら、言うことはないのですが。

 相も変わらず彼女の両目にはルミアリエルしか映っていないことがわかって、これ以上は無駄な努力をしないためにも、目の前の仕事に集中した。

 途中、安海さんは「リオネ様はもっとこう、ルミラフィの関係に対して嫉妬するような感じで……」なんて演技指導を始めたので、それは阻止しておいた。


 *


「わたくしの挑戦状を自ら望んで受け取ったこと、生涯にわたって光栄に思うことですわね。そしてその栄誉を抱きながら、あなたもまた私の正義に服従するのです」

「……さすがは私のルミア様です……私の提案したセリフを、さらなる次元へと引き上げてらっしゃる……!」


 あれから数日後、完成した挑戦状を店長がチェックして、無事にファンアイテムとして完成を迎えた。

 そして今日もみんなで楽屋に集まっており、配布前の練習をしている。もちろん私は安海さんの考えたセリフをそのまましゃべっているわけじゃなくて、あれから何度もアレンジをしていた。

 そのうちの一つを読み上げると、安海さんは案の定……いや、それ以上に喜んでいる。どこからか取り出したメモ帳に「またしてもルミア様の名言集が更新されます……!」なんて言いながら記入していた。

 それにため息をつきながらも、次のカードを持つ手には少し力が入った。ここまで喜ばれては、悪い気はしない。

 ……ただ、高町さんに「松林さん、格好いいです……」と素直に褒められるのは、また別の恥ずかしさがあるのだけど。


「ほかの誰にも惑わされることはありません。あなたは、わたくしだけを見ていればよいのです」


 次は『わたくしへ挑む覚悟があるなら、ほかの誰の言葉にも惑わされぬことです』というセリフを、自分なりにアレンジしたものだった。

 どうです? これもあなたの望み通りでしょう?

 自分には似合わないという自覚のある自信を抱えて安海さんを見ると、彼女は。


「……えっと」

「……? あの、何か悪い部分がありましたの? 本番に向けて改善したいから、言いたいことがあれば何なりと聞かせて欲しいのですが。高町さんも」

「あっ、わたしはまったくないです。堂々とされていますし、よどみもありませんし……わたしも見習わないといけないくらいで」


 徐々に鈍くなっていく反応は、やがて何かを言い淀むようにピタリと止まった。壁にかけられた時計の秒針は今も動き続けているというのに、安海さんの言葉だけが電池切れを起こしているようだった。

 怒っているわけじゃない。それでも、誰よりもルミアリエルを応援していると言える少女の反応は、本番前において無視できるほど小さくはなかった。


「ルミア様は、そんなこと……たぶん、言いません」


 それはいわゆる、解釈違いというものなのだろう。何度も何度も、ほんっとうに何度も聞かされてきた都合上、意味については理解している……いえ、毒されたというべきでしょうか……。

 それでも普段とは異なる控えめな口ぶりに、私の中で焦れったさが生まれた。


「ルミア様は自分だけを見ろと命じるのではなく、誰もが見ずにはいられない方です。自分から見ろと命令するのは」

「解釈違い、ですか? ですがこのセリフは、あなたが望んだものでもあるのですよ?」

「いえ、私の解釈が絶対という意味じゃなくて……」


 これは、少しまずいかもしれませんわね……。

 自分でもそう思っているのに、口をついて出てきた言葉は、安海さんを責めるようなかすかなトゲを隠しきれていない。


「……あ、あの。そろそろお客さんが来ますし、練習は切り上げませんか?」

「……そうですわね。高町さん、ありがとうございます」


 幸いなことに、まるで自分のことのように申し訳なさそうに割って入ってくれた高町さんのおかげで、私たちは仕事へと戻ることができた。

 安海さんも高町さんへと一礼して、逃げるようにホールへと向かう。

 これでは私が、ライバルを退けた悪役令嬢みたいではないか……そう考えてみても、ちっとも嬉しくなかった。


 *


「休憩中にすみません、安海さん。少しだけお時間いただけるかしら?」

「……ルミア様」


 休憩時間に入ると同時に、私は楽屋にいる安海さんへと声をかける。彼女はいつもどおり、ルミアリエルに関する設定資料を読んでいた。

 ……その様子を見ていると、別に気にしなくてもいいのでは、なんて思ってしまいそうですわね……。

 けれども控えめな返事しかしない彼女を見ていたら、やっぱり黙ってはいられなかった。


「先ほどのことですが、あれは言い方が悪かったかもしれませんし、それについてはわたくしも謝ります。ですが、あなたの要望に応じましたのに、あとから違うと言われるのは……困る、とでも言えばいいのでしょうか」

「……すみませんでした、ルミア様。たしかにここ最近の私は、厳しくも包容力のあるあなたに甘えすぎていました。ですが、それでも」


 ……謝罪にも、まだ続きがあるらしい。私は口を挟まず、先を待った。


「あれからも考えていました。それこそ、仕事中も」

「ミスがなかったからいいものの、そこはお仕事を優先してほしかったですわね……」

「そして、理解しました。ルミア様は誰かの理想に従うのではなくて、自分の考えで振る舞うからこそ魅力的なのだ……と。それなのに私は、自分が『ルミア様の挑戦状ならこうあるべき』なんて考えてしまったんです。そこは重ねてお詫び申し上げます」


 椅子から立ち上がり、深々と頭を下げてくる。その厄介ファンとラフィエラが同居した所作に、一瞬だけ反応が遅れてしまう。

 こういうとき、ルミアリエルならどうする? 今は松林留美として向き合っているつもりでも、私は反射的にそう考えていた。


「では、わたくしが演じたいように演じてもよろしいわけですわね?」

「あ、それはお待ちください。私は誰よりもルミア様について理解している立場から、最低限の解釈確認はしていただければと……」

「……今、頭を下げたばかりですわよね?」

「はい。ですが、解釈とは別のお話ですので」


 ……もう心配する必要はなさそうだ。電池を入れ替えたかのように、安海さんは解釈優先で立ち回る。

 そうだ、これでいい……この子はこうやってルミアリエルを追いかけて、私はそれにできる範囲で応えて、その様子がお客さんにとって楽しいものであれば。

 ……だとしても。もう少しだけ、反省してもらいませんと。

 一人でささやかな報復について考えてみたら、口元は自然と緩んでいた。安海さんは少しだけ不思議そうに、「ルミア様、私の顔が見られて嬉しいのですか?」なんてのたまっていた。


 *


 休憩が明け、私はフェアで賑わうホールへ戻った。


「ルミア様は孤高のおつもりですが、私はいつでもあなたを見ています。あなたを理解している人間がここにいること、それを忘れないでくださいね」


 フェア期間中は、即興舌戦を積極的に行なっている。

 ちょうど先ほどはラフィエラからの挑戦状が彼女の口から読み上げられて、私は「ここだ」と判断し、こちらから仕掛けていった。


「あら、相も変わらず知ったようなことを……わたくしのことを理解したというのなら、次に何をするか当ててごらんなさい?」

「えっ?」

「!? ルミアリエル様からラフィエラ様に仕掛けた!?」


 ラフィエラから挑戦状を受け取ったお客さんも、サプライズに目を見開く。そしてラフィエラに期待のこもった眼差しを向けたけれど、肝心のライバル令嬢は一瞬言葉を失った。

 その様子は、一時的に自分の役柄すらも忘れてしまったように見えた。私はラフィエラではなく安海文香さんへ一撃を加えたような優越感に、口元をわざとらしく歪めてみた。


「……そうやって私の困る姿を衆目に晒しても、黙っていてあげませんよ? 何度でも言います、私こそが……誰よりも、ルミア様を理解しているんですから」

「あら、いつもに比べて嫌味が少ない……今日はわたくしの勝ちみたいですわね?」


 ふふん、と扇子で顔を隠して笑う。そのまま客を見送ったあと、私は小声で安海さんに囁いた。


「今のは解釈一致でした?」

「……保留でお願いします」


 安海さんは耳まで真っ赤にして、ぷいっと顔をそらしたまま、別のテーブルへ向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。