表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/6

第1話 答えには値段がつく

《検索:この市場で、価値を間違えられている商品》


《検索中……》


《検索結果:1件》


「……あった」


久世透は顔を上げた。


異世界に来て、四時間。


全財産、銅貨三枚。


そのうち二枚を今から使おうとしている。


失敗すれば、たぶん今夜の飯がなくなる。


それでも透は笑った。


「異世界に来て最初にやることが、転売とはなぁ」



石畳の大通りには、無数の露店が並んでいた。


赤、黄色、紫。


見たことのない果物。


籠いっぱいの薬草。


剣。


盾。


獣の皮。


大きな角。


瓶の中で光っている虫まで売られている。


通りを歩く人間の中には、耳の尖った女もいれば、二メートル近い大男もいた。


荷車を引いているのは馬ではない。


角の生えた、六本脚の動物だった。


もう認めるしかない。


ここは日本じゃない。


というか、おそらく地球ですらない。


四時間前まで、透は東京の会社で商品の販売データを見ていた。


昼休みになった。


コンビニへ行こうと会社を出た。


横断歩道を渡った。


そこから先がない。


気がついたら、草原に立っていた。


スマホは圏外。


財布の金は使えない。


そして遠くには、


どう考えても日本には存在しない巨大な城壁が見えた。


看板通りに読むなら交易都市名はオルネッサだった。


どうやらこの国の言語は理解できるようにはなってるらしい。


町へ入った透は、「神の迷い子」として神殿へ連れていかれた。


この世界では、ごく稀に。


どこからともなく人間が現れることがあるらしい。


そうした者には、不思議な《天恵》が宿っている場合がある。


その説明を聞いた瞬間。


透も、さすがに少し期待した。


異世界。


特殊能力。


この二つが揃ったら、期待するなという方が無理だ。


炎を出す。


未来を見る。


剣を持った瞬間、達人になる。


身体能力が百倍になる。


そこまで贅沢を言わなくてもいい。


せめて生活に困らないくらい強いやつ。


神官が透の胸元へ手を当てた。


淡い光が広がった。


水晶板に文字が浮かぶ。


神官が眉を寄せた。


「……ケンサク?」


「はい?」


「あなたの天恵は、《検索》と表示されています」


「……検索?」


「聞いたことのない天恵ですね」


透は嫌な予感がした。


「何ができるんです?」


「分かりません」


「そこ検索できないんですか?」


「ケンサクとは何ですか?」


開始十秒で話が破綻した。


結局。


迷い子への最低限の援助として、


パン一つ。


革袋に入った水。


銅貨五枚。


それだけを受け取り、神殿を出た。


水を追加で買った。


昼飯も食べた。


残ったのが銅貨三枚。


「いや、これ普通に詰んでるよな」


剣なんて人生で一度も握ったことがない。


農業経験なし。


料理も人並み。


医療知識なし。


サバイバル知識なし。


異世界で無双できそうな特殊技能。


ゼロ。


二十八年間生きてきて、


まさか自分の人生経験がここまで異世界と相性が悪いとは思わなかった。


そんな透が、自分の能力を初めて試したのは、


半ばヤケだった。


頭の中で思った。


――ここ、どこなんだよ。


その瞬間。


視界の中央に文字が現れた。


《質問が不明瞭です》


「うわっ!」


通行人が振り返った。


透は慌てて口を閉じる。


文字はまだ浮かんでいた。


試しに。


頭の中で、もう少し具体的に考える。


《検索:現在地》


一瞬。


《検索結果》


《交易都市オルネッサ》


《セリオル王国西部最大級の交易都市》


《推定人口:約二万二千》


透は固まった。


もう一度。


市場の果物を見る。


赤く丸い。


リンゴによく似ている。


《検索:目の前の赤い果実》


《名称:ラウ果》


《食用可能》


《果肉は甘味が強く、生食のほか果実酒にも利用される》


透は露店の主人を見た。


「すみません。これ、ラウ果ですか?」


「そうだが?」


当たった。


その瞬間。


透の中で何かが切り替わった。


検索。


つまり。


検索できるのか?


この世界のことを。


インターネットもない。


百科事典もない。


Googleもない。


なのに、


自分だけが。


《検索:この都市で最も高い建物》


結果が出た。


《検索:銅貨一枚で買える食べ物》


結果が出た。


《検索:この世界で俺でもできる仕事》


《該当件数が多すぎます。条件を指定してください》


「検索エンジンそのものじゃねえか……」


そして透は考えた。


もしこれが本当に、


知りたいことを調べられる能力なら。


使い道がないどころではない。


前の世界で透が働いていたのは、通販会社だった。


仕事は地味だった。


商品の登録。


売上確認。


競合価格の調査。


在庫管理。


広告データ。


市場調査。


毎日のように、


同じ商品が別の店ではいくらで売られているかを調べた。


百円安い。


送料が違う。


在庫がない。


需要が増えた。


それだけの違いで、商品の売れ方は変わる。


価値は同じでも。


情報を持っている人間と、


持っていない人間では、


払う金額が違う。


だったら。


透は市場を見渡した。


《検索:この市場で、販売価格より実際の価値が大幅に高い商品》


一度目。


《該当件数:17件》


多い。


条件を追加する。


《検索:銅貨三枚以下で購入でき、現在地から徒歩十分以内にあり、専門業者へ即日転売できる商品》


数秒。


これまでより長い。


そして。


《検索結果:1件》


現在地から百三十七メートル。


市場西端。


露店番号八十一。


商品。


《ルシェン鉱を含有する灰色鉱石》


推定販売価格。


銅貨二枚。


推定買い取り価格。


銀貨一枚以上。


「……マジ?」


透は歩いた。


百三十メートル。


市場の端。


客のほとんどいない露店。


壺。


錆びた短剣。


動物の骨。


割れた皿。


どう見てもガラクタ屋だ。


番号を見る。


八十一。


そして。


あった。


店の隅。


何の変哲もない灰色の石。


値札。


銅貨二枚。


透の心臓が跳ねた。


《検索:この石》


《ルシェン鉱成分を含有》


《精錬により少量のルシェン銀を抽出可能》


《オルネッサ商業院鉱物取引所における推定買い取り額:銀貨一枚~銀貨二枚》


透は露店の主人を見る。


禿げた小柄な老人だった。


「爺さん」


「なんだ」


「この石、銅貨二枚?」


「ああ」


「本当に?」


老人が怪訝な顔をする。


「値切りたいのか?」


「いや」


透は銅貨二枚を置いた。


「買う」


残金。


銅貨一枚。


検索結果が間違っていれば終わり。


今日の夕食を食べたら、


明日からどうするか考えなければならない。


それなのに。


透は妙に興奮していた。


この感覚を知っている。


誰も見ていない商品を見つけたとき。


相場より妙に安い在庫を見つけたとき。


ネット通販の仕事をしていて、


ほんのたまにあった。


数字の隙間に、


金が落ちている瞬間。


「商業院って、どっちです?」



三十分後。


透は商業院の前で、


自分の掌を眺めていた。


銀貨一枚。


銅貨八枚。


鉱物取引所の職員は、


透が持ち込んだ石を最初は笑った。


「ただの屑石に見えるがな」


削る。


粉にする。


薬液をかける。


そして。


職員の顔色が変わった。


「……ルシェン銀?」


小さいながら、確かに含まれていた。


買い取り額。


銀貨一枚と銅貨八枚。


元手。


銅貨二枚。


貨幣価値を完全には理解していない。


けれど、


一つだけ分かる。


二が十八になった。


九倍。


「…………」


透は銀貨を握る。


そして。


笑った。


「いける」


声が出た。


「これ、いけるぞ」


魔物なんて倒さなくていい。


魔法もいらない。


剣術も必要ない。


自分で鉱山を掘る必要すらない。


価値を知られていない物を探す。


安く買う。


価値を知っている人間へ売る。


それだけ。


いや。


待て。


本当に、それだけか?


透は立ち止まった。


検索できるのは、


物だけじゃない。


料理。


薬。


製法。


土地。


需要。


病気。


技術。


情報。


もし全部検索できるなら。


商品そのものを売る必要すら、


ないんじゃないか?


その時だった。


「誰か!」


市場から叫び声が聞こえた。


「誰か薬師を呼んで!」


人が集まっている。


透も反射的に駆け寄った。


地面に少女が倒れていた。


十歳くらいだろう。


顔が真っ赤だった。


呼吸が速い。


母親らしい女性が泣きながら名前を呼んでいる。


「朝から少し熱があっただけなんです! それが急に……!」


男が少女の額へ触れる。


「ひどい熱だ」


「薬師は?」


「北区だ! 走っても十五分はかかる!」


「十五分なんて……!」


透は少女を見る。


俺には関係ない。


そう思った。


医者ではない。


医学知識もない。


この世界の病気なんて一つも知らない。


下手なことをして、


悪化させたらどうする。


普通なら。


何もできない。


――普通なら。


透は目を閉じた。


《検索:目の前の少女の症状》


数秒。


《検索結果》


《高熱》


《呼吸困難》


《軽度の痙攣》


《可能性の高い疾患:レムナ熱症》


続ける。


《検索:レムナ熱症の初期症状に対し、現在地から徒歩三分以内で入手可能な物だけを使用して行える応急処置》


検索。


今までで一番長かった。


三秒。


五秒。


十秒。


そして。


《検索結果:1件》


透は文字を追う。


「シルマ草……?」


顔を上げる。


「薬草屋!」


人混みの向こう。


乾燥した植物を山積みにした露店。


透は走った。


「シルマ草あるか!?」


店主が驚く。


「あるが」


「緑色で、葉の裏に銀色の筋があるやつ!」


「あ、ああ」


「七枚くれ!」


銅貨を投げる。


「水!」


誰かが桶を持ってくる。


「細かく裂いて煮る! 水が半分になるまで! 最後に蜜を少し!」


周囲の男が透を見る。


「お前、薬師なのか?」


「違う!」


「なら、なぜそんな――」


「説明はあと!」


透自身にも説明できない。


だが。


検索結果は、


さっき自分を九倍にしてくれた。


だったら。


信じる。


十数分後。


煎じ液を飲ませた少女は、


すぐに元気になったわけではない。


そんな都合よくはいかなかった。


だが。


荒かった呼吸が。


少しずつ。


本当に少しずつ。


落ち着いていく。


やがて駆けつけた薬師が少女を診察した。


「レムナ熱症だ」


母親の顔が青ざめる。


「娘は……」


「大丈夫だ。まだ初期だ。それに応急処置がいい」


薬師が煎じ液を嗅ぐ。


眉をひそめた。


もう一度嗅ぐ。


そして。


「誰がこれを?」


周囲の視線が、


透に集まった。


「俺です」


「お前、どこの薬師だ?」


「だから薬師じゃないです」


「なら、なぜこの処方を知っている?」


「そんなに珍しいんですか?」


「珍しい?」


薬師は呆れた顔をした。


「私は二十三年、この町で薬師をしている」


煎じ液を見る。


「シルマ草がレムナ熱症に効くことは知っている。だが七枚を使い、水量を半分まで詰めてから蜜を入れる調合法など聞いたことがない」


透は黙った。


自分だって、


十五分前まで知らなかった。


薬師が言った。


「誰に教わった?」


透は少し考えた。


そして答えた。


「……秘密です」


薬師は目を細めた。


怒るかと思った。


だが。


逆だった。


「なるほど」


表情が変わる。


明らかに。


商人が商品を見る目だった。


「明日、私の店へ来ないか」


「俺が?」


「その知識を売ってほしい」


透の中で。


一本の線が繋がった。


鉱石。


薬。


検索。


情報。


知識。


商品を安く買って、


高く売る。


それでも稼げる。


だけど。


もっと直接的な方法がある。


自分には、


答えがある。


そして。


答えを欲しがっている人間がいる。


だったら。


「……そうか」


透は呟いた。


「答えそのものを売ればいいんだ」


この日。


久世透は初めて、


異世界で自分の商売を見つけた。


物を持つ必要はない。


土地もいらない。


剣もいらない。


知りたい人間から金をもらう。


検索する。


答えを渡す。


たったそれだけ。


こんな簡単な商売があるだろうか。


透は本気でそう思っていた。


《検索》とは、


何の取り柄もない自分に与えられた、


最高の幸運なのだと。



その日の夕暮れ。


オルネッサから遠く離れた、


山間の小さな村。


一人の老婆が、


薬草の束を前に座っていた。


今年で七十四になる。


薬草師になって五十六年。


その手には、


一本のシルマ草。


緑色の葉。


裏側には銀白色の筋。


幼い頃。


母から教えてもらった。


熱に苦しむ子供へ飲ませる、


古い煎じ薬。


母が死んだ後も。


老婆は何十年と作り続けた。


百回。


二百回。


いや。


それ以上。


忘れるはずのない調合法だった。


老婆はシルマ草を、


一枚。


二枚。


三枚。


七枚。


机へ並べた。


鍋に水を張る。


そして。


手が止まった。


「…………あれ?」


次は。


どうするんだったか。


水の量は。


火加減は。


どこまで煮ればいい。


何を最後に入れる。


知っていた。


昨日まで。


いや。


今朝まで。


絶対に知っていた。


老婆は、


七枚のシルマ草を見つめ続けた。


どうしても。


思い出せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ