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仮初の一年  作者: 肺魚


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冬16

 年始のパーティーに向けて、年末が近付くと屋敷への滞在者が増えるようになってきた。雪道を移動する危険があるため、よほど屋敷から近くに住む者以外は、パーティー当日より前から屋敷に滞在する者がほとんどだ。

 西棟の他、普段は閉められている屋敷の東棟が開けられ、滞在客用に準備されているという。使用人も常よりも必要となるため、この時期だけ雇われる者も多いらしい。

「こちらのほうには来客が来ないようにしてありますから、姫様はいつも通りお過ごしくださいね」

 屋敷の隅とはいえ、レオニウスが住む本棟には、他にアルノー夫妻くらいしか滞在者はいない。サンルームも、たまにレオニウスが顔を出す以外はマルケリア専用となっている。

 年が明けた瞬間も、マルケリアは自室で過ごしていた。年明けを祝って牛が三頭屠られたので、夕食だけアルノー夫妻も交えて四人でとったが、カードを送り合うくらいで特別なことはせずに終わった。

 年始のパーティーは、年明けから二日後の夕方から行われる。朝から風呂に入り念入りに洗われ、着付けが始まる午後まで気楽な服を着て昼間は過ごす。

 今日はラヴィアも子爵令嬢としてパーティーに出席するため、マルケリアの準備には他の侍女が二人あてがわれた。代わりに、着替えるまでの時間をラヴィアとお茶を飲みながら過ごすことができて、友人のような関わりにこそばゆい思いがした。

 夕方が近づいて来ると着付けが始まる。きつくコルセットを絞り、ドレスを着て髪を結い上げ、化粧をしてもらう。靴を履き、仕上げに宝飾品をつけて完成だ。深い紫色のドレスには銀糸の刺繍で胸元や裾に花柄が入り、左胸にはローデリオン皇国からいただいたブローチが輝いている。結い上げた髪は、複雑に編み込まれていた。

 マルケリアは今日の主賓なので、最初から会場に入り、主催のレオニウスと並んで壇上の席に座ることになっている。部屋までエヴァルドが迎えにきて、開場より少し早い時間に、会場となる西棟の広間へ向かった。

 広間は、王宮の大広間に比べれば小さいが、天井が高く、魔法灯のシャンデリアも複数あり、それなりの人数が入っても充分足りる大きさだった。

 左側の壁際に料理の乗ったテーブルと、休むためのソファや椅子が並べられ、反対側に楽団員が並ぶ椅子と、バルコニーへ続く扉がある。奥に緞帳のついた少し高くなった壇があって、そこに豪奢なデザインの椅子が二脚、少し間を空けて並べられていた。それぞれの脇に、飲み物などを乗せるための小さなテーブルもついている。

 室内には、暖炉ではなく、熱いお湯が通る細い管が壁に沿って張り巡らされていて、ふわりと暖かい。お湯を循環させるための魔法を使う人手が必要なため、王都でもまだ珍しい、最新式の暖房だった。

「こちらのお席にどうぞ」

 案内されるまま、壇上の席に腰を下ろす。席からは、会場内で使用人が忙しく立ち働くのが見える。楽団席では楽団員が数名、楽器の試し弾きをしていた。レオニウスは、まだ来ていないようだ。

「何かお飲み物を用意させましょうか?」

「今はいらないわ」

 エヴァルドの問いに微笑んで答える。恭しく一礼をして、エヴァルドは斜め後ろに控えた。ドレス姿で長い時間座ったまま待つのは、何年も王太子の婚約者として共に式典に出ていたので慣れている。

 脳内で、習った辺境のダンスのステップを思い出していると、入り口からレオニウスがやって来るのが見えた。相変わらず、侍従も連れておらずに一人だ。

「マルケリア様、お待たせしてすまない。うっかりギリギリまで書類を見ていて、カシアンに蹴り出されてきたところです」

「大丈夫ですよ。私もまだ、先ほど来たばかりですので」

 今日のレオニウスは、艶やかな黒髪を後ろに撫で付け、深い藍色をしたベルベットに青灰の刺繍が入った膝上まである長いジャケットに、同色のズボン、薄青のシャツに艶のある黒いベスト、襟元には白いクラヴァットを締め、髪色のオニキスのカフスとタイピンをつけて正装している。いつものシャツの上に毛糸のベストを着て、ジャケットを羽織っただけの姿とは、まるで違って見えた。髪色こそ辺境らしい黒だが、王都でも騒がれそうな美丈夫ぶりだった。

 レオニウスが隣の椅子に腰を下ろしてから少しすると、時間になったのか、心地の良いゆったりとした音楽が始まった。使用人たちは壁際の定位置につき、入り口には名前を読み上げる係の者が立っている。部屋の外から、廊下に並んでいるらしき人々の、微かなざわめきが聞こえてきていた。

「フェルガ男爵、リサ夫人、ご子息ロルカン様、ご入場!」

「カーラ男爵、フィアラ夫人、ご子息タロン様、ご息女ブリーナ様、ご入場!」

 呼ばれた順に入場してきて、壇の手前で一礼をするのに合わせて、こちらも座ったまま軽くお辞儀をする。男爵家が十ほど続いて、それから子爵家が呼ばれた。

「グレンヴァ子爵、マーヴェ夫人、ご入場!」

「フェルナール子爵、エルヴァ夫人、ご息女ラヴィア様、ご子息ローク様、ご入場!」

 ラヴィアの名が呼ばれたのに気がついて、マルケリアは思わず家族の顔を見てしまう。父親がラヴィアと同じ焦茶色の髪色、母親が黒髪、弟も焦茶色の髪色をしていた。ラヴィアは父親似のようだ。目が合って、思わず微笑み合う。

 続いて、二つほど子爵家の名が読み上げられる。最後に読み上げられたコールに、聞き覚えのある名前が入っていた。

「モルガン子爵、イヴェン夫人、ご子息ケイラン様、ご入場!」

 ドキリとした。黒髪に灰色の瞳をした、どこかレオニウスに似た若い男性。それは、夏の街への視察で同行した、副官の男性だった。合うと逸らされた、冷たい視線の持ち主。

 その後のコールで、一番爵位の高い、アルノー夫妻が呼ばれる。けれども、マルケリアはケイランに意識が持っていかれてしまっていた。壇の前に来て一礼する家族は、皆黒髪で、どことなくレオニウスと雰囲気が似ている。一礼後に上げられた視線に、今日はあの日の冷たさがない。それに内心首を傾げていると、すぐにアルノー夫妻が礼をしにやってきた。

「アルノー夫妻は、この冬、王都から王宮の使者としてお迎えしている。皆も、礼を持って接するように」

 アルノー夫妻を、レオニウスが紹介する。アルノー夫妻は後ろを向いて、辺境の貴族たちにも一礼をした。パラパラと、拍手があがる。それが止むと、アルノー夫妻も貴族たちの並ぶ広間に移動していった。

 全員の視線が集まっているのを確認して、壇上でレオニウスが立ち上がる。それに合わせて、マルケリアも裾を払い席を立った。ゆっくりと流れていた音楽が止んだ。

「先の一年、ご苦労だった。今年も、良い一年であることを願っている。新年の祝いは毎年のことだが、今年は特別なお客様をお迎えしている。知っている者もいるかもしれないが、辺境は昨年の春から、王都からとあるご令嬢をお預かりしていた」

 レオニウスが一同を見回すように視線を巡らせると、好奇心を隠さずマルケリアを眺める者、訳知り顔で頷く者など、様々な反応があった。

「政治的な理由で、王都にいては危険だということで王命でお預かりしていたお方だ。西の大国ローデリオン皇国皇室の血を引かれる、グラシエル公爵家のご令嬢、マルケリア様である。政局も変わり、無事にローデリオン皇国の庇護を受けられ、今年の春に王都へ帰還することになっている。今日は、辺境の思い出にご参加いただくことになった。良い思い出を作ってもらえるよう、皆も働きかけてほしい」

 視線がマルケリアに集中する。マルケリアは一度深く深呼吸をして、それから深くカーテシーをした。

「マルケリア・グラシエルと申します。レオニウス様には大変よくしていただきました。暖かく迎え入れてくださった辺境に感謝を申し上げます」

 顔を上げて言うと、拍手が返ってきた。

「ほら、神殿の水魔法の……」

「端切れエプロンの方だ」

 会場の端々で、囁き合う声が聞こえて来る。好奇心が多く見えるが、どちらかと言うと皆、好意的な視線だった。

「昨年も色々なことがあったが、全体的に見て、マルケリア様のお陰もあって新しい取り組みを始めることもでき、良い年だった。今年も、辺境伯として、新しいことに取り組んで行けたらと思っている。皆には、それを支えてもらいたい」

 使用人たちがグラスを配ってまわっている。マルケリアの手元にも、林檎酒(シードル)の入ったグラスが差し出された。

 全員の手にグラスが握られたのを見回して、レオニウスが言う。

「一年の始まりの宴だ。今日は皆、楽しんでくれ。——乾杯!」

「乾杯!」

「一年の始めに!」

 口々に乾杯の音頭をとり、グラスが掲げられる。皆、一息にグラスを干して、空いたグラスが回収されていく。マルケリアは一口飲んで、脇のテーブルにグラスを置いた。

 再び、音楽が始まる。今度はテンポの良い曲だった。

 広間の中央に、貴族たちが十人ほど集まって輪を作る。そして彼らは両隣の相手と手を繋ぎ、曲に合わせてステップを踏み始めた。ステップに合わせて輪が大きくなったり、小さく縮んだりする。マルケリアも練習した、あのダンスだった。ラヴィアも混じっている。

 レオニウスが、席に腰を下ろしたままマルケリアに視線を寄越した。

「お踊りになるなら、次にご一緒いたしますよ。私も普段はほとんど踊らないので、下手さなら負けません」

 真顔で言うので、少し笑ってしまった。

「ええ、それではぜひ」

 マルケリアが笑って頷くと、レオニウスもニッと笑って見せた。

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