冬11
「この先のこと、ですか?」
マルケリアが首を傾げて問うと、レオニウスは微笑んだまま頷く。
「来年から、辺境も王都での社交を再開すると決めました。とはいえ、遠征の少ない、秋の短い期間に限られますが」
「再開? 学園には通われたと聞いていますが、それ以外でこれまで王都に来ることがあったのですか?」
マルケリアは、レオニウスを過去に王都で見かけた記憶がない。学園も、ルキウスがかろうじて一学年だけ共に通っていたと聞いたくらいで、ルキウスよりもさらに二つ歳下のマルケリアは、レオニウスとは辺境に来るまで会ったことがなかった。
「ええ。確かに私は、学園に通っていた時期しか王都に出たことはありません。しかし、二年前に流行病で父が亡くなるまでは、毎年、秋には父が王都に出向いておりました。その父が亡くなって急に跡を継ぐことになり、それからは忙しくてとても社交はできないと、王都に上がるのを免除していただいていたのです。ですが、それもそろそろお終いにしようと思いまして」
レオニウスではなく、前辺境伯である父親が王都へ来ていたのか。それなら、これまでレオニウスと会わなかったことにも納得できる。
王都に戻っても、レオニウスと年に一度は会えるようになるかもしれない。そう聞いて、少し励まされた気持ちになった。もしかしたら、ラヴィアもついてくるかもしれないし、そうしたらタウンハウスを訪ねて会うことができるだろうか。そんな考えが浮かんだ。
「辺境が王都での社交をやめた結果、議会の勢力がますます強まったのかもしれないと、今さらながらにそう思いましてね。議会派の連中に、辺境は王家にしか忠誠を誓っていないと、改めて見せつけてやる必要を感じました」
「なるほど……」
儲け重視で辺境に余計な口出しをしてくる、議会派を黙らせたいという気持ちが強いのだろう。辺境を大事にしている、レオニウスらしい理由だった。
「それと……。タイミング的に、お二人の結婚式は秋ごろになる可能性が高いでしょう? ぜひ、出席させていただきたいものです」
「えっ……は?」
素っ頓狂な声が上がってしまった。まだ帰るとも決めていないというのに、結婚式の話が出るなんて。
「辺境からも、お祝いを贈らせていただきますね。パーティー用に、凍らせて魔物の肉を運んでも良い」
「そ、そんな……まだ決まってもいないことです」
知れず、頬にカッと熱が上がった。本当なら、マルケリアが学園を卒業して、今年の秋にルキウスとは結婚予定だったのを思い出したのだった。たった一年の間に、民の間でロザリアの人気があれほどまでに上がらなかったら、あったはずの未来だった。
「王太子殿下も、王家も、今度こそ待たないでしょう。また余計な横槍が入っては困りますからね。この一年でマルケリア様の功績は充分出ましたし、議会も承認した。マルケリア様が王都に戻れば、普通にあり得る未来です」
そう言われて、マルケリアは急に王都へ帰ることが現実味を持って感じられるようになってきた。これまでは、まだどこかで、これからも辺境で暮らす自分を夢想しているところが残っていたのだ。王都へ戻って、ルキウスと結婚する自分、という未来を、『あり得るもの』として改めて考えることになった。
意味もなく、膝の上で両手を握りしめる。暖炉の熱は遠いのに、妙に顔が熱い。レオニウスの微笑みが、微笑ましいものを見るような、そんな何か別の意味も含んでいるように見えてしまう。救いを求めるようにラヴィアを見上げると、こちらも嬉しそうな笑みを浮かべていて、マルケリアはアワアワと落ち着かない気持ちになった。
「もし……結婚するのなら、私、式にはラヴィアも呼びたいわ」
思わず、そんなことまで口走ってしまう。それを聞いて、ラヴィアはますます嬉しそうに笑った。
「もちろん、出席させていただきます!」
「辺境が社交を再開するにあたって、ずっと閉めていた王都のタウンハウスも手入れを始めなければならないので、先んじて春からラヴィアを管理者としてやるつもりでした。ちょうど良いですね」
「えっ、ラヴィアが王都に?」
びっくりして、ラヴィアとレオニウスの顔を交互に見る。二人は顔を見合わせてから、揃ってマルケリアに微笑みかけてくる。
「言い忘れていましたが、ラヴィアはこう見えて辺境の子爵家令嬢ですので、家の切り盛りくらいは仕込まれています」
「これでも、レオニウス様の右腕……とまではいきませんが、左腕くらいなんですよ、私」
そんなことを言われて、頭が真っ白になる。
よく考えてみれば、街に出る時はラヴィアもドレス姿だったし、騎士を連れて歩くのも妙に様になっていた。店の予約だってしていたし、カトラリーの扱いも美しいもので、そういったことを考えれば、逆に平民のはずがない。普段の姿があまりにもマイペースで、マルケリアの知る王都の令嬢から外れたものだったので、ずっと勘違いをしていたのだ。
「そんな……、歴とした貴族家の令嬢なのに、ずっと侍女として扱ってしまっていて……ごめんなさい」
マルケリアが謝罪すると、ラヴィアはキョトンとした顔をする。
「確かに子爵家の娘ですが、今は姫様の侍女をやっているのも事実ですよ? 何で謝るんです?」
「えっと……」
確かにそうだ。王都でも、高位貴族家で働く侍従や侍女というのは、低位貴族家の子息令嬢が多いので、ラヴィアが貴族家の令嬢でも、何の不思議もない。
「それに、さすがによその家の侍女にはなれませんが、私が貴族の娘だからこそ、王都に行ったら姫様の友達になることだってできますよね? それとも……王都では、爵位に二つ以上の差があると、友人にはなれないなんて不文律があったりします?」
最初は威勢よく、後半を不安げに、ラヴィアが言う。その言葉の意味が頭に入ってくると、マルケリアの心のうちには、徐々に喜びが浮かんでいった。
「私と、お友達になってくれるの⁉︎」
叫ぶように尋ねる。同性の友人というものに、ずっと憧れていた。本で読んだり、人の話を聞いたりして、自分にもいつか友人と言える人ができたら……。そんなふうにずっと思っていた。
小さな子供の頃から王太子妃としての教育を受け、勉強した結果、普通の淑女から外れてしまった自分には、無理なのだと諦めていた。それが、今になって手に入るという。
「ええ、姫様さえ良ければ、ぜひ。本当は、侍女としてずっと近くにいたい気持ちもありますが、さすがにそれは無理ですので。——あ、でも姫様が王太子妃になられたら、私が女官として王宮に上がればもしかして……?」
「お前に王宮勤めは無理だろう。ガサツすぎる」
レオニウスが横から声を挟む。ラヴィアはムッとした表情を浮かべた。
「私だって、やろうと思えばちゃんとできます!」
「それなら、今からでもやろうとしろよ。お前、マルケリア様より私にお茶を注ぐ時に雑になるの、バレているぞ?」
「それは……だってレオニウス様、お茶なんて飲めれば味なんてどうでも良いって態度ですもん。やる気出ないですよ」
「その言葉遣いも改めないと、王都では淑女としてやっていけないぞ。お前は辺境の顔になるのだから、もう少し気を遣った方がいい」
「レオニウス様だって、人と話す時に書類読みながらだったり、氷作りながらだったりする癖、やめたほうがいいですよ」
放っておくとすぐ軽口の応酬になってしまうのを見ながら、マルケリアは王都に帰っても、このやり取りを目にすることができるのだという事実を噛み締めた。王都に帰ったら失うことになると思っていたものが、辺境が、王都でも見えることができるようになるのだ。
それは、マルケリアが再び王都へ帰る決心をするために、背中を押してくれる大事なものだった。




