第4話「剣と賢」
「……身体、光ってる……」
油断なく地龍を見据えながら、リンが呟く。
地龍が鎧のように身に纏う紫色の雷は、驚くほど静かに滞留している。
それは、一見安定しているように見える。
しかし、そもそも地龍が雷を纏うということ自体が異常なのだ。
地龍は鱗こそ雷に強いが、その内側は雷にめっぽう弱いという性質を持つ。
ゆえに、考えられるこの個体の発生原因は三つ。
一つ目、突然変異。
二つ目、後天的な魔力変質。
そして三つ目、人工的な改変個体。
その中で最も可能性が高いのは——三つ目だ。
突然変異も魔力変質も、冒険者ギルドにある記録上発生したのは一度か二度。
対して改変個体は、人の善意と悪意の数だけ例が存在する。
「……エネルギーが体内に溜まってるんだ」
「……もしかして……爆発、する……?」
「これ以上時間が経てば、そうなる可能性は高い」
通常より明らかに上位の特徴を備えた、未知の個体。
それは、討伐難易度が正確に測れないことを意味する。
でも——
「爆発、したら……ここ、崩れる」
「そうだね」
そしてそうなれば、峡谷に生息するモンスターが道を伝って王都を襲う可能性がある。
「……早急な討伐が必須だね」
私の言葉にリンが一つ頷く。
「ユーフィリア、は……隠れてて」
「……わかった」
私は言われた通りに近くの岩陰へと身を潜める。
ちらりとこちらを見てそれを確認したリンは、視線を地龍へと戻す。
——そして、姿が消えた。
それは、リンが能力を使った証であり、次の瞬間には相手は真っ二つになっている。
今回もそうなると思った。
しかし——
「バチッ!」と、先ほどのリンが雷撃を弾いた時のような音がこだまする。
地龍の目の前で、目を見開いたリンが細剣を持つ右手を弾かれたように上げていた。
直後、地龍がリンめがけ大口を開けた。
だが、その牙は空気のみを噛み潰す。
リンは少し離れたところで、油断のない目で地龍を捉えていた。
リンの攻撃が弾かれた……!?
私は少し前のリンの言葉を思い返す。
『時が止まってる、と……全部、脆い』
……その「全部」の例外が、目の前に存在している。
リンは動かず、隙を窺うように地龍に視線を向けている。
その地龍が、咆哮と共に動き出す。
「グオオオオオッッ!!」
低い姿勢のまま、一直線にリンの元まで突進する。
リンはギリギリまで引きつけた後、再度姿を消した。
そしてまた、雷と金属が弾き合う音が響いた。
前回と同じ体勢で今度は地龍の背後に現れたリンが、眉を寄せて歯噛みしている。
地龍はその姿を確認することなく、尻尾を横薙ぎに大振りする。
だがそれは空を切り、リンに当たることはなかった。
再び、リンは少し距離を取り地龍を見据えていた。
……リンの攻撃が通らない。
その事実に、私は思考を急速に回し始める。
「時が止まった世界では全てが脆い」
その言葉の意味を、理由を探す。
さっき見た風雷梟熊の断面。
切れ味の良い包丁で野菜を切った時のような、完璧な断面だった。
だが、いくら切れ味の良い包丁を使っても、動物を骨ごと断ち切る際はどうしても多少崩れた断面になる。
でも、リンはあの細い剣で、細い腕で、全て綺麗に断ち切っている。
「時間が止まる」という能力が、それを成立させているのだ。
「……まだ足りない。もっと、深く考えないと」
時が止まった世界。
リン以外の全てが、止まった世界。
——ふと、私の中に一つの可能性が浮上する。
全てが「停止」した世界。
だがそこは、リンが物を切断できるため全てが「固定」されているわけではない。
——もし、その「停止」が、原子や分子の微視的なレベルまで適用されているのだとしたら。
分子の振動が止まり、それによって物質の結合が脆くなっているのだとしたら。
ならば、どれほど硬いもの——それこそ、飛龍の鱗であろうと「形を保っているだけの存在」になり、抵抗なく断てる。
であれば、地龍の纏う雷がリンの剣を弾いている理由は——
それが、魔力で作られたものだから?
あの雷は物質じゃなく——魔力が無理やり「雷の形」を取っているだけなんだ。
「グオオオオオオッ!」
突如響いた咆哮に、私は思考の海から引き上げられる。
直後、地龍が大きく息を吸い込み、紫電が一層大きく脈打つ。
——雷撃がくる。
そう身構えたが——地龍は、雷を放たなかった。
代わりに地を砕くように踏み込み、リンとの距離を一瞬で消し去る。
リンの姿が消え、次の瞬間には地龍の側面に現れる。
だが、「バチッ!」と、再三剣は弾かれる。
リンは唇を噛み距離を取る。
地龍は追わない。
低く唸り声を上げながら、その場で身構えるだけだ。
……その攻防に、私は違和感を覚えた。
——何で、撃たない?
再び地龍が動く。
今度は大きく回り込み、尻尾を振り抜く。
空気が裂け、雷が尾に沿って走る。
リンは紙一重で回避する。
その場所で雷が弾け、地面が焦げる。
リンは完璧に、地龍の攻撃を回避し続けていた。
だがそれでも——地龍は雷撃を使わない。
……「使えない」じゃなく、「使わない」。
私は紫電を纏うその巨体から、目を離さずに考える。
あれほどの雷を蓄えている。
さっきも、確かに撃つ直前までいっていた。
地龍が低く唸り声をあげる。
喉元が、淡く紫に脈打った。
その瞬間、リンが一歩踏み込む。
それを見た地龍は雷を吐く動作をやめ、再び体を低く構えた。
「……今、逃げた?」
その瞬間、私の中で点と点がかちりと噛み合った。
雷の鎧と雷撃は、同時に行えないかもしくは著しく鎧の強度が下がるんじゃないか?
それを地龍も理解しているから、安易に雷撃を使おうとしない。
そう考えれば全てに合点がいく。
……であれば、あとは地龍に雷撃を使わせればいいだけだ。
私が囮になって——
そう考えて、私はギルドでリンに言われた言葉を思い出す。
『ユーフィリア、には……危ないこと……してほしく、ない』
そしてその時の悲しそうな顔を思い出し、その考えを却下する。
……あの顔は、もう二度と見たくない。
私は作戦を再構築するため、素早く視線を走らせる。
その先で見つけたものに、一つの作戦を思いついた。
切り立った峡谷の壁。雷で脆くなった岩肌。
——崩せる。
あの崖なら、リンの一撃で十分だ。
「リン!」
張り詰めた空気を裂くように、私は叫んだ。
「崖を切り崩して!」
リンは少し驚いたように目を見開き、そして即座に頷いた。
——瞬間。
リンの姿が消えてから一拍置いて、「ズン」という低く重い音が轟く。
崖の一部が、まるで紙細工のように切断される。
直後、支えを失った岩盤が悲鳴を上げた。
土砂と岩の奔流が、地龍の側面から一気に降り注ぐ。
「グオオオオッ!」
地龍が咆哮する。
反射的に、巨体が雷を帯びて輝く。
喉元の紫が、一気に膨れ上がる。
「今!」
私の叫びと同時に、世界からリンの姿が消える。
雷撃が放たれるより、ほんの一瞬早く。
地龍の首元に細い銀の軌跡が走った。
——音は、なかった。
雷も、咆哮も、すべてが置き去りにされる。
次の瞬間、地龍の巨体が静かにずれ落ちる。
崩れ落ちて流れる岩の音だけが、渓谷に遅れて響いた。
地龍が瓦礫の波に圧され、もう一方の崖に押し流される。
土と砂が混じった茶褐色の煙が舞い上がり、風に乗って消えていく。
「……やった……?」
地龍の気配が完全に沈黙したことを確認し、私はその場にへたり込んだ。
「はあ……」
一気に緊張の糸が切れ、深く息を吐く。
「……ユーフィリア、すごい」
近くまで寄ったリンが、私のすぐ隣にしゃがんでそう言った。
「……すごい?」
「うん……わたし、一人じゃ……勝てなかった……」
……すごかったのはリンだ。
未知のモンスターへの大立ち回り。
私の作戦だって、リンの力に頼りきりの大雑把なものだ。
……でも。
それでも、リンの言葉は私の心へ染み込んだ。
温かさが、胸に満ちる。
「……ありがとう」
リンとの間に、静かな時間が流れる。
「……帰ろっか」
「うん」
それを噛み締めるように、私たちは互いに微笑み合った。
そして地龍と崩壊した崖の記録を取った後、リンと共に帰路に着いた。
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