↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/27

第4話「剣と賢」

「……身体、光ってる……」


 油断なく地龍ドレイクを見据えながら、リンが呟く。


 地龍が鎧のように身に纏う紫色の雷は、驚くほど静かに滞留している。

 それは、一見安定しているように見える。

 しかし、そもそも地龍が雷を纏うということ自体が異常なのだ。

 地龍は鱗こそ雷に強いが、その内側は雷にめっぽう弱いという性質を持つ。


 ゆえに、考えられるこの個体の発生原因は三つ。

 一つ目、突然変異。

 二つ目、後天的な魔力変質。

 そして三つ目、人工的な改変個体。


 その中で最も可能性が高いのは——三つ目だ。

 突然変異も魔力変質も、冒険者ギルドにある記録上発生したのは一度か二度。

 対して改変個体は、人の善意と悪意の数だけ例が存在する。


「……エネルギーが体内に溜まってるんだ」

「……もしかして……爆発、する……?」

「これ以上時間が経てば、そうなる可能性は高い」


 通常より明らかに上位の特徴を備えた、未知の個体。

 それは、討伐難易度が正確に測れないことを意味する。

 でも——


「爆発、したら……ここ、崩れる」

「そうだね」


 そしてそうなれば、峡谷に生息するモンスターが道を伝って王都を襲う可能性がある。


「……早急な討伐が必須だね」


 私の言葉にリンが一つ頷く。


「ユーフィリア、は……隠れてて」

「……わかった」


 私は言われた通りに近くの岩陰へと身を潜める。

 ちらりとこちらを見てそれを確認したリンは、視線を地龍へと戻す。


 ——そして、姿が消えた。

 それは、リンが能力を使った証であり、次の瞬間には相手は真っ二つになっている。

 今回もそうなると思った。

 しかし——


 「バチッ!」と、先ほどのリンが雷撃を弾いた時のような音がこだまする。

 地龍の目の前で、目を見開いたリンが細剣を持つ右手を弾かれたように上げていた。


 直後、地龍がリンめがけ大口を開けた。

 だが、その牙は空気のみを噛み潰す。

 リンは少し離れたところで、油断のない目で地龍を捉えていた。


 リンの攻撃が弾かれた……!?


 私は少し前のリンの言葉を思い返す。


『時が止まってる、と……全部、脆い』


 ……その「全部」の例外が、目の前に存在している。


 リンは動かず、隙を窺うように地龍に視線を向けている。

 その地龍が、咆哮と共に動き出す。


「グオオオオオッッ!!」


 低い姿勢のまま、一直線にリンの元まで突進する。

 リンはギリギリまで引きつけた後、再度姿を消した。


 そしてまた、雷と金属が弾き合う音が響いた。

 前回と同じ体勢で今度は地龍の背後に現れたリンが、眉を寄せて歯噛みしている。

 地龍はその姿を確認することなく、尻尾を横薙ぎに大振りする。

 だがそれは空を切り、リンに当たることはなかった。


 再び、リンは少し距離を取り地龍を見据えていた。


 ……リンの攻撃が通らない。


 その事実に、私は思考を急速に回し始める。


 「時が止まった世界では全てが脆い」

 その言葉の意味を、理由を探す。


 さっき見た風雷梟熊テンペストオウルベアの断面。

 切れ味の良い包丁で野菜を切った時のような、完璧な断面だった。

 だが、いくら切れ味の良い包丁を使っても、動物を骨ごと断ち切る際はどうしても多少崩れた断面になる。


 でも、リンはあの細い剣で、細い腕で、全て綺麗に断ち切っている。

 「時間が止まる」という能力が、それを成立させているのだ。


「……まだ足りない。もっと、深く考えないと」


 時が止まった世界。

 リン以外の全てが、止まった世界。


 ——ふと、私の中に一つの可能性が浮上する。


 全てが「停止」した世界。

 だがそこは、リンが物を切断できるため全てが「固定」されているわけではない。


 ——もし、その「停止」が、原子や分子の微視的なレベルまで適用されているのだとしたら。

 分子の振動が止まり、それによって物質の結合が脆くなっているのだとしたら。


 ならば、どれほど硬いもの——それこそ、飛龍ドラゴンの鱗であろうと「形を保っているだけの存在」になり、抵抗なく断てる。


 であれば、地龍の纏う雷がリンの剣を弾いている理由は——

 それが、魔力で作られたものだから?


 あの雷は物質じゃなく——魔力が無理やり「雷の形」を取っているだけなんだ。


「グオオオオオオッ!」


 突如響いた咆哮に、私は思考の海から引き上げられる。

 直後、地龍が大きく息を吸い込み、紫電が一層大きく脈打つ。


 ——雷撃がくる。


 そう身構えたが——地龍は、雷を放たなかった。

 代わりに地を砕くように踏み込み、リンとの距離を一瞬で消し去る。


 リンの姿が消え、次の瞬間には地龍の側面に現れる。

 だが、「バチッ!」と、再三剣は弾かれる。


 リンは唇を噛み距離を取る。

 地龍は追わない。

 低く唸り声を上げながら、その場で身構えるだけだ。


 ……その攻防に、私は違和感を覚えた。


 ——何で、撃たない?


 再び地龍が動く。

 今度は大きく回り込み、尻尾を振り抜く。

 空気が裂け、雷が尾に沿って走る。


 リンは紙一重で回避する。

 その場所で雷が弾け、地面が焦げる。


 リンは完璧に、地龍の攻撃を回避し続けていた。

 だがそれでも——地龍は雷撃を使わない。


 ……「使えない」じゃなく、「使わない」。

 私は紫電を纏うその巨体から、目を離さずに考える。


 あれほどの雷を蓄えている。

 さっきも、確かに撃つ直前までいっていた。


 地龍が低く唸り声をあげる。

 喉元が、淡く紫に脈打った。


 その瞬間、リンが一歩踏み込む。

 それを見た地龍は雷を吐く動作をやめ、再び体を低く構えた。


「……今、逃げた?」


 その瞬間、私の中で点と点がかちりと噛み合った。


 雷の鎧と雷撃は、同時に行えないかもしくは著しく鎧の強度が下がるんじゃないか?


 それを地龍も理解しているから、安易に雷撃を使おうとしない。

 そう考えれば全てに合点がいく。


 ……であれば、あとは地龍に雷撃を使わせればいいだけだ。


 私が囮になって——


 そう考えて、私はギルドでリンに言われた言葉を思い出す。


 『ユーフィリア、には……危ないこと……してほしく、ない』


 そしてその時の悲しそうな顔を思い出し、その考えを却下する。


 ……あの顔は、もう二度と見たくない。


 私は作戦を再構築するため、素早く視線を走らせる。

 その先で見つけたものに、一つの作戦を思いついた。


 切り立った峡谷の壁。雷で脆くなった岩肌。


 ——崩せる。

 あの崖なら、リンの一撃で十分だ。


「リン!」


 張り詰めた空気を裂くように、私は叫んだ。


「崖を切り崩して!」


 リンは少し驚いたように目を見開き、そして即座に頷いた。


 ——瞬間。

 リンの姿が消えてから一拍置いて、「ズン」という低く重い音が轟く。

 崖の一部が、まるで紙細工のように切断される。

 直後、支えを失った岩盤が悲鳴を上げた。


 土砂と岩の奔流が、地龍の側面から一気に降り注ぐ。


「グオオオオッ!」


 地龍が咆哮する。

 反射的に、巨体が雷を帯びて輝く。

 喉元の紫が、一気に膨れ上がる。


「今!」


 私の叫びと同時に、世界からリンの姿が消える。


 雷撃が放たれるより、ほんの一瞬早く。

 地龍の首元に細い銀の軌跡が走った。


 ——音は、なかった。


 雷も、咆哮も、すべてが置き去りにされる。


 次の瞬間、地龍の巨体が静かにずれ落ちる。

 崩れ落ちて流れる岩の音だけが、渓谷に遅れて響いた。


 地龍が瓦礫の波に圧され、もう一方の崖に押し流される。

 土と砂が混じった茶褐色の煙が舞い上がり、風に乗って消えていく。


「……やった……?」


 地龍の気配が完全に沈黙したことを確認し、私はその場にへたり込んだ。


「はあ……」


 一気に緊張の糸が切れ、深く息を吐く。


「……ユーフィリア、すごい」


 近くまで寄ったリンが、私のすぐ隣にしゃがんでそう言った。


「……すごい?」

「うん……わたし、一人じゃ……勝てなかった……」


 ……すごかったのはリンだ。

 未知のモンスターへの大立ち回り。

 私の作戦だって、リンの力に頼りきりの大雑把なものだ。


 ……でも。

 それでも、リンの言葉は私の心へ染み込んだ。

 温かさが、胸に満ちる。


「……ありがとう」


 リンとの間に、静かな時間が流れる。


「……帰ろっか」

「うん」


 それを噛み締めるように、私たちは互いに微笑み合った。

 そして地龍と崩壊した崖の記録を取った後、リンと共に帰路に着いた。

「面白い」と思っていただけましたら、ぜひ評価をお願いします!執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。