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第3話「雷鳴峡谷」

 ギルドマスター室に通された私は、リンとウィズさんと机を囲みながら事の顛末を伝えた。


「なるほど。委細理解した」


 ウィズさんは居住まいを正して続ける。


「うちの職員を庇ってくれたこと、感謝する。奴らの処遇は、本人たちとうちの職員からも話を聞いてからこちらで決めさせてもらうが、いいかな?」

「ええ。構いません」


 私の返答に頷いたウィズさんは、一度大きく息を吐いてから再度口を開いた。


「さて、次はユーフィリア君の話だな。メイ君から軽く聞いている。もう一度ギルドで働きたい、と」

「はい」

「ふむ。我々としては大歓迎だが……」


 そこで言葉を切ると、ウィズさんはリンへと視線を移した。


「リン君は、それでいいのかな?」


 予想外の問いに、リンが少し目を見開き驚きをあらわにする。


「……わたし……?」

「そうだ。君は今、どう思っているんだい?」

「……わたし、は……」


 リンが苦悩するように眉を寄せて口を閉じる。

 しかし、おずおずとこちらを見上げ、意を決した様子で再び口を開いた。


「わたし、は……ユーフィリアと……パーティーに、なりたい。でも……」


 一拍置いて、続ける。


「お母さん、も……ずっとひとりだった、から……」

「お母様がソロだったから、ソロにこだわりがあるんだったね」


 言葉に詰まったリンを、ウィズさんが補足する。


「お母さんも冒険者だったの?」


 私の問いを、リンは首肯した。


「お母さん、が……ずっとそうだったって……言ってた、から……私も、そうしたい、とも……思ってる」


 滔々と語り、リンがまた眉を寄せて俯き押し黙る。

 ……しんみりとした空気が部屋を満たす。


 しかし、その空気を破るようにウィズさんがニヤリと笑い、こう言った。


「”一緒に戦うこと”だけが、隣に立つ方法じゃない」


 その意味深な内容に、リンが顔を上げる。


「……どういう、こと……?」

「最近導入された制度に、事務員クラーク派遣制度というものがある」

「……なんですか、それ」


 知らない制度の名前に、私も問いを投げる。


「名前の通り、ギルドの職員を事務員としてパーティーに派遣する制度さ」

「……それは、私が担当としてリンにつく、ってことですか?」

「その通り。だから、リン君は何も変わらない」


 リンはまだ戸惑うように私とウィズさんを交互に見ていた。


「本来は、冒険者たちを戦闘に集中させるためのものなんだ。依頼の成功率が上がれば、当然ギルドが受ける利益も増える。双方にとって悪い話じゃないのさ」


 ウィズさんはわずかに肩をすくめる。


「もちろん派遣には素行や実績などの条件はあるが、リン君はどれもクリアされている。……ただまあ結局、使うかどうかは二人の気持ち次第だがね」


 部屋に短い沈黙が落ちた。


「……わたし、は……一人で戦う。でも……」


 リンは一度視線を落としてから、ゆっくりと息を吸った。


「ユーフィリア、が……後ろにいてくれたら……迷わず前に、進める……と、思う」


 じん、と私の胸の奥が熱を帯びた。


「ユーフィリア……わたし、を……支えてくれる……?」


 リンが私を見上げてそう聞いた。

 その瞳からは……大きな不安が見て取れる。

 私は、わずかに口元を緩めた。


「……もちろん。リンが真っ直ぐに進めるように、私に支えさせて?」


 私の返事に、緊張がほどけたようにリンが微笑む。

 表情の変化は少ない。

 それでも、これがリンにとって最大級の笑顔なのだと、なぜか私にはわかった。


「ありがとう……うれしい」


 胸の奥が、きゅっと音を立てて縮んだ気がした。

 言葉を返そうとしたのに、喉がうまく動かない。


 ……それは、反則だよ……


 ——ゴホン、とウィズさんがわざとらしく咳払いをした。

 その音に、私はハッと我に返る。


「二人の話はまとまったようだね」

「は、はい。すみません……」


 リンに見惚れていたと自覚し、私は顔から火が出そうになる。

 そんな私に気づかないふりをしてくれながら、ウィズさんは何事もなかったかのように話を続ける。


「さて、話を戻そう」


 そう言ってウィズさんは立ち上がり、後ろにある棚から一冊の資料を取り出し机に置く。

 それは、クエストの依頼書だった。


「今日、君たちに提案したい仕事がある」


 ウィズさんはその依頼書を私たちに見せながら続ける。


「王都より西に十キロほどの場所にある雷鳴峡谷で、異常気象が確認されている」


 雷鳴峡谷——

 その名の通り、定期的に雷鳴が轟く危険な場所だ。

 強力なモンスターも多く、生息するのは主にBランク相当。


「異常気象の内容は、『雷鳴が聞こえない』こと。考えられる可能性は、地脈や魔力循環の異常。そして——」


 そこでウィズさんは、一度言葉を切った。


「それには、何者かの手が加えられている可能性がある」


 その言葉が、部屋の空気をわずかに重くした。


「今回の目的は『記録』だ。何が起きているのか。どこまでが想定内で、どこからが異常なのか。現地で見たことを、可能な限り正確に持ち帰って欲しい」


 ウィズさんは依頼書から目を上げ、静かに私たちを見渡した。


「戦闘はリン君に任せられる。そして——」


 ウィズさんの視線が、私の方に向く。


「状況の整理と判断、それから記録は、ユーフィリア君に任せたい」


 それは、リンの背中を預かる役目なのだと理解する。


「……もちろん単独で行くことも可能だが、今回は役割が分かれていた方が無駄がないだろう。受けてくれるかい?」


 ウィズさんは、私たち二人の目を真っ直ぐに見て問いかける。


「もちろん……ユーフィリア、は……私が守る」

「……うん。よろしく、リン」


 迷いのない返答に、ウィズさんは満足そうに微笑んだ。


「よし。そうと決まれば、準備ができ次第早めの出立を頼みたい。ユーフィリア君のギルド関係の手続きは、こちらで進めておく」

「わかった」

「了解しました」


 私たちは力強く頷きを返す。


「では、よろしく頼むよ」


 ウィズさんの言葉を合図に、話はそこで締めくくられた。

 私たちは冒険者ギルドを後にする。

 昨日とはうって変わった快晴の空の下で、私の心にふと一つの疑問が浮かんだ。


 ……それにしても、クエスト内容があまりにも私たち向けすぎるような……


 このクエストには、戦闘役と記録役の二役が必要だ。

 まさか、これのために私たちに事務員クラーク派遣制度を提案したのでは……?

 そうだとしたら、全てがウィズさんのシナリオ通りということになる。


 ……いやいやそんな……ねぇ……?


◇ ◇ ◇


 王都より馬車で向かった私たちは今、馬車を降りて雷鳴峡谷へ続く道を歩いている。

 思ったよりも足元も安定していて、視界も悪くない。


「……もっと、ゴツゴツしてる、って……思ってた」


 ぽつりと呟いたのはリンだった。


「確かに。名前だけ聞くともっと危なそうだよね」


 そんな取り留めのない会話をしながら、私たちは並んで歩く。


「ユーフィリア」


 すぐ隣から、呼びかけられる。


「ん?」


 返事をしながら、私はちらりとリンの方を見る。

 ——近い。

 歩幅が揃っているせいか、距離が縮んでいる気がした。


「……なに?」

「……いや」


 リンは、ほんの少しだけ視線を泳がせる。


「呼んでみただけ」


 思わず足が止まった。


 ……なにそれ。可愛い。


 振り返ったリンが不思議そうに小首を傾げる。


「……ユーフィリア?」

「え、あ、いや……」


 私は慌てて歩き出す。

 そしてリンの隣に並んでから、見惚れてたのを誤魔化すように話しかけた。


「実は私ね、昔ギルドで働いてたんだ」

「知って、る」


 だが、予想外の返事に目を見開く。


「そ、そうなんだ。……もしかして、どこかで会ったことあったり……?」


 恐る恐る問いかけると、リンは首を横に振った。


「わたし、が……一方的に……見た、だけ」

「そ、そっか」


 リンの答えにホッと胸を撫で下ろす。

 だが、リンの言葉はそこで終わらなかった。


「そこで……初めて見た、時……好きになった」


 〜〜〜っ!!

 この娘は……! こんな恥ずかしいことをよく平気で——

 ……いや?


「耳が……」


 思わず口から溢れた言葉に、リンが真っ赤になった耳を隠してそっぽを向く。


 ま、まずい、何か言わないと……


「ご、ごちそうさまです」


 って何だそりゃ!?


 リンがこちらを見上げ、困惑した表情で小首をかしげる。

 そりゃあそんな反応にもなるよ……

 な、何か別の話題を——


「と、ところで、リンはなんで冒険者をやってるの? 目標とかはある?」


 微妙な空気を察したリンが、私の無理やりな話題転換に乗ってくれた。


「お母さん……に、会うため」

「……冒険者の?」


 リンが一つ頷く。


「六年前、に……どこかに行った、お母さん。Sランクになって、有名に、なれば……会いに……きてくれるかも、しれないから」

「……そっか……会えるといいね、お母さんに」


 懐かしそうに、嬉しそうに目を細めたリンへ、私は微笑んでそう声をかけた。


 そう会話をしていると、雷鳴峡谷にたどり着いた。

 そこは、文字通り切り裂かれたような地形をしていた。

 左右には見上げるほど切り立った崖が連なっている。

 岩肌は荒く、ところどころが黒く焼け焦げている。

 中央に流れていたはずの川は干上がり、ひび割れた土と白く乾いた石がむき出しになっていた。


 それでも、不思議なことに荒廃した景色ではなかった。

 崖の隙間や岩陰には苔や低木が根を張り、青々とした葉を広げている。

 この地の植物は、溢れる魔力を使い成長しているのだ。


「……静かだね」

「……うん」


 「バチッ」というわずかな電気の音すらせず、風が抜ける音と木々の揺れるざわめきだけが耳に届く。

 しかし、張り詰めた空気は私の身の毛をわずかだが確かに逆立てていた。


「よし。まずは、地脈に異常があるか調べよう」

「了解」


 気合を入れ直し、私たちは調査を始めた。


◇ ◇ ◇


 地面や植生を確認しながら奥へ進んだところで、少し気になる点を見つけた。

 岩肌の一箇所に、比較的新しい焦げ跡が集中しているところがあったのだ。


「……意図的に集められてる?」


 しかも、その位置も妙だった。

 落雷を受けやすい突起や高所ではない。

 峡谷の底。風も遮られる岩陰に、焼け跡が偏っている。


「……自然ではあり得ない。ウィズさんの言うように、誰かが——」


 その時、二つの重厚な足音が鼓膜を打った。

 続くように、背後から二つ重なった咆哮が響く。


「「グルオオ——」」


 ——瞬間。

 空間を揺るがしていた雄叫びが途切れる。


 次に聞こえた音は、頭部が地面に落下するぐちゃりという音。

 その後、「ズン」という巨体が地面に倒れる音と共に地面が揺れた。


 振り返れば、真っ二つになった二体の雷風梟熊テンペストオウルベアの横で細剣を鞘にしまうリンの姿が目に入った。


「……相変わらず、すごいね」


 私がそう言うと、リンは少し首を傾げた。


「……すごい?」

「うん、すごい」


 微笑みながら言うと、リンは少しだけ照れたように視線を逸らした。


「……ところでさ、リンの能力って『時を止める能力』だよね?」

「……うん」


 視線を戻し、リンが頷く。


 黒双翼竜ブラックワイバーンの時も今も、一瞬のうちに敵は真っ二つになっていた。

 それも、複数体同時にだ。

 加え、「時の勇者」という称号。

 ここまで揃えば、自ずとその結論には至る。


 記録のため、私は事切れた雷風梟熊を見下ろした。

 その時、ふと気になったことをリンに質問する。


「その剣でこんなに綺麗に切れるのも、何かのスキル?」


 死体の断面が、まるで野菜かのようにあまりにも綺麗に切れていた。

 私の問いに、リンは首を横に振る。


「時が止まってる、と……全部、脆い」

「脆い?」


 リンが首肯する。


「でも……なんでか、は……わからない」

「……そうなんだ」


 リンが勇者の称号を発現してから、まだわずか二ヶ月ほど。

 その間はきっと激動でもあっただろうし、まだ能力の全てを理解できていなくても不思議ではない。


「その辺りも、きちんと調べないとね」

「うん」


 まあ聞いてる限りだと、正直最強の能力だと思うけど……

 その後、雷風梟熊の状態や討伐時刻を書き留めつつ調査を再開した。


◇ ◇ ◇


「今日はこの辺で終わろうか」


 日が傾き、空が茜色に染まり出した頃。

 私はリンにそう切り出した。


 焦げ跡の分布、魔力の流れ、討伐した魔物の反応。

 少なくとも、今日の調査は順調と言ってよかった。


「わかった」


 リンも同意し、私たちは来た道を引き返す。

 いや、引き返そうとした。


 ——その時、空気が震えた。


 次の瞬間、視界を焼くような紫電が一直線に迸る。

 狙いは——私。


 空気の流れが歪む。

 ——避けられない。

 そう理解した瞬間、私は歯を食いしばる。


 ——「バチィッ!」と、剣と雷がぶつかり合う金属音とも雷鳴ともつかない音が弾けた。

 同時、雷撃が霧散する。

 目の前には、細剣を構えたリンの背中があった。


「……大丈夫?」

「あ、ありがとう……」


 そしてリンの背中越しに、それは見えた。

 岩のような鱗、鋭く大きな角、低く構えた巨体。

 一見すれば、ただの地龍ドレイク


 ——だが、違う。

 身体を覆うように紫色の雷が纏わりつき、その身体にも淡く紫色の光が走っている。

 双眸は血走り、開いた口からは粘ついた唾液がダラダラと垂れていた。


 圧倒的な存在感を放つそれは、ギラついた目でこちらを睨めつけていた。

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