第8話 《検索》しないという選択
――お前は、最初の《検索持ち》ではない。
誰も。
すぐには喋らなかった。
閉店後の知識屋。
昼間まで客の声で騒がしかった店内が、
今は妙に静かだった。
久世透は、
手紙をもう一度読む。
一行目。
――二百年前の問答屋について調べるな。
二行目。
――《同じ問いを二度尋ねてはならない》という警告を守れ。
三行目。
――お前は、最初の《検索持ち》ではない。
「……いたずら」
最初に口を開いたのは、
ミレアだった。
「という可能性もあります」
「誰が?」
フィノが言う。
「二百年前の帳簿のこと知ってる奴、ほとんどいないんだろ?」
「ほとんどではありません」
「何人?」
「昨日、あの帳簿そのものを閲覧したのは」
ミレアが言葉を区切る。
「私と透さんだけです」
やっぱり。
嫌な答えだった。
「保管庫の職員は?」
透が聞く。
「帳簿を運んだ者はいます。ただし、中身まで読んだとは限りません」
「じゃあ可能性ゼロじゃない」
「はい」
フィノが、
手紙を机へ置く。
「でもさ」
「何?」
「差出人は」
三行目を指差す。
「店主が《検索持ち》だって知ってる」
透は黙った。
そこだ。
商業院には、
自分が特殊な《天恵》を持っていることくらいは知られている。
だが。
それを《検索》と呼ぶこと。
まして、
《検索持ち》
なんて言い方。
透自身ですら、
今日初めて見た。
「ミレア」
「はい」
「俺の天恵の名前」
「商業院には登録されていません」
「え?」
「あなたが最初に登録した業種は《情報仲介業》です。《天恵》の詳細提出は義務ではありません」
確かに。
ハルヴァンにも。
入手方法は秘密だと押し通した。
ロアム。
ミレア。
フィノ。
カシアには。
どこまで。
いや。
カシアには《検索》と言った。
市場で。
フィノにも何度か言った。
噂になっている可能性はある。
「候補は増えるな」
透が言う。
「安心しました?」
「逆」
誰でも知っているなら、
差出人を絞れない。
フィノが手紙を摘まむ。
「聞けばいいんじゃない?」
透を見る。
「その能力に」
透は。
答えなかった。
《検索:この手紙を書いた人物》
問い。
作れる。
たぶん。
条件を足せば。
かなり絞れる。
紙。
文字。
店へ置いた時間。
場所。
《検索》なら。
もしかすると。
一発。
けれど。
透は。
手紙を見る。
《同じ問いを二度尋ねてはならない》
昨夜。
検索とラウドの記憶を照合した。
一致率。
98.7%。
そして。
《取得元》
まだ。
何なのか分からない。
「やらない」
フィノが眉を上げる。
「検索?」
「ああ」
「なんで?」
「分からないから」
「だから調べるんじゃないの?」
正論。
少し前の自分なら。
同じことを言った。
分からない。
だから検索する。
それが。
久世透だった。
でも。
今は。
「検索した結果、何が起きるのか」
透は言う。
「そっちが分からない」
フィノが黙った。
ミレアも。
何も言わなかった。
「だから今回は」
透は手紙を取った。
「普通に調べる」
フィノが。
少しだけ笑った。
「知識屋なのに?」
「知識屋だから」
「意味分かんないけど」
「俺も今作った」
◇
最初に調べたのは。
紙だった。
「普通の紙に見えます」
ミレアが、
明るい場所へかざす。
薄い灰色。
厚みは、
一般的な手紙より少しある。
封筒にも、
紋章はない。
「匂い」
フィノが言う。
「何?」
「紙」
鼻へ近づける。
「……古い匂い」
透も嗅ぐ。
「紙って全部こんな匂いじゃない?」
「店主、こっち来てまだ十日くらいだろ」
「九日じゃなかった?」
「昨日十日目」
「数えてんの?」
「帳簿つける人間だから」
妙なところで几帳面。
フィノは。
紙の端を見る。
「これ」
小さな、
茶色い点。
「汚れ?」
「違うと思う」
ミレアが言った。
「繊維ですね」
「詳しい?」
「いいえ」
なら。
専門家。
ミレアが、
少し嫌そうな顔をした。
「一人」
「知ってる?」
「知っています」
「嫌い?」
「苦手です」
「じゃあその人だな」
「なぜ嬉しそうなんですか」
◇
商業院。
本館ではなく。
その裏。
細い廊下を、
地下へ降りる。
「こんなとこあるんだ」
透が言う。
「古文書保管棟です」
「昨日の帳簿も?」
「別室です」
「じゃあここは?」
ミレアが。
扉の前で止まる。
札。
《資料修復室》
中から。
何かが落ちる音。
続けて。
女の声。
「今のは壊れてないから大丈夫!」
誰に言っているのか。
分からない。
ミレアが。
深く息を吐いた。
「セフィナ」
返事。
なし。
「セフィナ」
また。
なし。
ミレアが。
扉を開けた。
「セフィナ!」
「聞こえてる!」
最初から返事しろよ。
部屋。
本。
紙。
箱。
布。
瓶。
紐。
何か分からない道具。
足の踏み場は、
ぎりぎりある。
中央。
女が一人。
机へ顔を近づけ、
紙を見ていた。
年齢は。
二十代後半くらい。
黒に近い青灰色の髪を、
後ろで雑にまとめている。
眼鏡。
指先。
インクまみれ。
「仕事中」
顔を上げず言う。
「私もです」
ミレア。
「そっちは監査記録を読む仕事でしょ」
「今日は違います」
「じゃあ帰って」
「そうします」
「待って」
早い。
ミレアが本当に帰ろうとするので、
女がようやく顔を上げた。
透を見る。
フィノを見る。
最後に。
透の手。
「何持ってるの?」
鋭い。
ミレアより。
たぶん。
面倒な種類。
透は手紙を見せた。
「紙を見てほしい」
「いくら?」
「金取るの?」
「専門家にただ働きさせる気?」
「商業院の人じゃないの?」
「給料は商業院からもらう。あなたからは面白いものをもらう」
「面白いもの?」
「話」
セフィナ。
そう名乗った。
姓は。
教えてくれなかった。
「長いので」
とのこと。
何が長いのか。
聞かなかった。
たぶん。
聞かない方がいい。
◇
「古いね」
一分。
それだけで。
セフィナは言った。
「どれくらい?」
「紙そのものなら百五十年以上」
透。
ミレア。
フィノ。
三人。
黙る。
「……マジ?」
「マジって?」
「本当?」
「うん」
セフィナが、
紙を光へかざす。
「灰樹の繊維」
「灰樹?」
「今は紙にほとんど使わない木」
指で。
茶色い点を示す。
「これが繊維の節」
「珍しい?」
「すごく」
セフィナが。
楽しそうになる。
「昔は丈夫だから公的な帳簿や長期保存用の書類に使われた。でも加工に手間がかかる。それに百六十年くらい前、灰樹を食べる虫が大発生して」
「待って」
透が止める。
「紙は昔のものってこと?」
「そう」
「手紙も?」
「それは違う」
「なんで?」
セフィナが。
今度は。
文字へ鼻を近づける。
匂いを嗅ぐ。
「インクは新しい」
「分かるの?」
「乾き方」
紙を斜めにする。
「古い墨はもっと沈む。この文字は表面に残ってる」
つまり。
古い紙へ。
最近。
誰かが書いた。
「そんな紙、手に入る?」
透が聞く。
「普通は無理」
「普通は?」
「保管されていれば別」
「商業院?」
セフィナが。
ミレアを見る。
ミレアの顔が。
険しくなった。
「古い未使用紙の保管記録があります」
「どこ?」
「ここ」
セフィナが。
さらっと言った。
全員。
見る。
「え?」
「あるよ」
「どこに?」
「多分あっち」
部屋の奥。
紙の山。
「多分?」
ミレアの声が。
冷たい。
セフィナは気にしない。
「百年前の未使用紙なんて資料として残すでしょ」
「管理番号は?」
「ある」
「数量」
「ある」
「現在数」
「……多分ある」
「確認してください」
「怖いなあ」
◇
二十分後。
見つかった。
灰樹紙。
一束。
二十二枚。
登録数。
二十三枚。
「…………」
透が言う。
「一枚足りない」
「そうなるね」
セフィナは。
特に驚いていない。
ミレアは。
ものすごく驚いている。
「最終確認日は?」
「三か月前」
「出入りした人間」
「私」
「他」
「修復官二人。保管担当四人。研究員は申請すれば」
「何人です?」
「三か月なら……」
帳簿を見る。
「二十七人」
多い。
「終わった」
フィノが言う。
「何が?」
「犯人探し」
確かに。
二十七人。
そこから。
さらに。
扉の鍵を借りられる者。
勝手に入れる者。
誰かへ渡した者。
絞る。
簡単じゃない。
「でも」
透が言う。
「一枚盗まれたこと自体は確定」
「持ち出し記録がなければ」
ミレアが言う。
「そうなります」
誰かが。
商業院の古文書保管棟から。
二百年前に近い紙を一枚抜いた。
その紙で。
透へ。
手紙を書いた。
偶然。
ではない。
「これ」
セフィナが。
手紙を取り上げた。
「内容読んでいい?」
三人。
顔を見合わせる。
透が。
渡す。
セフィナは読む。
一行。
二行。
三行。
そこで。
表情が変わった。
ほんの少し。
でも。
今までのふざけた顔と。
明らかに違った。
「何?」
透が聞く。
「これ」
二行目。
《同じ問いを二度尋ねてはならない》
「知ってるの?」
セフィナは。
すぐには答えなかった。
代わりに。
部屋の奥へ歩く。
紙の山。
箱。
本。
さらに。
一番下。
古い木箱。
鍵。
開ける。
中から。
薄い冊子を一冊。
出した。
「十年前」
セフィナが言う。
「私がここへ入ったばかりの頃」
冊子を机へ置く。
「古文書を整理してたら見つけた」
表紙。
題名。
《問答業取締記録 第二巻》
透の心臓が。
少し。
速くなる。
昨日。
ミレアが持ってきた記録とは。
別。
「問答業……」
「昔あった商売」
セフィナが言う。
「質問に答えて金を取る」
知識屋。
同じ。
「それ」
透が聞く。
「何が書いてある?」
セフィナがページを開く。
古い記録。
営業許可。
違反。
罰金。
客との争い。
最初は。
普通。
だが。
後半。
妙な記録が増える。
《営業者、同一の問いを繰り返し確認》
《翌日、回答内容に差異なし》
《三度目の照会後、営業を三日休止》
《理由、申告なし》
次。
《同一回答の再販売を禁ず》
次。
《問答帳への記録を義務化》
透が止まる。
「問答帳?」
セフィナが。
頷く。
「たぶん」
透の店にある。
《知識帳》
それと。
同じ発想。
一度答えたものを。
残す。
繰り返さない。
「なんで義務化した?」
フィノが聞く。
「書いてない」
「その先は?」
セフィナが。
ページをめくる。
一枚。
破れている。
次も。
ない。
三枚。
まとめて。
抜かれていた。
「元から?」
ミレア。
「十年前には」
セフィナが言う。
「もうなかった」
「内容は?」
「知らない」
「本当に?」
「本当に」
透は。
破れた部分を見る。
その次。
残っている最初のページ。
記録の日付。
二百十三年前。
そして。
一行。
《本日をもって、問答業の新規登録を停止する》
理由。
なし。
ただ。
余白に。
誰かの字。
小さく。
書いてある。
《知る者を増やすな》
透は。
息を止めた。
「……何だよこれ」
セフィナが。
今度こそ。
真剣な顔をした。
「私も知りたい」
◇
「一つ確認」
透が言う。
セフィナを見る。
「昨日、俺とミレアが見た帳簿」
「うん」
「知ってた?」
「存在は」
「内容は?」
「全部は知らない」
「二百年前の渡り人は?」
セフィナが。
少し考える。
「それは知ってた」
透。
ミレア。
フィノ。
同時に固まる。
「知ってた?」
「だから古文書研究してるんだけど」
「何で昨日言わなかった」
「昨日会ってない」
正論。
「ミレア」
透が見る。
「何でセフィナに聞かなかった?」
「苦手だからです」
即答。
セフィナ。
「ひど」
「事実です」
「でも」
透は。
もう一度セフィナを見る。
「じゃあ手紙」
「私じゃない」
「まだ聞いてない」
「顔に書いてある」
確かに。
一番。
怪しい。
古文書へアクセスできる。
問答業を知っている。
《検索持ち》という言葉も。
もしかすると。
「検索持ちって言葉」
透が言う。
「知ってる?」
そこで。
セフィナが。
初めて。
首を傾げた。
「何それ?」
「手紙」
三行目。
《お前は、最初の《検索持ち》ではない》
セフィナは。
その部分を。
もう一度読む。
「変」
「何が?」
「昔の記録では」
ページをめくる。
「《検索》なんて言葉は一度も出ない」
透の表情が。
変わる。
「じゃあ」
「二百年前の人物は」
セフィナが言う。
「能力を《問答》と呼んでる」
《問答》
検索ではない。
それなのに。
手紙を書いた人物は。
透の能力を。
《検索》
と知っている。
つまり。
古文書だけ読んで。
書ける内容ではない。
「誰かが」
フィノが言う。
「今の店主の能力も知ってる」
「そういうことになる」
セフィナ。
そこで。
ミレアが言った。
「もう一つ」
手紙を取る。
「《最初の検索持ちではない》」
「うん」
「二百年前の人物を指しているとは」
ミレアが。
透を見る。
「どこにも書いてありません」
沈黙。
その意味を。
理解する。
二百年前。
一人。
いた。
だから。
透が二人目。
そう。
勝手に思った。
でも。
手紙には。
そんなこと。
一言も書いていない。
最初ではない。
それだけ。
三人。
四人。
十人。
もっと。
いた可能性。
そして。
二百年前より。
後にも。
◇
帰り道。
透。
ミレア。
フィノ。
三人で歩く。
夕方。
商業院から知識屋まで。
人通り。
多い。
普段なら。
市場。
店。
食べ物。
そんなものを見る。
今日は。
違った。
通り過ぎる人間。
一人。
また一人。
差出人。
この中に。
いるかもしれない。
「怖いですか?」
ミレアが聞く。
透は。
少し考えた。
「ちょっと」
「意外」
フィノが言う。
「店主って怖いものあるんだ」
「あるよ」
「何?」
「借金」
「現実的」
透は。
笑った。
少しだけ。
気が楽になる。
でも。
結局。
頭から離れない。
調べるな。
同じ問いを繰り返すな。
最初ではない。
そして。
昔の記録。
《知る者を増やすな》
「ミレア」
「はい」
「俺さ」
歩きながら。
「最初、この能力あって良かったと思ったんだよ」
「知っています」
「何でも調べられる」
「はい」
「世界一の商人になれるかもしれない」
「それも聞きました」
「今でも」
透は言う。
「なりたい」
ミレアが。
少し笑う。
「ならなればいいではありませんか」
「簡単に言うな」
「世界一になる人が、最初から諦めてどうするんです?」
透は。
横を見る。
「応援してる?」
ミレアは。
前を向いた。
「情報仲介業が成功すれば、商業院にも利益があります」
「それだけ?」
「それだけです」
「へえ」
「何です?」
「別に」
ミレアが。
少し。
歩く速度を上げた。
後ろ。
フィノ。
「店主」
小声。
「何?」
「鈍い?」
「何が?」
「何でもない」
なんなんだ。
◇
夜。
知識屋。
透は。
一人。
残った。
机。
《知識帳》
古い手紙。
今日、
セフィナから書き写させてもらった記録。
《同じ問いを二度尋ねてはならない》
《知る者を増やすな》
そして。
《検索持ち》
頭の中へ。
問いが浮かぶ。
《検索:過去に《検索》を使用した人間は何人存在する》
聞けば。
もしかしたら。
分かる。
十人?
百人?
自分一人?
あるいは。
今も。
誰か。
いる?
透は。
目を閉じる。
問い。
完成している。
あとは。
実行するだけ。
一秒。
二秒。
三秒。
「……やめた」
問いを消した。
代わりに。
《知識帳》を開く。
一番下。
今日から。
新しい項目を作る。
《検索しなかった問い》
そこへ。
書く。
――過去に《検索》を使った人間は何人存在するのか。
答え。
空欄。
透は。
しばらく。
それを見る。
不思議だった。
分からない。
答えがない。
以前なら。
それが。
気持ち悪かった。
今は。
少しだけ。
違う。
知らないまま。
明日へ持っていく。
そんな選択も。
ある。
「今日はこれでいい」
帳面を閉じた。
そして。
立ち上がろうとした。
その時。
視界。
文字。
透は。
固まった。
検索していない。
何も。
聞いていない。
なのに。
表示が。
浮かんでいた。
《外部照会を検知しました》
「…………」
一行。
追加。
《照会対象:久世透》
心臓。
強く。
一度。
鳴る。
何だ。
これ。
そして。
三行目。
《照会元情報》
一瞬。
文字が出る。
しかし。
すぐ。
黒く潰れた。
《権限不足》
透は。
立ち尽くす。
誰かが。
自分を。
調べた。
検索した?
誰が。
どこから。
何を使って。
そして。
最後。
今まで見たことのない表示が。
現れた。
《照会要求を拒否しました》
《理由》
《同一権限保持者からの照会》
透は。
声を。
出せなかった。
同一権限。
つまり。
少なくとも。
今。
この世界のどこかに。
いる。
自分と。
同じものを持つ。
誰かが。




