冬17
新年のパーティーが終わると、翌日の昼過ぎから滞在者が徐々に帰宅していった。三日もすると大半が自宅へ帰って行き、東棟はまた仕上げに掃除をしてから、次の出番まで閉められることになる。
パーティーが終わった後に、アルノー伯爵が先に王都へ戻ることになっていたため、マルケリアは頭を悩ませながらルキウス宛の手紙を書き、それに守護と健康の紋を刺繍したハンカチを二枚つけて預けた。魔法が宿ったハンカチは、王都に着いたら先に王宮が雇う魔術研究者に安全を確認させてから、ルキウスに渡されることになるだろうとのこと。
効果が切れてしまうかもしれないけれど、得体の知れない魔法を帯びた物は、王族に近付けられない。仕方のないことだ。
手紙には、ルキウスが辺境に来て会えたら嬉しいということ。案内したい場所もあるし、会わせたい人もいるということ。ローデリオンからのブローチにはとても驚いたということ。実は未婚であったことにもとても驚いたけれど、ホッとしたこと。あの紙片をずっとお守りのように思っていたこと。そんなことを書いた。
これまで手紙のやり取りはしていたけれど、こういった内面について書くのは初めてで、どこか恥ずかしい。会いたいとか、好きだとか、そういうことは言う必要がない近い距離に長くいたから、あんなことが起こるまではあまり告げたことがなかった。会いたいと、強く思う。同じものを見て、一緒に歩んでいきたいと思うのはずっとルキウスで、それは辺境に来てからも変わっていない。
レオニウスがうまく計らってくれたから、別離の間も恋心を捨てずに済んだ。形だけでも本当に婚姻していたら、本来は許されない感情だったのだ。形式張った手紙のやり取りしかしていなかったけれど、それでもその細い糸のような繋がりが嬉しくて、切なくて。
精一杯強がって、辺境の楽しい思い出を書き綴った。ルキウスが楽しく読めるような、滞在記のようなもの。それを、心掛けた。
まだ正式な婚約者ではないけれど、こうしてまた、表立って手紙のやり取りが許されるようになった。それは、ルキウスがマルケリアを諦めなかったからだ。マルケリアは、諦めて一歩引いてしまったのに。
「では、王都でまた、お会いいたしましょう」
パーティーから五日めの朝。そう言い置いて、アルノー伯爵が荷物と共にソリ馬車に乗り込む。冬の始まりに王都から乗ってきた馬車では雪道を行けないため、辺境からソリ馬車を貸し出すことになっていた。荷物を詰めるのにもう一台と、護衛として騎士も六人つけられている。雪の少ない王都近くまで送って、王都の手前の街で、普通の馬車に乗り換えるとのことだった。
アルノー夫人は気丈に一人立って見送っている。本来ならば伯爵クラスならば侍女や侍従の一人、二人連れていてもおかしくないのだが、急な王命での辺境入りで、王都から帰る辺境の商隊と共に出発するのに、二人が乗る馬車と荷物を手配するのが精一杯だったとのことだ。
レオニウスも見送りに出ていて、王太子への手紙を預けていた。三人で遠ざかって行くソリ馬車を見送る。その姿が小さくなったところで、ラヴィアに促されて屋敷へと戻った。短い時間だったのに、身体が芯まで冷えている。
自室に戻ると、毛皮を脱いでしまってもらった。ラヴィアも脱いだ毛皮を部屋の入り口に置いている。
「温かいお茶を淹れましょうね。生姜入りの、濃いミルクティーなどいかがですか?」
「お願いするわ」
マルケリアが言うと、ラヴィアは頷いて部屋を出ていった。
二十日ほどすると、アルノー伯爵を送っていったソリ馬車と、騎士たちの半分が辺境へ戻ってきた。どうやら無事に、王都手前の街で乗り換えが済んだらしい。
春まではまだ二ヶ月近く残っている。残りわずかな辺境での暮らしに、マルケリアは名残惜しさのようなものを覚えていた。
アルノー夫人は、マルケリアと共に王都へ戻るつもりで滞在しているが、以前ほど毎日会うわけではなくなっていた。どうやら、パーティー以降は辺境の貴族とも社交を始めているらしい。王都の話はもうだいぶ聞いていたし、マルケリアとしても、今日のように気を抜いて過ごせる日はありがたかった。
マルケリアも、屋敷に残っていた数名の貴族女性から訪ねられて会った。特に、エイリネス・カレドレイン子爵夫人とブリーネシア・ドレヴァン男爵夫人は、辺境の貴族家へ嫁いだレオニウスの歳の離れた姉ということで、マルケリアと会いたがった。どちらもレオニウスと同じ黒髪に青灰の瞳をした、しっかりした体格の迫力ある美人で、最初は気圧されてしまったが、二人とも構いたがりのところがある姉気質だった。
「レオニウスは末っ子長男だからか、少し甘えたで気が利かないところがあるでしょう?」
「言葉選びもたまに頓珍漢だし……。マルケリア様をちゃんと淑女として扱っていたか……失礼がなかったか、正直言って不安ですわ」
「ええと……とても丁重に扱ってもらっておりますわ」
二人揃ってにじり寄られて、面食らってしまう。うっかり「あなたを愛することはありません」が彼の最初の発言だなどと言ったら、どんな目に遭うのかと思ってしまった。
「女主人のいない屋敷ですから、さぞかし不便があったかと思います」
「レオニウスが訳ありのご令嬢と婚姻したから、しばらくは近寄るなと言うから、私たちもこちらには来られなくて……ラヴィアがいたのが救いよね」
「恐れ入ります」
ラヴィアが恭しく頭を下げる。レオニウスに対するより、よほど礼儀正しい態度だった。
「それにしても、最初は本当に結婚したのかと思っていたわ……政治的な理由があったにしても、私たちにも黙っているなんて水臭い」
「私たちに黙っていたのはまだ良いとして、ケイランとモルガン子爵夫妻にくらいは話しておくべきじゃなかったのかしらね。本当に無神経というか……あれ、モルガン家の人たちなら許してくれるって甘えているのよね、きっと」
「あの……どうしてケイラン卿に?」
ケイランの名が出て、思わず尋ねてしまう。エイリネスとブリーネシアは、よく似た顔を見合わせてから、マルケリアに説明した。
「ケイランは、亡くなったレオニウスの婚約者、イレーネの兄なんです」
「妹が嫁ぐはずだった家に、王都から王命で高位貴族のご令嬢が嫁いで来たって……ちょっとデリケートなお話でしょう?」
「ケイランにくらいは、本当は結婚していないって先に話しておくべきよね。本当にデリカシーのないこと」
マルケリアはそれを聞いて、ようやくあの冷たい眼差しの理由がわかった気がした。もちろん、彼がレオニウスに言っていたように、王都のしがらみのある訳ありの令嬢を妻に迎えるなど、政治的にどう巻き込まれるかわからない不安もあったのだろう。でも、それだけにしては、あの視線には圧があり過ぎた。
「それにしても、マルケリア様が本当は王太子殿下の婚約者として王都にお戻りになるなんて、少し残念な気もしますわ。この分だと、レオニウスが結婚するのはだいぶ先のことになりそうね。辺境で他に年廻りの合う娘はいないし」
「ラヴィアがその気になってくれれば良いのに」
二人が言うと、給仕をしていたラヴィアが首を振って答えた。
「ご命令でない限りはお断り申し上げます。私にとってレオニウス様は、年上の弟のようなものですから」
「そうね、レオニウスも全然そういう感じじゃないものね。困った子」
ラヴィアの言葉を聞いて、ブリーネシアが肩をすくめて見せる。マルケリアから見るとレオニウスは実務に強い理想的な領主なのだが、歳の離れた姉二人にかかると、まだまだ甘えたで困った子扱いのようだった。
そうして過ごしているうちに、中庭の白一色の雪景色の中に、木の芽や草の芽が生えてきたことに気がつく。北の辺境にも、春が訪れようとしていた。




