第5話 検索結果――生存
《利用者権限の再評価が完了しました》
朝。
目を覚ました久世透の視界に、
昨夜から待ち続けていた文字が浮かんだ。
透は毛布の中で瞬きをした。
「……寝起きにやることかよ」
《現在の利用者権限:第二階梯》
第一階梯だったという説明を受けた覚えはない。
しかし、
思い返してみれば。
《検索》は最初から説明書のない道具だった。
使えるから使った。
答えが返るから信じた。
それだけ。
《第二階梯への移行に伴い、補助機能を解放します》
透は身体を起こした。
少しだけ期待する。
新しい能力。
もしかすると。
触れただけで相手の能力が分かるとか。
未来が見えるとか。
異世界らしいものが、
ようやく来るのではないか。
《補助機能:《照合》》
「……地味」
思わず口に出た。
説明を検索する。
《検索:《照合》とは》
すぐに答えが返った。
《取得済み情報と、新たに指定された複数の情報を比較し、一致・矛盾・不足を抽出する補助機能です》
透は三秒考えた。
「やっぱ地味だな」
炎は出ない。
雷も落ちない。
敵も倒せない。
昨日までと、
何も変わらないように見える。
だが。
もう少し考える。
セラ粉の調査。
黒梢実の価格高騰。
鍛冶師の刃こぼれ。
どれも。
最後は一つの答えに辿り着いたが、
そこまでには複数の情報があった。
何が繋がっているのか。
どこがおかしいのか。
それを見つける作業。
「……いや」
仕事で考えれば。
結構、
使えるかもしれない。
試しに。
昨日調べたセラ粉の情報を思い出す。
《照合:セラ粉の重量減少について取得した情報と、商業院の輸送記録》
文字が浮かぶ。
《照合中……》
《重大な矛盾:なし》
《情報不足:2項目》
不足している項目まで出る。
透は口元を緩めた。
「地味だけど、こういうのでいいんだよな」
使い方を考えるのは、
自分だ。
その方が。
何となく気に入った。
問題は、
もう一つ。
昨夜。
初めて見た言葉。
《取得元》
透はベッドの上で試す。
《検索:取得元とは》
《アクセス権限がありません》
「第二階梯でも駄目か」
《検索:何階梯になれば閲覧できる》
《アクセス権限がありません》
「そういうのも駄目?」
返事はない。
検索結果を拒否される。
そんな経験は、
異世界に来た当初にはなかった。
知れば知るほど。
分からないものが増えている。
妙な話だ。
透は一度だけ、
昨夜表示された《取得済知識》を思い出した。
シルマ草。
焼き入れ。
黒梢実。
そして。
それぞれに表示されていた、
《取得元:1》
《取得元:3》
あの数字が、
何を意味するのか。
まだ。
分からない。
◇
その日の朝。
知識屋の扉を開けてすぐ、
ミレアが来た。
「おはようございます」
「おはよう」
「顔色が悪いですね」
「寝不足」
「夜更かしですか?」
「能力に質問してた」
ミレアが止まる。
「あなたの調べ方のことですか?」
「まあ」
四話目の一件以来。
透はミレアに、
自分が何らかの特殊な《天恵》を持っていることだけは隠さなくなっていた。
ただし。
《検索》の細かい仕様。
何をどこまで知れるのか。
それだけは、
まだ教えていない。
ミレアも無理に聞こうとはしなかった。
そこは。
意外と信用できる。
「何か分かりましたか?」
「分からないことが増えた」
「哲学者みたいなことを言いますね」
「寝不足の会社員だよ」
「カイシャイン?」
「前いた世界の労働者」
「奴隷ですか?」
「近い時もあった」
「大変だったのですね」
否定しづらい。
透は店先の札を裏返した。
『営業中』
この世界へ来た時から、
不思議なことに。
人々の話す言葉も、
町の看板も、
契約書の文字も、
透には意味として理解できた。
神殿では、
異界から来た者に時折起こる《渡りの恩恵》だと説明された。
だから。
少なくとも、
生活するだけなら言葉には困らない。
むしろ困っているのは。
「文章は読めても、商売の常識が一切分からん」
「それは勉強してください」
「そこも恩恵で何とかならなかったのかな」
「神様にも限界があるのでしょう」
「さらっと酷いな」
ミレアが笑う。
ちょうど。
その時だった。
扉が。
勢いよく開いた。
「お願いします!」
小さな男の子が、
飛び込んできた。
息を切らしている。
靴も。
膝も。
泥だらけ。
十歳くらいだろうか。
右手には、
銅貨が握られていた。
「ここ……」
息を吸う。
「何でも分かる店ですか?」
透は一瞬、
ミレアを見る。
そして。
少年へ椅子を差し出した。
「何でもじゃないけど。座れる?」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃない顔してる」
水を渡す。
少年は迷った後、
一気に飲んだ。
「名前は?」
「ニル」
「ニル。何を知りたい?」
少年は、
握っていた銅貨を机へ置いた。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
「父さんが」
震える声。
「父さんが、どこにいるか調べてください」
店の空気が変わった。
◇
ニルの父親は、
荷運びを仕事にしていた。
名はラウド。
三十八歳。
オルネッサを拠点に、
近隣の村と町の間を荷車で往復している。
三日前。
北の村から戻ってくる予定だった。
普通なら。
昨日の昼には、
オルネッサへ着いている。
「一日遅れ」
透が言う。
少年が頷く。
「でも、父さん一日でも遅れる時は、必ず人を寄越すんです」
「今回は?」
「何も」
「一人で?」
「今回は一人です」
ミレアが、
少し表情を曇らせた。
「商業院には?」
「母さんが行きました」
「何と?」
「街道で一日遅れるのは珍しくないから、今日いっぱい待ってほしいって」
間違った対応ではない。
この世界に、
電話はない。
街道を走る荷車が、
一日二日遅れることもある。
すべてを遭難として扱えば、
救難隊が足りなくなる。
でも。
家族にとって。
統計など関係ない。
戻ると言った父親が、
戻らない。
それだけだ。
透は机の上の銅貨を見る。
「これ」
少年へ返す。
ニルが慌てた。
「足りませんか?」
「違う」
「じゃあ」
「いらない」
少年の顔が曇った。
「調べてくれないんですか?」
「調べるよ」
透は銅貨を、
少年の小さな手へ戻した。
「今回は商売じゃない」
「でも」
「その五枚、何に使う予定だった?」
少年は答えない。
その沈黙だけで、
十分だった。
何日。
何週間。
貯めたのだろう。
「持っとけ」
透は言う。
「父さんが帰ってきたら、一緒に何か食え」
ニルが、
ぎゅっと銅貨を握った。
ミレアは何も言わなかった。
ただ。
透を一度だけ見た。
◇
問題は。
ここからだった。
人間一人を探す。
今まで試したことはない。
透は、
いきなり検索しなかった。
名前だけでは足りない。
同姓同名。
似た人物。
誤認。
可能性を潰す。
「ニル」
「はい」
「父さんの特徴を教えて」
身長。
髪の色。
目の色。
仕事。
生まれた町。
左手の薬指に古い火傷。
右の眉の上に小さな傷。
荷車に積んでいたもの。
出発地点。
予定していた道。
一つずつ。
聞いていく。
そして。
《検索:以下の条件すべてに一致する人物》
条件を並べる。
数秒。
《該当候補:1名》
「見つけた」
ニルが息を止めた。
まだ。
喜ばせるな。
次。
《検索:対象人物は現在生存しているか》
検索。
一秒。
二秒。
三秒。
《検索結果》
《生存》
透は、
無意識に息を吐いた。
「生きてる」
ニルの目が、
大きく開いた。
「本当に?」
「うん」
「父さん……!」
少年が顔を伏せる。
泣かなかった。
たぶん。
泣かないように、
必死だった。
透は続ける。
《検索:対象人物の現在の状態》
《意識あり》
《右脚に重度の損傷》
《自力での長距離移動は困難》
《水分不足》
そして。
《現在地》
文字が浮かぶ。
《北旧街道・白壁岩南東側の崩落地付近》
「北旧街道?」
ミレアの声が変わった。
「知ってる?」
「知っています」
彼女は壁に掛けてあった地方地図へ歩いた。
文字は透にも普通に読める。
北旧街道。
確かにある。
ただし。
途中から。
細い線に変わっていた。
「今はほとんど使われていません」
「何で?」
「昨年の大雨で、二か所崩落しました」
「じゃあ何で父親はそこに?」
「分かりません」
ニルが言った。
「父さん、旧街道は使わないって言ってました」
透とミレアが、
同時に少年を見る。
「絶対?」
「はい」
おかしい。
普通に考えるなら。
道を間違えた。
事故で迂回した。
誰かに道を変えさせられた。
理由はいくつもある。
だが今は、
原因より救助が先だ。
「町からどれくらい?」
透が聞く。
「通常の馬車なら三時間ほど。ただし、旧街道にはそのまま入れません」
「最短は?」
「南のネロ小橋を通る道です。でも」
「でも?」
「昨日の商業院記録では、橋の一部が破損しています」
透は目を閉じる。
新しい能力。
使ってみる。
《検索:現在地から白壁岩南東側崩落地付近までの移動可能経路》
《検索結果:3件》
一。
最短。
ただし、
ネロ小橋の破損区間を含む。
二。
遠回り。
安全性が高い。
三。
旧炭焼き道。
現在の状態について情報不足。
そこで。
《照合》
透は、
商業院の道路情報。
地図。
検索結果。
三つを指定した。
《照合中……》
《第一経路:重大な矛盾あり》
《ネロ小橋の損傷状態により、救難馬車の通行不可》
《第二経路:重大な矛盾なし》
《第三経路:情報不足》
「……なるほど」
ミレアが聞く。
「何です?」
「一番短い道は駄目」
「ネロ小橋?」
「ああ。徒歩なら通れる。でも救助した人間を運ぶ馬車が通れない」
検索だけなら。
最短経路として、
一番目が表示されていた。
だが。
現実の目的は。
到着することではない。
怪我人を、
連れて帰ること。
答えを選ぶ条件が違えば、
正解も変わる。
「二番目で行こう」
「三時間以上かかります」
ニルの顔が、
また曇る。
透は考える。
父親は生きている。
だが。
水がない。
脚も動かない。
三時間。
到着。
応急処置。
帰路。
もっと早く。
そして。
怪我人を運べる方法。
《検索:白壁岩南東側崩落地へ二時間以内に到達し、歩行困難な成人男性一名を安全にオルネッサへ搬送する現実的手段》
《検索中……》
少し長い。
《検索結果:1件》
透は。
ミレアを見る。
「商業院に、二頭立ての救難用軽馬車がある?」
彼女の目が変わった。
「あります」
「車輪幅が普通より狭い」
「……はい」
「救急箱と、折り畳み式の担架を積んでる」
「なぜそこまで」
「あるんだな?」
ミレアは一秒考えた。
そして。
商業院の徽章を取り出す。
「借りることはできません」
「じゃあ」
「正式に救難要請を出します」
透は笑った。
「頼れるな」
「こういう時だけですか?」
「普段からまあまあ頼ってる」
ミレアが一瞬。
言葉を止めた。
「……そうですか」
「何?」
「何でもありません」
耳。
少し赤くないか。
いや。
今そんなことを考えている場合じゃない。
「何分?」
「十分で戻ります」
「頼む」
ミレアは走った。
◇
実際には。
十二分だった。
店の前へ、
小型の馬車が滑り込む。
二頭の馬。
御者兼救難員。
治療の心得がある救難員。
そして。
ミレア。
「乗ってください!」
「俺も?」
「場所を一番詳しく知っている人間を置いていけますか?」
確かに。
ニルも乗ろうとした。
だが、
ミレアが止める。
「あなたはここに残ってください」
「でも」
「お父さんを連れて帰ります」
「絶対?」
ミレアは。
軽々しく頷かなかった。
その代わり。
少年の目を見て言った。
「全力を尽くします」
透は、
それでいいと思った。
絶対。
そんなものを。
簡単に言うべきではない。
「ロアム!」
奥から顔が出る。
「なんだ!」
「ニル頼む!」
「勝手に人の店を託児所にするな!」
文句を言いながら。
ロアムは、
少年の肩へ手を置いた。
「行ってこい」
透は馬車へ飛び乗った。
◇
五分後。
「速っ……!」
透は自分の選択を後悔していた。
馬車とは。
もっと。
カタカタ。
のんびり。
そんなものだと思っていた。
違う。
救難用軽馬車は。
ほぼ暴力だった。
石畳を蹴る馬。
車輪。
風。
上下左右。
身体が揺れる。
「これ安全!?」
「安全です!」
向かいのミレアが言う。
「絶対嘘だろ!」
「普通の救難速度です!」
「基準がおかしい!」
車輪が石を踏んだ。
馬車が跳ねる。
「うわっ」
身体が横へ飛んだ。
咄嗟に。
何かを掴んだ。
柔らかい。
「…………」
「…………」
透は。
自分の右手を見る。
そして。
ミレアを見る。
腰。
「すみません」
「離してください」
「はい」
一秒で離した。
ミレアは。
窓の外を見る。
耳だけ。
少し。
赤かった。
透も。
何となく外を見る。
「……事故だから」
「分かっています」
「怒ってる?」
「怒っていません」
「じゃあ何でこっち見ないの」
「景色を見ています」
「ものすごい勢いで流れてるけど」
「綺麗です」
絶対見てない。
前の救難員が、
小さく笑った。
ミレアが睨む。
笑い声が止まった。
強い。
◇
一時間半後。
舗装された街道を外れた。
森。
岩。
古い轍。
馬車の速度が落ちる。
検索結果に従って。
二番目の経路を進む。
だが。
途中。
御者が馬を止めた。
「倒木です」
太い木が。
道を完全に塞いでいた。
「いつ倒れた?」
ミレアが聞く。
救難員が幹を見る。
「新しい。昨夜でしょう」
検索結果には。
なかった。
透は、
目の前の木を見る。
《検索》は。
未来を保証するものではない。
検索された時点で。
世界に存在する情報。
そこから得られる答え。
しかし。
その後。
世界は変わる。
当たり前のことだ。
「遠回りすると?」
「四十分以上」
御者が言う。
それは。
痛い。
透は検索する。
《検索:現在地から目的地まで、倒木を回避し救難馬車が通行できる最短経路》
《検索中……》
《候補:2件》
一方。
森を南へ迂回。
三十五分。
もう一方。
右手の浅い沢沿い。
十二分短縮。
ただし。
《通行可能性:条件付き》
「条件付き?」
検索を深める。
《沢底の一部に軟弱地盤》
馬車が嵌まる可能性。
透は。
御者を見る。
「この馬車、空荷なら沢を走れる?」
「場所によります」
「荷物込みで?」
「今の重量なら、浅ければ」
「帰りは大人一人増える」
「なら危険です」
それだ。
行きは通れる。
帰りは。
通れない可能性がある。
透は。
一瞬。
十二分を取るか迷った。
父親は。
脱水。
怪我。
一分でも早く。
でも。
救助とは。
見つけることではない。
連れて帰ること。
「南へ回ろう」
ミレアが透を見る。
「時間が」
「分かってる」
「検索では沢が早いのでは?」
「早い」
「ではなぜ」
透は答えた。
「帰りに通れない」
ミレアが黙る。
「今の俺たちの目的は」
透は言った。
「一番早く着くことじゃない」
その先。
森の向こう。
「全員で帰ることだ」
御者が頷いた。
馬車が向きを変える。
ミレアは。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
小さく。
「そうですね」
それだけ言った。
◇
白壁岩が見えたのは。
町を出てから、
二時間十一分後だった。
白い巨大な岩壁。
その下。
崩れた斜面。
荷車。
横倒しになっている。
「いた!」
救難員が叫ぶ。
男が。
岩陰に横たわっていた。
「ラウドさん!」
反応。
右手が。
わずかに動く。
生きている。
検索結果通り。
だが。
文字で見る《生存》と。
実際に。
呼吸している人間を見るのは。
全く違った。
透は。
胸の奥で。
何かがほどけるのを感じた。
救難員が駆け寄る。
水。
脈。
怪我。
応急処置。
ラウドは。
意識を取り戻した。
「……ここは」
「救難隊です」
男が。
ゆっくり周囲を見る。
「息子は」
第一声。
それだった。
透は笑った。
「町で待ってますよ」
ラウドの顔が。
少しだけ崩れた。
「そうか……」
「めちゃくちゃ心配してました」
「怒られるな」
「多分」
男は。
弱々しく笑った。
「どうして旧街道へ?」
ミレアが聞く。
ラウドの表情が。
変わる。
「旧街道?」
「ここです」
「……ああ」
目を閉じる。
「そうだった」
「何があったんです?」
「荷車の車軸が折れた」
そこまでは。
覚えている。
「街道を外れて……」
男が。
眉間へ皺を寄せた。
「それから」
沈黙。
「どうしたんだ?」
自分に聞くように言う。
「どの分岐から、こっちへ入った?」
ミレアが聞く。
ラウドは。
困った顔をした。
「……分からない」
「意識を失っていた?」
「いや」
首を振る。
「歩いた」
「では」
「歩いたのは覚えてる」
男の声に。
薄い恐怖が混じった。
「だけど」
白壁岩を見る。
「道が」
「道?」
「思い出せない」
透の背中に。
何か。
冷たいものが走った。
「旧街道は初めて?」
透が聞く。
ラウドが。
首を振った。
「馬鹿言うな」
乾いた笑い。
「十五年だぞ」
「何が?」
「この辺を走って十五年」
男は。
自分の頭を。
軽く叩いた。
「白壁岩への分岐なんて、何十回も通った」
それなのに。
「……どこだった?」
誰にともなく。
男は言った。
透は。
答えなかった。
救難員が言う。
「脱水のせいでしょう」
「そうかもしれないな」
ラウドも笑う。
話は。
それで終わった。
少なくとも。
彼らの中では。
◇
帰り。
ラウドを載せた馬車は。
行きよりずっとゆっくり走った。
透は。
ほとんど喋らなかった。
向かいのミレアが言う。
「疲れました?」
「ちょっと」
「人探しは初めてだったのでしょう」
「うん」
「でも」
ミレアは。
窓の外を見る。
「見つけましたね」
「検索しただけ」
「違います」
透が顔を上げる。
「検索がなければ見つからなかった」
「はい」
「でも」
ミレアは続ける。
「最短の沢を選ばなかったのは、あなたです」
「……」
「検索結果が出ても」
彼女は言った。
「決めるのは、人なんですね」
透は。
少し驚いた。
今日。
自分が考えていたことと。
同じだった。
「そうみたい」
「なら」
ミレアは少し笑う。
「あなたの仕事は、やっぱり《検索》だけではないのでしょう」
透は答えなかった。
何となく。
嬉しかった。
だから。
「さっき腰触った件、帳消しにしてくれる?」
「それとこれは別です」
即答。
「ですよね」
「追加で銀貨一枚です」
「商売人になってない?」
「誰の影響でしょう」
今度は。
二人とも笑った。
◇
町へ戻ると。
ニルが走ってきた。
父親を見る。
一瞬止まり。
次の瞬間。
泣きながら。
抱きついた。
ラウドも。
泣いた。
透は。
少し離れた場所から。
それを見ていた。
銅貨五枚。
返してよかった。
そう思った。
商売にならない仕事。
悪くない。
「透さん」
隣に。
ミレア。
「はい」
「あなた」
少し迷って。
「思っていたより、いい人ですね」
「評価低すぎない?」
「最初は、他人の秘密を売る怪しい男だと思っていたので」
「まだそれ言う?」
「今は」
そこで。
ミレアは言葉を止めた。
「今は?」
「……半分くらい」
「何が?」
「怪しいです」
「帰れ」
ミレアが笑う。
夕暮れ。
オルネッサの通り。
人の声。
荷車の音。
遠くで。
鐘が鳴る。
その中で。
ほんの一瞬。
透は。
この世界で。
自分にも居場所ができるかもしれない。
そう思った。
◇
その夜。
宿へ戻った透は。
昼間から。
ずっと考えていたことを試した。
《取得済知識》
一覧。
その中に。
新しい項目が増えている。
《北旧街道・白壁岩周辺》
透の指が止まる。
開く。
《取得日時:本日》
《取得元:1》
「…………」
一人。
ラウドの言葉を思い出す。
十五年。
何十回も通った。
それなのに。
今日。
急に。
道順だけを。
思い出せなくなった。
いや。
偶然だ。
脱水。
疲労。
事故。
原因なら、
いくらでもある。
透は。
自分にそう言い聞かせる。
そして。
今日追加された機能を。
思い出した。
《照合》
一瞬。
迷った。
それから。
入力する。
《照合》
《取得済知識:北旧街道・白壁岩周辺》
《ラウドが失った記憶》
検索中。
いつもより。
長かった。
一秒。
二秒。
三秒。
やめろ。
そんな気持ちが。
なぜか湧いた。
五秒。
結果。
《一致率:98.7%》
透は。
動かなかった。
文字だけが。
淡く。
視界に浮かんでいる。
《一致率:98.7%》
今日。
自分が手に入れた知識。
今日。
ラウドが失った知識。
ほとんど。
同じ。
「……そんなわけ」
声が。
妙に小さかった。
透は。
もう一つ。
検索しようとした。
《検索:俺が知識を取得したことと――》
そこで。
表示が割り込んだ。
《警告》
初めて見る。
赤い文字。
《当該照会は現在の利用者権限を超過します》
そして。
もう一行。
《継続的な照会を推奨しません》
透は。
しばらく。
その文章を見ていた。
便利な道具は。
質問を嫌がらない。
検索窓は。
調べるな、
とは言わない。
だったら。
これは。
本当に。
ただの《検索》なのか。
透は。
初めて。
その疑問に。
答えを求めなかった。




