ヴォイドの後悔
自分がルストに対して諦めを覚えたのは、一体いつだっただろうか。
伯爵騎士団の団長を務めるヴォイドは、ゆっくりと己の記憶を遡る。
(そうだ、あれはたしか……若が十歳だった頃のこと)
以前ヴォイドは、ルストに剣を教えていた時期がある。
ヴォイドは魔法のことはわからないが……こと剣技に関して言えば、ルストは紛れもない天才であった。
魔力コントロールを行い、体内に絶え間なく循環させることで発動させる身体強化を、彼は誰に教わることもなく使えるようになっていた。
高等技術である身体強化を素で使えるようになってみせた彼は依頼でやってきた冒険者だけではすぐに物足りなくなり、我流で剣を磨くようになる。
その実力は既に騎士団員では勝つことが難しいほどに至っており、そんな彼に剣技を教え鍛え上げることができたのは、領内ではヴォイドだけだった。
ヴォイドはルストへ剣を教えた。
これだけの才能がある人間が燻るのは惜しいと、そう思ったから。
彼は弟子としてはそれほど悪くはなかった。
基礎練習の反復などは明らかに嫌がっていたきらいはあったが、それでも最終的には全て言われた通りのメニューをこなしてみせたからだ。
だがルストは剣の才能以外の部分が、あまりにも致命的であった。
剣の道とは人の道……ヴォイドが口を酸っぱくして言っていた言葉の意味を、彼はまったく理解していなかったのだ。
彼はその剣を己を高めるため、領民を守るためではなく私利私欲のために使うようになった。
ヴォイドがルストを鍛え上げたのは、彼の才能がそのまま花開くことなく終わってしまうのを一指導者としてもったいなく感じたからだ。
それは断じて、ルストにその力をチンピラのように使わせるためではない。
故に才能と人品は比例しないことを知り嘆息したヴォイドは、ルストに剣を教えるのをやめた。
見切りをつけた、と言った方がいいかもしれない。
一つのことにひたむきになれば、その性根も変わるのではないか……最初はそんな風に期待もしていたのだが、残念なことにルストはヴォイドの期待には応えてくれなかった。
「ルスト様はいつか、アストレア領を変えて下さるお方です」
家宰であるセバスはルストに対して未だ期待をかけているようだったが……彼の言葉に、ヴォイドは非常に懐疑的であった。
騎士団団長と家宰、伯爵家では立場ある人間として二人は深い友人関係を築いている。
だがセバスのルスト信仰には、ヴォイドもついていけないところがあった。
故に彼はセバスにこう告げたのだ。
「お前の人を見る目も落ちたものだな」
風向きが変わってきた……明確にそれを感じたのは、セバスが息急き切った様子でヴォイドの元を尋ねた時のことだった。
「ヴォイド、坊ちゃまが、坊ちゃまが……」
「落ち着けセバス、どうかしたのか?」
「坊ちゃまが……再び鍛錬を始めたのです」
「……なんと」
どうやらルストは再び剣を取り、魔法の練習を始めたらしい。
それを聞いてヴォイドは喜ぶべきか、判断に迷った。
誰かを見返してやるためであればまだいいが、ひょっとしたら誰かに危害を加えるためにまたぞろ鍛錬を始めたのではあるまいか。
だがそんな風に懸念するヴォイドを見ても、セバスは気にした風もない様子で、
「大丈夫ですよヴォイド。坊ちゃまは変わられましたから」
「……そうか」
セバスのこちらを見る真摯な様子を見れば、新しく何かを始めたルストのことを否定するのは憚られた。
ヴォイドはその日、こっそりとルストの様子を確認しにいった。
するとそこには……
「あぐっ、ひいいっ……」
「頑張って下さい、ルスト様!」
メイドに応援されながら、死に体で剣を振っているルストの姿があった。
いくら鈍っていてもそうはならないだろうというへっぴり腰をしていたし、なんならなぜか鍛錬をしているだけで死にそうになっていた。
手はブルブル震えているし顔は真っ青だし本当に大丈夫か不安になったが……だがたしかにルストの目は、輝いていた。
ただ自堕落に過ごし濁っていた目とは違う。
何かに向けて邁進するあの目は、自分がかつてがむしゃらに頑張っていた頃と、よく似ていた。
そしてそれから数週間後、ヴォイドは騎士団を連れてくるようルストに命じられた。
嫡男であっても爵位を持つわけではないルストには命令権はないが、彼が何をするのか気になったヴォイドはそれを了承する。
一体何をするのかと思えば……彼はあっという間にカジノを制圧し、大金を巻き上げてみせた。なんでもギャンブルで大勝したらしい。
それだけ聞けばとてもではないが伯爵家嫡男の所業とは思えないが、そこからが違った。 ルストは今までの悪事によってしょっ引かれたカジノの有力者達に変わり、伯爵家の文官を裏方に入れる形で経営方針を一新させる旨を発表したのである。
後ろ暗い暴力の香りをさせていたカジノは、半官半民となり一気にクリーンなものへと変えるつもりらしい。
たしかにカジノとそれに伴う治安の悪化や違法薬物などの流通は伯爵家にとっても悩みの種だった。
それを快刀乱麻に解決しつつ、更には大金までせしめるとは。
だがヴォイドの驚きはそれでは終わらない。
彼は翌日、ルストに引き連れられて魔物達の暮らす領域である魔境へと進んでいく。
魔境を進んでいけば、その先にあるのは魔王領だ。
魔王をいたずらに刺激してはならない。
それは王国の版図が魔王によって急激に狭められ、隣国が『異界』の魔王によって滅ぼされた頃より変わらぬ不文律だ。
だがルストは気にした様子もなく、結界を超えて『最強』の魔王エグゾノートの魔王領へと進んでいこうとする。
「ルスト様、これ以上は……」
「大丈夫だ。魔王は来ない……俺が倒したからな」
ルストが取り出した魔王の素材を見て、ヴォイドは今度こそ言葉を失った。
――魔王討伐。
それは人類にとって長らくの悲願であり、かつて人類が手と手を取り合い、勇者の旗印の下で総力を挙げても尚成し遂げることができなかった宿願でもあった。
どれだけの歴戦の勇士達が、魔王を討伐する運命を背負った勇者達が、魔王によって命を散らされることになったか。
現在十体が確認されている魔王達は未だ一度として討伐されたことはなく、人類は彼らからお目こぼしを受けてなんとか生きながらえているという状態だ。
(見る目が節穴だったのは……私の方だったか)
無論、才能があるとは思っていた。
その才能を磨ききれば、玉へ至ることができるとも思っていた。
けれどまさか単身で魔王討伐を為せるほどとは、さすがに想像すらしていなかった。
ルストは紛れもない、英雄だ。
魔王を倒したルストこそ、真の勇者と呼ぶべきだろう。
「他の魔王達が勘付く前に、この領域の魔物を掃討して経験値を稼ぐ。騎士団の指揮はお前に任せようと思っているが……異論はあるか?」
「ありませぬ……うっ、ぐすっ」
「ちょ……おい、急に泣き出すなって! 大丈夫か!?」
ヴォイドは自分が情けなくなり、涙をこらえることができなかった。
誰もが成し遂げられなかった偉業を為したルスト。
彼がそこに至るまでの道中は並大抵の物ではなかったのだろう。
彼が抱えている物、やろうとしていたこと。
それをハナから理解しようとせずに否定した自分が、情けなくてたまらなかった。
こうしてヴォイドは改めて、ルストへ忠誠を誓うのであった。
彼がアストレア家に代々仕える忠臣として有名になるのは、もう少しだけ後の話である……。
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