第9話 同じ権限を持つ者
《同一権限保持者からの照会》
久世透は、
その一文を何度読んでも、
意味が変わらないことに腹が立っていた。
夜。
閉店後の知識屋。
机の上には、
《知識帳》。
二百年前の問答屋について書かれた古い記録。
そして。
差出人不明の手紙。
――お前は、最初の《検索持ち》ではない。
数時間前まで。
それは。
脅しなのか。
忠告なのか。
いたずらなのか。
何一つ分からなかった。
だが今。
《検索》そのものが、
透へ新しい情報を出した。
《外部照会を検知しました》
《照会対象:久世透》
《照会要求を拒否しました》
《理由:同一権限保持者からの照会》
「……いるのか」
透は呟いた。
自分以外の。
《検索》を使う人間。
この世界のどこかに。
今。
生きて。
存在している。
そう考えるのが。
一番自然だった。
だったのだが。
「――それ、まだ決まってませんよ」
翌朝。
ミレアに話した途端。
あっさり否定された。
◇
「何で?」
「逆になぜ確定したと思ったんです?」
朝の知識屋。
ミレア。
フィノ。
透。
そして。
呼んでもいないのに来たセフィナ。
四人が机を囲んでいた。
「同一権限保持者って出たんだぞ」
透が言う。
「俺と同じ権限を持ってる奴がいるってことだろ」
「“奴”とは表示されていません」
ミレア。
「じゃあ何?」
「知りません」
「おい」
セフィナが。
手紙を裏返しながら言った。
「ミレアの言ってること、正しいよ」
「セフィナまで?」
「例えば」
指を一本立てる。
「あなたの《検索》が何らかの仕組みで動いているとする」
「うん」
「その仕組みと同じ権限を持つものが」
二本目。
「人間だという保証は?」
透は。
黙った。
フィノが言う。
「道具とか?」
「そう」
セフィナが頷く。
「昔の施設。装置。記録庫。何かの端末。あるいは」
少し楽しそうに。
「人ではない何か」
「最後怖くする必要あった?」
「面白いから」
「この人やっぱ苦手です」
ミレアが言った。
「知ってる」
セフィナは平気だった。
透は。
もう一度。
昨夜の表示を思い出す。
確かに。
《同一権限保持者》
としか書いていない。
自分と同じ能力を持つ、
別の人間。
そう決めつけたのは。
自分だ。
「……危な」
「何が?」
フィノ。
「検索結果だけで決めつけるなって、自分で規則作ったのに」
三人が。
透を見る。
「言わないで」
遅い。
完全に。
自分で作った規則に刺された。
四。
《検索結果だけで他人を犯罪者と決めつけない》
今回。
犯罪者ではないけれど。
同じことだ。
答えが表示された。
自分なりに意味を付けた。
そして。
それを真実だと思いかけた。
「店主」
フィノが言う。
「最近ちょっと賢くなったと思ってた」
「まだ成長途中なんだよ」
「二十八歳なのに?」
「歳関係ある?」
「あると思う」
「お前十七だろ」
「だから?」
強い。
◇
問題は。
確かめる方法だった。
昨夜。
《照会元情報》
という表示までは出た。
その直後。
《権限不足》
で消えた。
なら。
第二階梯では。
相手の正体までは見られない。
「また向こうから検索されたら?」
フィノが聞く。
「分からない」
「何回も来るかも?」
「それも分からない」
「じゃあ」
フィノが首を傾げる。
「こっちから検索すれば?」
透は。
反射的に。
問いを作りかけた。
《検索:昨夜、久世透を照会した――》
止める。
フィノが。
その表情を見る。
「あ」
「何」
「今やろうとした?」
「してない」
「顔に出てた」
「うるさい」
ただ。
検索しない。
それだけでは。
何も進まない。
知りたい。
ものすごく。
誰が。
何を。
何のために。
自分を調べたのか。
でも。
二百年前の警告。
取得元。
記憶の欠落。
まだ、
分からないことが多すぎる。
透は考えた。
「照会されたこと自体についてなら」
「何です?」
ミレア。
「調べてもいいかな」
「どういう意味です?」
「相手を検索するんじゃない」
質問を作る。
慎重に。
《検索:利用者・久世透に対して発生した外部照会について、現在の利用者権限で閲覧可能な記録》
実行。
一秒。
《検索結果》
《外部照会履歴:3件》
透が。
止まった。
「……三件?」
「昨日以外にも?」
ミレアが聞く。
透は。
表示を追う。
一件目。
《九日前》
二件目。
《六日前》
三件目。
《昨夜》
「待って」
九日前。
異世界へ来た。
ほぼ。
その直後。
「最初の照会」
透が言う。
「俺がこの世界に来た日だ」
空気が。
少し変わる。
「その時点で?」
フィノ。
「俺」
透は続ける。
「知識屋すら始めてない」
《検索》を。
初めて使った日。
それどころか。
能力の名前を。
神官から聞いたばかり。
「二件目は?」
セフィナ。
六日前。
透は記憶を辿る。
「……シルマ草」
第一話。
少女。
レムナ熱症。
初めて。
人間の命を救うために。
かなり具体的な知識を検索した日。
いや。
日付だけでは。
断定できない。
他にも検索している。
「三件目が昨夜」
つまり。
不規則。
「内容は?」
ミレア。
透は。
各記録を選ぼうとする。
《照会内容》
《権限不足》
「駄目」
「場所」
《照会元位置》
《権限不足》
「駄目」
「相手の名前」
フィノ。
「それは最初から無理だろ」
念のため。
《照会元識別情報》
《権限不足》
「やっぱり」
見えるのは。
日時。
そして。
一つだけ。
《照会結果》
一件目。
《拒否》
二件目。
《一部許可》
三件目。
《拒否》
「…………」
透の目が。
止まる。
「一部許可?」
全員が見る。
「六日前だけ」
透が言う。
「何か」
喉が。
少し乾く。
「俺について、向こうに渡ってる」
◇
何が渡った。
知りたい。
しかし。
そこも。
《権限不足》
だった。
セフィナは。
ものすごく楽しそうだった。
「最高」
「こっちは全然最高じゃない」
「分からないことが増えた」
「だから嫌なんだよ」
「だから最高なのに」
研究者。
本当に。
人種が違う。
「でも」
ミレアが言う。
「重要なことが一つあります」
「何?」
「あなたが《検索》を使い始めたから、相手があなたを知った」
「可能性?」
「高いと思います」
透も。
そう感じていた。
異世界へ来た当日。
外部照会。
なら。
偶然。
自分を見つけた?
それとも。
新しい《検索》利用者が現れると。
どこかへ通知される?
もし。
二百年前の問答屋も。
同じ仕組みを使っていたなら。
《検索》を使った瞬間。
誰かに。
見つかる。
「……嫌な防犯カメラだな」
「ボウハン?」
ミレアが聞く。
「こっちの話」
透は。
《外部照会履歴》を閉じた。
これ以上。
今は。
進めない。
だったら。
仕事。
ちょうど。
扉が開いた。
◇
「契約書を見てほしい」
入ってきたのは。
五十代ほどの男だった。
肩幅が広い。
日に焼けた顔。
服装を見る限り。
それなりに裕福。
名前は。
デルン。
乾燥果実を扱う商人。
机へ。
二枚の契約書を置いた。
「どっちが本物か調べてくれ」
透は。
紙を見る。
ほぼ同じ。
商品。
干した果実。
五十箱。
取引日。
支払額。
署名。
印章。
「同じ契約?」
「ああ」
「二枚ある理由は?」
デルンの顔が。
険しくなる。
「それが分からん」
一枚目。
デルンが持っていた控え。
二枚目。
取引相手が。
昨日。
商業院へ提出したもの。
違い。
一か所。
金額。
一枚目。
金貨四枚。
二枚目。
金貨七枚。
「三枚も違う」
「だから困ってる!」
契約の相手は。
デルンが七枚払う約束をしたと言っている。
デルンは。
四枚だったと主張。
どちらにも。
デルンの署名。
取引相手の署名。
双方の印。
「これ」
透が言う。
「商業院で調べる案件じゃ?」
後ろにいたミレアが。
答える。
「調査中です」
「知ってるの?」
「だから今日は来たんです」
仕事だったのか。
普通に店へ来て。
当然のように座っていたから。
忘れていた。
「双方とも、自分の契約書が本物だと主張しています」
ミレアが言う。
「筆跡は?」
「本人のものに見える」
「印章」
「双方、本物」
「紙」
「同じ商会の定型契約紙」
面倒。
「検索できるか?」
デルンが。
身を乗り出す。
「どちらが偽物か」
できる。
たぶん。
《検索:二枚の契約書のうち――》
問い。
簡単。
でも。
透は。
実行しなかった。
「先に」
紙を手に取る。
「普通に見ます」
デルンが。
怪訝な顔。
「何のための知識屋だ」
「検索する前に分かれば、そっちの方がいい」
それに。
今日。
既に一回。
外部照会について使った。
必要な時は使う。
でも。
最初から全部頼らない。
最近。
それが。
透の中で。
少しずつ。
普通になってきていた。
二枚。
並べる。
文章。
同じ。
書体。
同じ。
数字。
違う。
署名。
透には。
同じに見える。
「フィノ」
「何?」
「見て」
十七歳。
元帳場。
契約書を。
透よりずっと多く見ている。
フィノが。
紙を持つ。
一分。
二分。
「署名じゃないと思う」
「何?」
「ここ」
指。
金額欄。
「七」
「数字?」
「書き直した?」
デルンが。
首を振る。
「俺はしてない」
フィノが。
紙を光へかざす。
「インク」
透には。
違いが分からない。
そこへ。
ミレア。
「確かに」
「分かる?」
「金額部分だけ」
紙を角度を変えて見る。
「光沢が少し違います」
つまり。
数字だけ。
後から?
でも。
単純な改ざんなら。
なぜ。
署名も印章も本物?
「契約の順番」
透が聞く。
「どうやって書いた?」
デルンが答える。
まず。
商品。
数量。
金額。
条件。
それから。
双方署名。
最後。
印章。
普通。
「契約書は二部同時?」
「写し書きだ」
この世界に。
コピー機はない。
一枚を書く。
もう一枚を書く。
そして。
二枚を確認して。
署名。
「金額書いたの誰?」
「向こうの帳場の男」
「二枚とも?」
「ああ」
「その時、ちゃんと四枚って確認した?」
「した」
「署名する時?」
「当然だ」
なら。
七枚へ変えたのは。
署名後。
ただ。
四から七へ。
文字を書き換えるのは。
簡単ではない。
数字の形が違う。
消した跡も。
見当たらない。
透は。
二枚の紙を重ねた。
何となく。
光。
透ける。
「……ん?」
四枚の契約書。
数字の周囲。
ほんの少しだけ。
色が薄い。
「これ」
「何です?」
ミレア。
「紙ごと削ってない?」
フィノが。
触る。
「削ってる」
「そんなことできる?」
ミレアが言う。
「できます」
薄く。
表面を。
削る。
その上から。
新しく書く。
ただし。
紙が。
弱くなる。
「でも」
フィノが言う。
「それだけじゃ証拠にならない」
そう。
ここで。
検索すれば。
たぶん。
誰が。
いつ。
どうやって。
全部出せる。
でも。
透は。
昨日までより。
少し慎重になっていた。
《検索》で出た名前を。
証拠なしに。
犯人にする。
それはしない。
「商業院に」
透が言う。
「同じ契約紙の未使用品ある?」
ミレアが頷く。
「あります」
「厚さ測れる?」
「簡易測定器なら」
「二枚」
透は言った。
「比べて」
◇
結果。
七枚と書かれた契約書だけ。
金額欄周辺が。
わずかに薄かった。
紙全体ではない。
金額の周囲だけ。
さらに。
インク。
新しい。
「改ざん」
デルンが。
拳を握る。
「やっぱりあいつが――」
「まだ」
透が止めた。
「え?」
「契約書が改ざんされた可能性は高い」
でも。
「誰がやったかは別」
デルンが。
黙る。
ミレアも。
少しだけ。
透を見る。
「相手本人か」
「その帳場の人か」
「第三者か」
「分からない」
透は言う。
「だから今分かるのは」
七枚の契約書。
指す。
「これが、本来の状態じゃない可能性が高い。それだけ」
デルンは。
しばらく。
紙を見ていた。
やがて。
銀貨を三枚置いた。
「もっと調べられるんだろ?」
透は。
意味が分かった。
「犯人?」
「ああ」
「今日はやらない」
「金なら払う」
「金の問題じゃない」
「なぜ」
透は。
少し考えた。
上手い言い方。
浮かばない。
だから。
そのまま。
「知ってることと」
透が言った。
「証明できることは、違うから」
ミレアの目が。
わずかに動いた。
「俺が名前を言ったら」
透は続ける。
「あなたは、そいつが犯人だと思うでしょう」
「当然だ」
「でも」
検索結果が。
正しいとして。
自分が。
それを。
全部理解しているとは限らない。
「俺の答えだけで」
透は言った。
「人を裁くのは、違う」
しばらく。
沈黙。
デルンは。
納得していない顔だった。
でも。
最後は。
契約書を持って。
商業院へ戻った。
◇
客が帰ったあと。
ミレアが。
言った。
「以前より」
「何?」
「面倒な人になりましたね」
「褒めてる?」
「半分」
また。
半分。
「でも」
ミレアは続けた。
「その方がいいと思います」
透が。
見る。
「商業院として?」
少し。
意地悪く聞いてみる。
ミレアは。
一瞬だけ。
言葉に詰まった。
「……個人的にも」
小さい声。
聞こえた。
透が。
「え?」
「何でもありません」
「今」
「何でもありません」
「個人的って」
「フィノ!」
ミレアが。
急に。
少年を呼んだ。
「何?」
「帳簿を見せてください」
「何で?」
「いいから」
逃げた。
透は。
少し笑った。
フィノが。
呆れたように。
こっちを見る。
その顔。
何?
◇
夜。
閉店。
今日は。
もう終わり。
そう思っていた。
透は。
一人。
外部照会履歴を。
もう一度だけ開いた。
三件。
九日前。
六日前。
昨夜。
相手は。
人なのか。
装置なのか。
何なのか。
分からない。
ただ。
自分を。
見ている何かがある。
そこで。
透は。
一つ気づいた。
六日前。
《一部許可》
何を。
見られた?
知りたい。
でも。
権限不足。
それなら。
逆に。
「俺が」
透は呟く。
「見せていいものを決められる?」
問いを作る。
《検索:外部照会に対して、利用者が開示可能な情報を設定できるか》
結果。
すぐ。
《可能》
透が。
固まる。
「できるのかよ」
《現在の公開設定》
《識別名:非公開》
《位置:非公開》
《取得済知識:非公開》
《権限階梯:公開》
「だから」
相手には。
自分が。
同じ権限保持者だと。
分かった?
さらに。
項目。
《任意メッセージ:未設定》
透の目が。
止まる。
「……メッセージ?」
相手へ。
文章を。
見せられる?
これ。
通信。
できる?
一瞬。
心臓が。
速くなる。
ただ。
誰か分からない。
危険かもしれない。
二百年前の警告。
手紙。
全て。
繋がっている可能性。
それでも。
一方的に。
見られているだけ。
それも。
気に入らない。
透は。
考えた。
長い文章は。
やめる。
名前も。
場所も。
出さない。
たった。
一つ。
《任意メッセージを設定》
文字。
透は。
入力する。
――あなたは誰だ。
止まる。
いや。
それだと。
普通すぎる。
消す。
考える。
相手が。
自分と同じ《検索》利用者なら。
最も。
確認したいもの。
そして。
古い手紙の差出人なら。
分かるもの。
透は。
一行。
設定した。
――《同じ問いを二度尋ねてはならない》。理由を知っているか。
設定。
完了。
「……」
何も。
起きない。
当然。
相手が。
次に。
照会してくる保証もない。
透は。
《検索》を閉じた。
店の灯りを消す。
扉へ。
向かう。
その瞬間。
文字。
《外部照会を検知しました》
透が。
止まる。
早い。
早すぎる。
《照会対象:久世透》
《任意メッセージが閲覧されました》
心臓。
一回。
大きく鳴る。
そして。
今までなかった表示。
《外部から任意メッセージを受信しました》
「…………」
読む。
たった。
二行。
――知っている。
そして。
――お前はもう、一度やっている。
透は。
動けなかった。
同じ問いを。
二度。
自分は。
既に。
検索した?
いつ。
何を。
頭の中。
これまでの検索が。
一気に浮かぶ。
場所。
果物。
ルシェン鉱。
少女の病気。
シルマ草。
相場。
鍛冶。
黒梢実。
セラ粉。
ラウド。
どれだ。
どれを。
二回。
聞いた。
そして。
なぜ。
自分では。
気づいていない?
さらに。
最後の一行。
表示された。
――思い出せないのか?
透の背中を。
冷たいものが。
ゆっくり。
落ちていった。
忘れたのは。
世界の誰かだけではない。
そんな可能性を。
この時。
久世透は。
初めて。
考えた。




