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お見合い


 俺が特に意味もなく裏庭で魔法をぶっ放してラミィに叱られたり、ラミィがまた花瓶を割って俺ではなくセバスに叱られたりしているうちに、あっという間に一週間の月日が流れた。


「緊張しているんですか、ルスト様?」


「緊張、そんなものしているわけががががが」


「め、めちゃくちゃ震えてますけど!?」


 今日はお見合いの日当日。

 わざわざ我が家に来てくれるというアキノを迎え入れるため、俺は屋敷の外でそわそわとしながら剣を振っていた。


 婚約が決まったという話を聞いてからというもの、俺は緊張と興奮と不安でほとんど眠ることができなくなっている。


 世界がヤバいとかそれ以前の前に俺の結婚がヤバくてそれどころではない。

 この一週間は実力を維持するだけで精一杯だった。


 推しとの婚約には胸が高鳴るが、それが破談になる未来を知っているからこそ過度な期待は厳禁だ。


 どうせ破談になるのだと言い聞かせながら自分を落ち着けて、なんとかあるものを手に入れるための情報収集を行っていたが……この調子だと彼女に会うまでには間に合わないかもしれない。


「……あっ、来たみたいですよ!」


 俺の心の用意がまったく出来ていない状態で、視線の先に立派な六頭立ての馬車が見えてくる。

 幌にされた焼き印は杖と剣、間違いなくハルパー侯爵家の紋章だ。


 俺が剣を「そおおおいっ!!」と思い切りぶん投げている間に馬車が止まり、使用人の女性に手を引かれた一人の少女がゆっくりと下りてくる。


「……っ!!??」


 その姿を見た俺は、思わず声を抑えるだけで精一杯だった。


 黒く艶やかな長髪と、新雪のように真っ白な肌。

 つり目がちなアメジストの瞳は吸い込まれそうなほどに美しく、顔のパーツ全体がまったくの左右対称になっている。


 本物だ。

 本物の……アキノだ!


(推しに会えて喜んでたアイドルオタクの気持ちが、わかった気がする……)


 眩しすぎて、直視することができない。

 美しい通り越してふつくしい。


 俺にルストとしてのプライドがなければ、『女神はここにいたんだ……』と涙が滂沱とあふれていたのは想像に難くない。


 なんとか表向きは平静を保ちながら一歩前に出ると、俺に向けて冷たい視線を向けるアキノがこちらに負けじとこちらに歩み寄ってくる。


「お初にお目にかかります、ルスト様。アキノ・フォン・ハルパーと申します」


 『ファスティアファンタジー』にはボイスは実装されていない。

 なので彼女の声を聞くのは初めてなのだが……綺麗な声だ。


 鈴の音のような、聞いていてどこか落ち着きを感じる声。

 n分の1ゆらぎが出ているんじゃないだろうか。

 いや、あるいはアキノ自身からマイナスイオンが出ていたりするのかもしれない。


「……初めまして、俺はルスト・フォン・アストレア。あのアキノ嬢とお目にかかることができて、大変嬉しく思う」


 アキノは眉をぴくりと動かしてから、こちらの方をキッとキツい視線で見つめてくる。


 それが睨んでいるだけではなく、彼女が少し目が悪くてピントを合わせているだけだということを知っているので、悪印象を持ったりすることはない。


 むしろ本物の『ガン飛ばしだ!』とちょっと嬉しく思っている自分すらいたりする。


 俺は彼女のことなら、おそらくこの世界で誰よりも詳しいだろう。


 一見冷たい印象を持たれがちなアキノが内側に熱い思いを秘めていることも、彼女が『氷の令嬢』という二つ名をまったく気に入っていないことも、実はかわいいものが好きで自分の部屋はまっピンクでかなりファンシーなぬいぐるみが大量に並んでいることも知っている。


 設定資料集を読み込み開発会社のブログまで全てチェックし、シナリオライターのSNSでの呟きに至るまでしっかりとチェックさせてもらっているからな。


 だが知識があるのと、それを上手く活用できるかどうかはまったくの別物である。


 本来なら話すことなどいくらでもあるはずなのだが……実際にアキノを前にすると自分の気持ちを上手く言葉にすることができなかった。


 口を開こうとして閉じて、ちらっと相手を見てはまた口を開け閉めする。


「「……」」


 二人の間を沈黙が支配した。

 もしかして、答えは沈黙……いや、どう考えても沈黙は不正解だな。


 何を話せばいい。

 こういう時は一体どんな話をすれば……前世知識をフルで使った俺が出した答えは……。


「いやぁ、ははっ、とりあえず天気もいいですし、一緒にお茶でもいかがですか?」


 必殺奥義、アフタヌーンティーだ!

 なんか甘い物を食べて温かい紅茶でホッと一息つけば、俺にもいろいろと考える余裕はできてくるはず。


 今日この日のために、会話デッキも自然に組んできたんだ。

 サイエンカタパ並みのコンボを決めて、少なくとも悪印象は抱かれないようにして初顔合わせを終えさせていただこう!





「えーっと、この最初の一杯は飲まずにこっちに置いておいて……」


 俺はここ最近いろいろと勉強をしているらしいラミィに紅茶の用意をさせながら、用意してきた会話デッキを発動させていた。


「天気が、いいな」


「そうですね」


「これほど晴れていると心も晴れやかになってくる」


「曇り空のように見えますが……」


 デッキに組み込まれていたカードを使うと、普通に会話が成立しなかった。

 会話デッキ……ゴミカードばっかりじゃねぇかっ!


「……ととっ! わわわわわっ!?」


 俺がこの世の無常を嘆きながら早く紅茶とお茶菓子をくれと目線で合図をすると、ラミィがやや駆け足でこちらに駆け寄ってくる。


 おいおいそんなに慌てて大丈夫かと思っていた矢先、ラミィがグキッと足首をぐねってその場で転んだ。

 当然ながら持ってきていたお盆ごと紅茶がひっくり返り、お盆をひっくり返す。


「――っ!!」


 その軌道は見事なほどに俺達二人への直撃コース。

 俺は即座に意識を切り替え、咄嗟にアキノの身体を抱え上げる。


「ひゃんっ!?」


 急ぎそのまま横に跳ねる形でその場から逃れると、二人が先ほどまでいた場所に紅茶がこぼれ、そのまま乗っていたソーサーごとカップがパリンと割れる。


 危ないところだった……魔王を倒して身体能力が上がっていなければ、間に合わなかったかもしれない。


「すまなんい、つい咄嗟に身体が動いてしまった」


「い、いえ、大丈夫です、お気になさらず……」


 全然大丈夫ではなさそうな顔をしているアキノを、そっと地面に下ろす。

 そのまま後ろを振り返ってみれば、そこには明らかにしゅんとした様子をしたラミィの姿があった。


「ラミィの方も、大丈夫か?」


「は、はい、すみませんルスト様……」 


「手を見せてみろ。怪我は……していないな」


「はい、ルスト様の方は……」


「この程度で火傷を負うほど俺は弱くない。……そうだ! アキノの方は……」


 俺が急ぎ後ろを振り向くと、アキノはジッと俺とラミィの方を見つめていた。

 狐につままれたような顔をしながら、ぼーっとその場に立ち尽くしている。


「ルスト様は……なんだかお噂とはずいぶん違うお方なのですね」


「そうです、ルスト様はお優しい方なので!」


「なんでお前が自慢げなんだ……?」


 ラミィのお茶目(なお食らっていたら大やけど)のおかげか、二人の間に流れる空気は一気に弛緩してくれた。


 俺が頑張って会話を振ってもまったく成立しなかったのが嘘であるかのように、打てば響くように会話が弾む。


 アキノはかなりの聞き上手で、俺が上手く話せずにいたところを深掘りして聞き出してくれたり、楽しそうに(表情筋は変わらず凍っていたが、俺には彼女が楽しんでいるのがわかる)話を聞いてくれたりしたおかげで、俺としてもわりと楽しい時間を過ごすことができた。


 急ぎ新しい茶器を持ってきたラミィが今度はミスらずに給仕をしてくれたおかげで、茶会は以後はつつがなく終了してくれた。


 第一印象としては……そう悪くはないのではないだろうか。

 悪くない……といいな。


 アキノはメインヒロインとして後に勇者と共に戦うことになる。

 できれば婚約破棄をされるにしても、嫌われることなく行うことができればいいのだが……彼女に婚約破棄されるかと思うと、今から憂鬱になってくる。


 先のことはあまり考えないようにして、とりあえず身体でも動かそうと思っていたところで、この一週間ほどかけた諜報の結果が出てき始めた。


 とりあえずあれ(・・)もまだ誰にも取られていないようだな……さほど遠くないし、アキノが領地に戻ったらすぐにでも取りに出かけることにしよう。


新作をはじめました!

↓のリンクから読めますので、そちらも応援よろしくお願いします!

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