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第9話 同じ権限を持つ者

《同一権限保持者からの照会》


久世透は、


その一文を何度読んでも、


意味が変わらないことに腹が立っていた。


夜。


閉店後の知識屋。


机の上には、


《知識帳》。


二百年前の問答屋について書かれた古い記録。


そして。


差出人不明の手紙。


――お前は、最初の《検索持ち》ではない。


数時間前まで。


それは。


脅しなのか。


忠告なのか。


いたずらなのか。


何一つ分からなかった。


だが今。


《検索》そのものが、


透へ新しい情報を出した。


《外部照会を検知しました》


《照会対象:久世透》


《照会要求を拒否しました》


《理由:同一権限保持者からの照会》


「……いるのか」


透は呟いた。


自分以外の。


《検索》を使う人間。


この世界のどこかに。


今。


生きて。


存在している。


そう考えるのが。


一番自然だった。


だったのだが。


「――それ、まだ決まってませんよ」


翌朝。


ミレアに話した途端。


あっさり否定された。



「何で?」


「逆になぜ確定したと思ったんです?」


朝の知識屋。


ミレア。


フィノ。


透。


そして。


呼んでもいないのに来たセフィナ。


四人が机を囲んでいた。


「同一権限保持者って出たんだぞ」


透が言う。


「俺と同じ権限を持ってる奴がいるってことだろ」


「“奴”とは表示されていません」


ミレア。


「じゃあ何?」


「知りません」


「おい」


セフィナが。


手紙を裏返しながら言った。


「ミレアの言ってること、正しいよ」


「セフィナまで?」


「例えば」


指を一本立てる。


「あなたの《検索》が何らかの仕組みで動いているとする」


「うん」


「その仕組みと同じ権限を持つものが」


二本目。


「人間だという保証は?」


透は。


黙った。


フィノが言う。


「道具とか?」


「そう」


セフィナが頷く。


「昔の施設。装置。記録庫。何かの端末。あるいは」


少し楽しそうに。


「人ではない何か」


「最後怖くする必要あった?」


「面白いから」


「この人やっぱ苦手です」


ミレアが言った。


「知ってる」


セフィナは平気だった。


透は。


もう一度。


昨夜の表示を思い出す。


確かに。


《同一権限保持者》


としか書いていない。


自分と同じ能力を持つ、


別の人間。


そう決めつけたのは。


自分だ。


「……危な」


「何が?」


フィノ。


「検索結果だけで決めつけるなって、自分で規則作ったのに」


三人が。


透を見る。


「言わないで」


遅い。


完全に。


自分で作った規則に刺された。


四。


《検索結果だけで他人を犯罪者と決めつけない》


今回。


犯罪者ではないけれど。


同じことだ。


答えが表示された。


自分なりに意味を付けた。


そして。


それを真実だと思いかけた。


「店主」


フィノが言う。


「最近ちょっと賢くなったと思ってた」


「まだ成長途中なんだよ」


「二十八歳なのに?」


「歳関係ある?」


「あると思う」


「お前十七だろ」


「だから?」


強い。



問題は。


確かめる方法だった。


昨夜。


《照会元情報》


という表示までは出た。


その直後。


《権限不足》


で消えた。


なら。


第二階梯では。


相手の正体までは見られない。


「また向こうから検索されたら?」


フィノが聞く。


「分からない」


「何回も来るかも?」


「それも分からない」


「じゃあ」


フィノが首を傾げる。


「こっちから検索すれば?」


透は。


反射的に。


問いを作りかけた。


《検索:昨夜、久世透を照会した――》


止める。


フィノが。


その表情を見る。


「あ」


「何」


「今やろうとした?」


「してない」


「顔に出てた」


「うるさい」


ただ。


検索しない。


それだけでは。


何も進まない。


知りたい。


ものすごく。


誰が。


何を。


何のために。


自分を調べたのか。


でも。


二百年前の警告。


取得元。


記憶の欠落。


まだ、


分からないことが多すぎる。


透は考えた。


「照会されたこと自体についてなら」


「何です?」


ミレア。


「調べてもいいかな」


「どういう意味です?」


「相手を検索するんじゃない」


質問を作る。


慎重に。


《検索:利用者・久世透に対して発生した外部照会について、現在の利用者権限で閲覧可能な記録》


実行。


一秒。


《検索結果》


《外部照会履歴:3件》


透が。


止まった。


「……三件?」


「昨日以外にも?」


ミレアが聞く。


透は。


表示を追う。


一件目。


《九日前》


二件目。


《六日前》


三件目。


《昨夜》


「待って」


九日前。


異世界へ来た。


ほぼ。


その直後。


「最初の照会」


透が言う。


「俺がこの世界に来た日だ」


空気が。


少し変わる。


「その時点で?」


フィノ。


「俺」


透は続ける。


「知識屋すら始めてない」


《検索》を。


初めて使った日。


それどころか。


能力の名前を。


神官から聞いたばかり。


「二件目は?」


セフィナ。


六日前。


透は記憶を辿る。


「……シルマ草」


第一話。


少女。


レムナ熱症。


初めて。


人間の命を救うために。


かなり具体的な知識を検索した日。


いや。


日付だけでは。


断定できない。


他にも検索している。


「三件目が昨夜」


つまり。


不規則。


「内容は?」


ミレア。


透は。


各記録を選ぼうとする。


《照会内容》


《権限不足》


「駄目」


「場所」


《照会元位置》


《権限不足》


「駄目」


「相手の名前」


フィノ。


「それは最初から無理だろ」


念のため。


《照会元識別情報》


《権限不足》


「やっぱり」


見えるのは。


日時。


そして。


一つだけ。


《照会結果》


一件目。


《拒否》


二件目。


《一部許可》


三件目。


《拒否》


「…………」


透の目が。


止まる。


「一部許可?」


全員が見る。


「六日前だけ」


透が言う。


「何か」


喉が。


少し乾く。


「俺について、向こうに渡ってる」



何が渡った。


知りたい。


しかし。


そこも。


《権限不足》


だった。


セフィナは。


ものすごく楽しそうだった。


「最高」


「こっちは全然最高じゃない」


「分からないことが増えた」


「だから嫌なんだよ」


「だから最高なのに」


研究者。


本当に。


人種が違う。


「でも」


ミレアが言う。


「重要なことが一つあります」


「何?」


「あなたが《検索》を使い始めたから、相手があなたを知った」


「可能性?」


「高いと思います」


透も。


そう感じていた。


異世界へ来た当日。


外部照会。


なら。


偶然。


自分を見つけた?


それとも。


新しい《検索》利用者が現れると。


どこかへ通知される?


もし。


二百年前の問答屋も。


同じ仕組みを使っていたなら。


《検索》を使った瞬間。


誰かに。


見つかる。


「……嫌な防犯カメラだな」


「ボウハン?」


ミレアが聞く。


「こっちの話」


透は。


《外部照会履歴》を閉じた。


これ以上。


今は。


進めない。


だったら。


仕事。


ちょうど。


扉が開いた。



「契約書を見てほしい」


入ってきたのは。


五十代ほどの男だった。


肩幅が広い。


日に焼けた顔。


服装を見る限り。


それなりに裕福。


名前は。


デルン。


乾燥果実を扱う商人。


机へ。


二枚の契約書を置いた。


「どっちが本物か調べてくれ」


透は。


紙を見る。


ほぼ同じ。


商品。


干した果実。


五十箱。


取引日。


支払額。


署名。


印章。


「同じ契約?」


「ああ」


「二枚ある理由は?」


デルンの顔が。


険しくなる。


「それが分からん」


一枚目。


デルンが持っていた控え。


二枚目。


取引相手が。


昨日。


商業院へ提出したもの。


違い。


一か所。


金額。


一枚目。


金貨四枚。


二枚目。


金貨七枚。


「三枚も違う」


「だから困ってる!」


契約の相手は。


デルンが七枚払う約束をしたと言っている。


デルンは。


四枚だったと主張。


どちらにも。


デルンの署名。


取引相手の署名。


双方の印。


「これ」


透が言う。


「商業院で調べる案件じゃ?」


後ろにいたミレアが。


答える。


「調査中です」


「知ってるの?」


「だから今日は来たんです」


仕事だったのか。


普通に店へ来て。


当然のように座っていたから。


忘れていた。


「双方とも、自分の契約書が本物だと主張しています」


ミレアが言う。


「筆跡は?」


「本人のものに見える」


「印章」


「双方、本物」


「紙」


「同じ商会の定型契約紙」


面倒。


「検索できるか?」


デルンが。


身を乗り出す。


「どちらが偽物か」


できる。


たぶん。


《検索:二枚の契約書のうち――》


問い。


簡単。


でも。


透は。


実行しなかった。


「先に」


紙を手に取る。


「普通に見ます」


デルンが。


怪訝な顔。


「何のための知識屋だ」


「検索する前に分かれば、そっちの方がいい」


それに。


今日。


既に一回。


外部照会について使った。


必要な時は使う。


でも。


最初から全部頼らない。


最近。


それが。


透の中で。


少しずつ。


普通になってきていた。


二枚。


並べる。


文章。


同じ。


書体。


同じ。


数字。


違う。


署名。


透には。


同じに見える。


「フィノ」


「何?」


「見て」


十七歳。


元帳場。


契約書を。


透よりずっと多く見ている。


フィノが。


紙を持つ。


一分。


二分。


「署名じゃないと思う」


「何?」


「ここ」


指。


金額欄。


「七」


「数字?」


「書き直した?」


デルンが。


首を振る。


「俺はしてない」


フィノが。


紙を光へかざす。


「インク」


透には。


違いが分からない。


そこへ。


ミレア。


「確かに」


「分かる?」


「金額部分だけ」


紙を角度を変えて見る。


「光沢が少し違います」


つまり。


数字だけ。


後から?


でも。


単純な改ざんなら。


なぜ。


署名も印章も本物?


「契約の順番」


透が聞く。


「どうやって書いた?」


デルンが答える。


まず。


商品。


数量。


金額。


条件。


それから。


双方署名。


最後。


印章。


普通。


「契約書は二部同時?」


「写し書きだ」


この世界に。


コピー機はない。


一枚を書く。


もう一枚を書く。


そして。


二枚を確認して。


署名。


「金額書いたの誰?」


「向こうの帳場の男」


「二枚とも?」


「ああ」


「その時、ちゃんと四枚って確認した?」


「した」


「署名する時?」


「当然だ」


なら。


七枚へ変えたのは。


署名後。


ただ。


四から七へ。


文字を書き換えるのは。


簡単ではない。


数字の形が違う。


消した跡も。


見当たらない。


透は。


二枚の紙を重ねた。


何となく。


光。


透ける。


「……ん?」


四枚の契約書。


数字の周囲。


ほんの少しだけ。


色が薄い。


「これ」


「何です?」


ミレア。


「紙ごと削ってない?」


フィノが。


触る。


「削ってる」


「そんなことできる?」


ミレアが言う。


「できます」


薄く。


表面を。


削る。


その上から。


新しく書く。


ただし。


紙が。


弱くなる。


「でも」


フィノが言う。


「それだけじゃ証拠にならない」


そう。


ここで。


検索すれば。


たぶん。


誰が。


いつ。


どうやって。


全部出せる。


でも。


透は。


昨日までより。


少し慎重になっていた。


《検索》で出た名前を。


証拠なしに。


犯人にする。


それはしない。


「商業院に」


透が言う。


「同じ契約紙の未使用品ある?」


ミレアが頷く。


「あります」


「厚さ測れる?」


「簡易測定器なら」


「二枚」


透は言った。


「比べて」



結果。


七枚と書かれた契約書だけ。


金額欄周辺が。


わずかに薄かった。


紙全体ではない。


金額の周囲だけ。


さらに。


インク。


新しい。


「改ざん」


デルンが。


拳を握る。


「やっぱりあいつが――」


「まだ」


透が止めた。


「え?」


「契約書が改ざんされた可能性は高い」


でも。


「誰がやったかは別」


デルンが。


黙る。


ミレアも。


少しだけ。


透を見る。


「相手本人か」


「その帳場の人か」


「第三者か」


「分からない」


透は言う。


「だから今分かるのは」


七枚の契約書。


指す。


「これが、本来の状態じゃない可能性が高い。それだけ」


デルンは。


しばらく。


紙を見ていた。


やがて。


銀貨を三枚置いた。


「もっと調べられるんだろ?」


透は。


意味が分かった。


「犯人?」


「ああ」


「今日はやらない」


「金なら払う」


「金の問題じゃない」


「なぜ」


透は。


少し考えた。


上手い言い方。


浮かばない。


だから。


そのまま。


「知ってることと」


透が言った。


「証明できることは、違うから」


ミレアの目が。


わずかに動いた。


「俺が名前を言ったら」


透は続ける。


「あなたは、そいつが犯人だと思うでしょう」


「当然だ」


「でも」


検索結果が。


正しいとして。


自分が。


それを。


全部理解しているとは限らない。


「俺の答えだけで」


透は言った。


「人を裁くのは、違う」


しばらく。


沈黙。


デルンは。


納得していない顔だった。


でも。


最後は。


契約書を持って。


商業院へ戻った。



客が帰ったあと。


ミレアが。


言った。


「以前より」


「何?」


「面倒な人になりましたね」


「褒めてる?」


「半分」


また。


半分。


「でも」


ミレアは続けた。


「その方がいいと思います」


透が。


見る。


「商業院として?」


少し。


意地悪く聞いてみる。


ミレアは。


一瞬だけ。


言葉に詰まった。


「……個人的にも」


小さい声。


聞こえた。


透が。


「え?」


「何でもありません」


「今」


「何でもありません」


「個人的って」


「フィノ!」


ミレアが。


急に。


少年を呼んだ。


「何?」


「帳簿を見せてください」


「何で?」


「いいから」


逃げた。


透は。


少し笑った。


フィノが。


呆れたように。


こっちを見る。


その顔。


何?



夜。


閉店。


今日は。


もう終わり。


そう思っていた。


透は。


一人。


外部照会履歴を。


もう一度だけ開いた。


三件。


九日前。


六日前。


昨夜。


相手は。


人なのか。


装置なのか。


何なのか。


分からない。


ただ。


自分を。


見ている何かがある。


そこで。


透は。


一つ気づいた。


六日前。


《一部許可》


何を。


見られた?


知りたい。


でも。


権限不足。


それなら。


逆に。


「俺が」


透は呟く。


「見せていいものを決められる?」


問いを作る。


《検索:外部照会に対して、利用者が開示可能な情報を設定できるか》


結果。


すぐ。


《可能》


透が。


固まる。


「できるのかよ」


《現在の公開設定》


《識別名:非公開》


《位置:非公開》


《取得済知識:非公開》


《権限階梯:公開》


「だから」


相手には。


自分が。


同じ権限保持者だと。


分かった?


さらに。


項目。


《任意メッセージ:未設定》


透の目が。


止まる。


「……メッセージ?」


相手へ。


文章を。


見せられる?


これ。


通信。


できる?


一瞬。


心臓が。


速くなる。


ただ。


誰か分からない。


危険かもしれない。


二百年前の警告。


手紙。


全て。


繋がっている可能性。


それでも。


一方的に。


見られているだけ。


それも。


気に入らない。


透は。


考えた。


長い文章は。


やめる。


名前も。


場所も。


出さない。


たった。


一つ。


《任意メッセージを設定》


文字。


透は。


入力する。


――あなたは誰だ。


止まる。


いや。


それだと。


普通すぎる。


消す。


考える。


相手が。


自分と同じ《検索》利用者なら。


最も。


確認したいもの。


そして。


古い手紙の差出人なら。


分かるもの。


透は。


一行。


設定した。


――《同じ問いを二度尋ねてはならない》。理由を知っているか。


設定。


完了。


「……」


何も。


起きない。


当然。


相手が。


次に。


照会してくる保証もない。


透は。


《検索》を閉じた。


店の灯りを消す。


扉へ。


向かう。


その瞬間。


文字。


《外部照会を検知しました》


透が。


止まる。


早い。


早すぎる。


《照会対象:久世透》


《任意メッセージが閲覧されました》


心臓。


一回。


大きく鳴る。


そして。


今までなかった表示。


《外部から任意メッセージを受信しました》


「…………」


読む。


たった。


二行。


――知っている。


そして。


――お前はもう、一度やっている。


透は。


動けなかった。


同じ問いを。


二度。


自分は。


既に。


検索した?


いつ。


何を。


頭の中。


これまでの検索が。


一気に浮かぶ。


場所。


果物。


ルシェン鉱。


少女の病気。


シルマ草。


相場。


鍛冶。


黒梢実。


セラ粉。


ラウド。


どれだ。


どれを。


二回。


聞いた。


そして。


なぜ。


自分では。


気づいていない?


さらに。


最後の一行。


表示された。


――思い出せないのか?


透の背中を。


冷たいものが。


ゆっくり。


落ちていった。


忘れたのは。


世界の誰かだけではない。


そんな可能性を。


この時。


久世透は。


初めて。


考えた。

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