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第3話 その情報、どこで仕入れた?

「久世透だな?」


朝。


知識屋を開けて十分もしないうちに、


三人の男が店へ入ってきた。


先頭の男は四十歳くらい。


濃紺の上着。


胸元には、天秤と羽根を組み合わせた銀色の徽章。


後ろの二人も同じものを付けている。


客。


ではない。


少なくとも、


「失くした猫を探してほしい」


みたいな顔ではなかった。


透は椅子に座ったまま、


男たちを見上げた。


「そうですけど」


「商業院監査部のハルヴァンだ」


男が一枚の札を見せる。


何と書かれているのか、


透にはまだ全部は読めない。


だが。


商業院。


その単語だけは分かった。


昨日。


ルシェン鉱を売った場所でもある。


乾燥豆の相場を予測した時にも、


何度か名前を聞いた。


要するに。


この町の商売を管理している組織。


「……俺、何かしました?」


「話を聞きたい」


ものすごく嫌な言い方だった。



薬棚の奥で、


ロアムが露骨に面倒そうな顔をした。


「だから言っただろう」


「何を?」


「目立つぞ、と」


「聞いてないです」


「今言った」


「それは予言じゃないです」


ハルヴァンが咳払いした。


「薬師ロアム」


「はいはい」


「少し黙っていてもらえるか」


「俺の店なんだが」


「分かっている」


「なら茶くらい出せ」


「いらん」


「そうか」


この二人。


たぶん前から知り合いだ。


ハルヴァンは透の前へ座った。


後ろの二人は立ったまま。


尋問。


という言葉が頭をよぎる。


「昨日、商人のダレス・ボウに乾燥豆の価格下落を予告したな」


太った商人。


名前、ダレスっていうのか。


「しました」


「南街道の仮修復についても知っていた」


「はい」


「どこで聞いた?」


来た。


透は答える。


「秘密です」


「それでは困る」


「俺も困ります」


ハルヴァンの眉が、


わずかに動いた。


透は続けた。


「情報源を全部教えろと言われても、それを売ってる商売なんで」


「情報を売ること自体を問題にしているわけではない」


「じゃあ?」


「情報の入手経路だ」


ハルヴァンは机へ紙を置いた。


「南街道の仮橋が完成したのは、昨日の未明だ」


「そうみたいですね」


「商業院へ正式な報告が届いたのは昨日の夕刻」


透は黙る。


「ダレスがお前から話を聞いたのは?」


「昼前」


「そうだ」


ハルヴァンが透を見る。


「つまり、お前は商業院より先に知っていた」


なるほど。


これは。


思ったより面倒だ。


透の頭の中では単純だった。


検索した。


答えが出た。


教えた。


それだけ。


だが。


この世界の人間から見れば、


存在するはずのない速度で情報を得ている。


「橋を直した人たちから聞いたとか」


「誰から?」


「……秘密です」


「名前を出せ」


「秘密です」


「現地へ行ったのか?」


「行ってません」


「伝書鳥?」


「使ってません」


「魔術通信か?」


「使えません」


「ならどうやって知った?」


「秘密です」


ハルヴァンが黙った。


ロアムが横を向いた。


笑いを堪えている。


透は思った。


俺。


ものすごく怪しいな。



「もう一つある」


ハルヴァンが言った。


「ルシェン鉱」


嫌な予感しかしない。


「一昨日、お前は市場の屑石からルシェン銀を含む鉱石を見つけた」


「はい」


「鉱物鑑定の経験は?」


「ありません」


「採掘経験」


「ありません」


「鍛冶」


「ありません」


「鉱山労働」


「ありません」


「学術院で鉱物学を学んだことは?」


「学術院って何ですか?」


ハルヴァンは深く息を吐いた。


「お前は何なら知っているんだ」


「調べ方です」


口に出してから、


透は少し笑った。


ハルヴァンは笑わなかった。


「その“調べ方”を聞いている」


「それは商品なんで」


「商品?」


「はい」


透は机の上の看板を指差す。


『知識屋』


ハルヴァンも見る。


「俺が売ってるのは、知識そのものじゃない」


言ってから。


透は自分でも、


少し違うと思った。


いや。


昨日までは、


知識を売っていると思っていた。


だけど。


「正確には……」


考える。


何を売っている?


検索結果?


違う。


質問に対する答え。


でも、


客が欲しいのは答えそのものでもない。


乾燥豆の商人が欲しかったのは、


値下がりするという言葉ではない。


損を避けたかった。


鍛冶師が欲しかったのは、


鉄の温度の知識だけじゃない。


自分の腕が落ちたのかを知りたかった。


透は言った。


「判断材料、ですかね」


ハルヴァンが目を細める。


「どういう意味だ」


「俺が『豆は下がる』と言ったからって、買うか買わないか決めるのは本人でしょう」


「……まあな」


「俺は情報を渡す。でも、最終的にどう使うかは客が決める」


「責任逃れにも聞こえるぞ」


「それもあります」


ロアムが吹き出した。


ハルヴァンが睨む。


「正直だな」


「嘘ついても仕方ないんで」


透は少し考えて続けた。


「ただし、俺も適当な答えを売るつもりはないです」


「なぜだ」


「間違えたら客が来なくなるから」


「金か」


「商売なんで」


ハルヴァンは、


しばらく透を見ていた。


それから。


意外なことを言った。


「なら一つ、答えてみろ」


「え?」


「監査としてではない」


机から銀貨を一枚。


置いた。


「客としてだ」


透は銀貨を見る。


「質問は?」


ハルヴァンは懐から、


小さな布袋を取り出した。


中身を机へ出す。


黒い粒。


胡椒のように見える。


香辛料だろうか。


「黒梢実という香辛料だ」


「くろ……?」


「コクショウカ」


「はい」


聞いたことはない。


当然だ。


「この半年、オルネッサで流通する黒梢実の価格が二倍近くまで上がった」


「不作?」


「そう報告されている」


「違うんですか?」


「分からんから聞いている」


なるほど。


試験だ。


透は黒梢実を一粒つまむ。


「条件を聞いていいです?」


ハルヴァンの表情が、


ほんの少し変わる。


「言え」


「主な産地」


「南東部のレスタ高地」


「この町までどう運ぶ?」


「河船でエイナ港へ。その後、陸路」


「値段が上がり始めたのは?」


「五か月前」


「収穫そのものが少なかったという記録は?」


「ある」


「誰が出した?」


「現地商人組合」


「買い占めの可能性は?」


「調べた。大量保有している商会は見つかっていない」


透は頷いた。


こういう質問。


少しずつ面白くなってきた。


昨日なら、


いきなり。


《黒梢実の価格上昇の原因》


と検索していただろう。


でも。


検索は万能ではない。


質問が広すぎると、


余計な情報が出る。


あるいは、


条件を指定しろと言われる。


何より。


何を聞くべきかを考える方が、


答えまで早い。


《検索:現在オルネッサで流通している黒梢実の価格高騰について、収穫量減少以外の主要因》


《検索中……》


数秒。


《検索結果:3件》


三件。


透は内容を見る。


一つ。


輸送量減少。


一つ。


品質分類の変更。


一つ。


保管地点の偏り。


「……ちょっと待って」


さらに絞る。


《検索:黒梢実の輸送量が五か月前から減少した主因》


《検索結果:1件》


透は眉を寄せた。


「不作じゃない」


ハルヴァンの目が鋭くなる。


「何?」


「正確には、収穫量は減ってる。でも価格が二倍になるほどじゃない」


「では?」


「運ばれてない」


「何を言っている」


「黒梢実そのものは、ある」


透は検索結果を追う。


地名。


倉庫。


人名。


そこまで読んだところで。


止まった。


これ。


言っていいのか?


検索結果には、


かなり具体的な情報が出ている。


商人の名前。


倉庫の場所。


数量。


明らかに、


普通なら知らない情報。


昨日までなら。


そのまま口にしていたかもしれない。


だが。


目の前にいるのは、


商業院監査部。


もし名指しした相手が犯罪者扱いされて。


もし検索結果の背景が、


自分の知らない事情だったら。


「どうした」


ハルヴァンが聞く。


透は思った。


答えが分かる。


だから言う。


それでいいのか?


《検索》は正しい。


少なくとも、


今のところ。


でも。


自分が検索できたからといって、


自分がすべて理解しているわけじゃない。


「確認したいことがあります」


「何だ」


「黒梢実って、産地から出荷したあと、品質検査とかあります?」


「エイナ港で行う」


「そこで等級を分ける?」


「ああ」


「その制度、今年変わった?」


ハルヴァンが、


初めて明確に驚いた。


「なぜ知っている」


「変わったんですね」


「五か月前からだ」


同じ時期。


透は続ける。


「新しい基準だと、以前は上級品だった実の一部が、中級以下になる」


「ああ」


「上級品しか扱わない商人がいる?」


「……いる」


「その人たち、基準から外れた分をどうしてる?」


ハルヴァンは黙る。


透は言った。


「捨ててない」


「まさか」


「売ってもない」


「では」


「港の倉庫に残ってる」


ハルヴァンが立ち上がった。


「どこの倉庫だ」


来た。


透は一瞬。


答えそうになる。


検索結果を読めば、


分かる。


倉庫番号まで。


だが。


「そこから先は、自分たちで調べてください」


「何?」


「俺が言えるのは、価格上昇の原因まで」


「場所も知っているんだな」


「多分」


「なら言え」


「嫌です」


空気が変わった。


後ろの監査員二人が、


少し身構える。


ロアムまで透を見る。


「なぜだ」


ハルヴァンの声が低い。


透は銀貨を指で弾いた。


「銀貨一枚で、誰かを犯人にするところまで請け負ってない」


「犯人とは言っていない」


「でも調査するでしょう」


「当然だ」


「なら、その先はそっちの仕事です」


ハルヴァンが睨む。


怖い。


普通に怖い。


だけど。


透は引かなかった。


「俺は情報を売る」


自分でも、


さっき言った言葉を思い出す。


判断材料。


「証拠を作る仕事じゃない」


沈黙。


長い。


やがて。


ハルヴァンが座り直した。


「……銀貨一枚分は?」


「黒梢実の価格高騰は、不作だけが原因じゃない。港の新しい等級制度によって流通から外れた黒梢実が、エイナ港周辺に相当量滞留してる。それで市場への供給が減ってる」


「それだけか」


「それだけです」


「十分だ」


意外だった。


ハルヴァンは銀貨を透の方へ押した。


「受け取れ」


「いいんです?」


「客として払った」


透は銀貨を取る。


ハルヴァンは立ち上がった。


「監査としては」


来た。


「お前の商売を禁止する理由は、今のところない」


透は、


思った以上にほっとした。


「ただし」


やっぱりあるのか。


「商業院が管理している価格情報、未公表の行政情報、商会の内部情報を不正に入手していると判明した場合は別だ」


「してません」


「なら問題ない」


「信じるんです?」


「信じてはいない」


即答。


「だが、証拠もない」


法律ってそういうものらしい。


「それともう一つ」


ハルヴァンは店の出口で振り返る。


「お前」


「はい」


「答えられることを全部答えるな」


透は眉をひそめる。


「どういう意味です?」


「情報には値段があると言ったな」


「はい」


「違う」


ハルヴァンは言った。


「情報には、重さがある」


そのまま。


店を出ていった。



「嫌な奴だったな」


ロアムが言った。


「そうです?」


「商業院の人間なんて皆嫌な奴だ」


「知り合いなんじゃないんですか?」


「十年以上な」


「仲いいじゃん」


「悪い」


どっちだよ。


透は机へ座る。


銀貨を見る。


今日の一件。


儲かった。


しかも。


商業院から禁止されなかった。


普通なら、


成功。


なのに。


少しだけ。


引っかかっていた。


答えられることを、


全部答えるな。


情報には、


重さがある。


「ロアム」


「なんだ」


「この世界って、商人が他人の秘密を売ったらどうなる?」


「内容による」


「法律?」


「それもある。だが」


ロアムが薬草を束ねながら言う。


「法律で裁かれなくても、恨まれる」


当たり前だ。


「知っていることと、言っていいことは別だ」


ロアムは続ける。


「薬師だって同じだ。客の病気を知っているからといって、町中で話していいわけじゃない」


透は黙った。


妙に。


心へ残った。


知っている。


だから使う。


知っている。


だから売る。


今まで。


そこまでしか考えていなかった。


検索できること自体が、


あまりにも便利だったから。


「ルール作るか」


透は呟いた。


「何の?」


「知識屋の」


紙を一枚借りる。


まだ文字は下手なので、


ロアムに書いてもらう。


一。


人を傷つけるためだけの質問は受けない。


二。


客本人の秘密は、


本人の許可なく他人へ売らない。


三。


犯罪の依頼は受けない。


四。


検索結果だけで他人を犯罪者と決めつけない。


五。


答えられることでも、


答えない方がいい場合は断る。


ロアムが四つ目を書き終え、


透を見る。


「ずいぶん曖昧だな」


「そこがいいんですよ」


「商売の規則とは思えん」


「俺も昨日始めたばっかなんで」


「便利な言葉だな、それ」


透は笑った。


異世界に来て三日目。


ようやく。


ただ生き延びるだけではなく、


自分の仕事らしいものができ始めている。


それが少し、


嬉しかった。



翌朝。


商業院。


ハルヴァンの机へ、


一枚の報告書が置かれた。


「本当だったのか」


部下が頷く。


「エイナ港第三区画の保管庫群です」


「量は」


「現在確認できた分だけで、通常のオルネッサ向け流通量のおよそ二か月分」


ハルヴァンは報告書を見る。


「誰かが買い占めたわけではない?」


「違います。新基準で上級品から外れた黒梢実について、所有権と再検査手続きが曖昧になり、複数の商会が引き取らずに保管料だけ払い続けていたようです」


犯罪ではない。


陰謀でもない。


制度の穴。


それが積み重なって、


町全体の香辛料価格を押し上げていた。


「……あの男」


ハルヴァンは呟く。


「全部知っていたのか?」


「何がです?」


「いや」


報告書を閉じる。


気に入らない。


だが。


危険人物だとも断定できない。


何より。


昨日。


倉庫の場所まで知っていたはずなのに、


言わなかった。


金を積めば、


何でも売る男ではない。


少なくとも、


今は。


「しばらく見ておけ」


「監視しますか?」


ハルヴァンは少し考えた。


「違う」


そして。


「客としてな」



同じ頃。


セリオル王国南東部。


レスタ高地。


黒梢実の畑に囲まれた、


小さな集落。


老人が一冊の帳面を開いていた。


黒梢実を作り続けて、


四十年以上。


いつ収穫するか。


どれを上級品として出すか。


湿気が強い年には、


乾燥時間をどれだけ伸ばすか。


全部。


身体で覚えている。


はずだった。


「父さん?」


息子が声をかける。


「今年の二番畑、どうする?」


老人は帳面を見る。


二番畑。


当然分かる。


実の色。


香り。


皮の硬さ。


それを見れば、


収穫日を決められる。


毎年やってきた。


なのに。


「……おかしいな」


「何が?」


老人は畑へ出た。


黒く熟した実を、


一つ摘み取る。


指で転がす。


鼻へ近づける。


昔なら。


これだけで分かった。


あと一日。


あと三日。


今日。


その判断が。


急に。


ひどく遠い。


「父さん?」


老人は答えなかった。


実を見つめる。


その時。


背後から、


別の農夫が声を上げた。


「おい」


老人が振り返る。


農夫は、


自分の手の中にある黒梢実を見ながら、


困った顔をしていた。


「変なこと聞くけどよ」


そして。


言った。


「これって――」


少し笑ってから。


笑えなくなった。


「いつ採れば、いいんだった?」

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