冬6
『輝ける光の花束亭』を出て、今度は文具屋に向かった。こちらも、王都の大店ほどではないが、品揃えは確かで、見て回るだけでも気晴らしになるような店だった。
レターセットのコーナーを見ていると、いつもマルケリアがルキウスに出す時に使っているのと同じものが並んでいて、思わず値段を確認してしまう。便箋だけではない。インクも、ペン先も、使うとその分をいつの間にか補充されていて、自分で買うことがなかったものだ。
辺境に来てから、自分で支払いをしたことがないのに、改めて気がつく。今日の買い物も、ラヴィアがまとめて支払っていた。
毎日の服や、靴。用意されてきたそれらは、レオニウスが支払ってきたのだろうか。マルケリアにも、王家から補償のために渡された慰謝料がそれなりの金額あるのだが、誰も何も言わないので全くそれには手をつけずにきてしまった。
もしも王都に帰るのだとしたら、これまでマルケリアにかけられてきたお金は、返したほうがいいのではないかと思いつく。
帰ったら、エヴァルドに一度話してみるべきかもしれない。マルケリアはそう思いながら、手にしたレターセットを戻した。
ここでも、ラヴィアはたくさんのレターセットやカード、日記帳、インクやペン先などを購入していた。マルケリアも、新年の挨拶を書くのにちょうどいいカードを数枚選ぶ。ラヴィアとレオニウス、エヴァルドとカシアン、彼らの分くらいは、用意したいと思ったのだった。
「どこか、行きたい場所はありますか?」
文具店を出る時にそう言われて、マルケリアは首を振った。元々、ラヴィアに誘われたから気分転換のために出てきただけで、目的のようなものはない外出だった。
「書店とかもありますけど」
「まだ、ラヴィアが用意してくれたもので読みかけのものがあるから、今はいいわ」
「でしたら、少しお付き合いください」
買ったものを騎士に渡してから、ラヴィアが歩き出す。商店街から少し離れた、住宅がちらほらと見える場所に、その建物はあった。商店とも、一般家屋ともつかない、少し大きめの建物。神殿が近くに見える。街の中心部に近いようだった。
「ここは?」
「街の集会所です」
「集会所?」
「街の人たちが、自由に集まって使うことのできる空間です。辺境がお金を出していて、代官のカロン卿が管理しています」
扉を開けて入ると、小さな空間があって内側にももう一枚扉があり、そこをさらに開けると広々とした大きな部屋に、テーブルと椅子がいくつも並んでいる。そこには、女性たちが思い思いに座り、何か手作業をしているようだった。
「ラヴィア様」
近くにいた一人が声を上げる。
「少し、覗きに来ました」
ラヴィアが微笑んで言うと、そこかしこにいた女性たちが、作業を中断して集まってきた。
「ああ、どうかレオニウス様にお礼を伝えてください。新しい内職を紹介してくれたおかげで、子供を学校にやることができるようになりました」
「うちは、家を建てるための資金を貯めています」
「病気の母に代わって、家計を助けることができるようになりました」
「村に住む母に、仕送りをしてやれます」
女性たちに囲まれたラヴィアは、慣れたように話を聞いて、頷き、微笑む。それを、マルケリアは黙って見つめた。レオニウスのやったことは、こんなに辺境を変えたのだな、と、改めて感心する。あの人の即決はやはりすごいと思う。
「火吹き蜥蜴の端切れでエプロンを作ることを思いついたのは、王都からお預かりしている、お勉強好きのご令嬢なんですよ」
ラヴィアが言うと、女性たちはレオニウスに対するのと同じように、口々に感謝の言葉を繰り返した。マルケリアはそれを、輪の外で呆気に取られて見つめる。ラヴィアは、その様子をじっと観察していた。
一通り、女性たちの感謝の言葉を聞くと、ラヴィアが微笑んで言った。
「ちゃんとあなたたちの言葉は、レオニウス様にも、ご令嬢にもお伝えしますよ」
それを聞くと、皆が安心した様子で自分たちの席に戻っていく。
ラヴィアがこちらに来て、袖を軽く引いて外へと促した。マルケリアは少し混乱したまま、ラヴィアについて歩く。二重の扉を抜けて外に出ると、冷たい風が吹き抜けて、思わずコートの前をかき合わせた。
「せっかくなので、もう一箇所見てから帰りましょうか」
混乱したままのマルケリアを先導して、ラヴィアがまた歩き出す。つられるようにしてついて歩きながら、マルケリアはまだ、先ほど見た光景を思い出していた。
神殿の前を通り抜けて、少しすると街の外れについた。一階建ての新しい建物に、人が出入りしている。出てくる人たちは皆、どこか満足げな様子だ。
「公衆浴場です」
「まあ、ここが」
しかし、ラヴィアは建物のそのまま裏手に回る。裏側にも小さな出入り口があり、その外では男性がかまどのようなものの上に網を乗せ、手のひらに乗るほどの石を並べて焼いていた。その石を桶に入れて建物に持ち込む男性もいる。
彼らは一瞬やってきたラヴィアたちに警戒するような視線を向けるが、後からついてくる騎士たちを見ると、慌てて目を逸らした。
「ローレンさんという方はいますか?」
ラヴィアが声をかけると、石を焼いていた男性がおずおずと答えた。
「ああ、中の事務室にいるはずだ」
「ありがとう」
ラヴィアは軽く一礼すると、裏口の扉を開けて中に入っていく。マルケリアも慌てて後を追った。
細い廊下があって、進むといくつかの部屋があるようだった。扉はついていない。ラヴィアはそのうちの一つに入っていった。
「あなたがローレンさんですか? 私は辺境伯家の者です」
ラヴィアが、褐色の髪に茶色い瞳をした若い男性に声をかけると、その男性は一瞬びくりと肩を震わせてから、見ていた書類から目を上げた。
「ああ、はい、そうです。私がローレンです」
席を立ち、少しおどおどした様子で答える。ラヴィアはその様子を気にすることなく、続けた。
「街の皆さんの反応はどうですか?」
「ええと……とても、喜ばれています。銅貨五枚でたっぷりの湯に浸かれるなんてとても贅沢なことですし、冬なので、ゆっくりと熱い湯に浸かれるのは気持ちがいいそうです。体も温まるし、今年はまだ風邪をひいていないと言ってる人が増えています。古傷の痛みや、関節の痛みが和らいだと言っている年寄りも多いです」
「あなたは、入ったことがありますか?」
「ええ、カロン卿が許可してくれたので、従業員全員、毎日、閉める前に入ってから帰っています。ちょっとぬるくはなっていますが、それでも体の芯から温まるので、帰り道も身体がポカポカしていますね」
「それは良かった」
ラヴィアが言うと、ローレンはホッとしたような表情を浮かべた。
「何か、困っていることはありますか?」
ラヴィアの質問に、ローレンは少し迷うような様子を見せた。しかし、少し経つと言い淀みながらも口を開く。
「客の人数が多すぎて、湯の入れ替えが間に合っていませんね。すぐに汚くなってしまうので、石を焼くのも間に合っていなかったり、たまに水魔法の使い手が限界まで呪文を使って、魔力を使い果たして倒れたりしています」
「水の魔法使いは何と言っていますか?」
「こんなに稼げる仕事を逃したくないと、無理をするようです。呪文の使用回数に対して、決まった賃金を払っているので」
「それは少し問題ですね。カロン卿には?」
「一昨日、お伝えしました。でも、すぐに新しい水魔法の使い手が見つかるものでもありませんからね。今いる水魔法の使い手と、仕事の取り合いになるのもまずいですし」
「なるほど。その件はレオニウス様にもお伝えしておきます。水魔法の使い手については、辺境が管理していますので」
ラヴィアが言うと、ローレンは安堵した様子で礼を言った。
マルケリアは、始まったばかりの事業がもうこんなに効果が出ていて、さらには新しい問題まで出てきていると知って少し驚いた。マルケリアは水魔法の伝播の件で少し関わっただけだが、さすがに自分が何もしていないとはこの件に関しては言えない。辺境に水の生成魔法を持ち込んだのは自分だからだ。
無理をして倒れるまで呪文を使う者が出るなんて、考えていなかった。レオニウスが高い賃金で雇うと言っていたから、皆それで満足するとばかり思っていたが、そうでもなかったのか。責任を感じてしまう。その様子を、ラヴィアが困ったように見つめていた。
馬車に乗った帰り道で、二人は静かだった。マルケリアが、水魔法の使い手の問題を考えていたからか、ラヴィアは無理に話しかけてくることはなかった。
マルケリアは自分の疑問や発言から政策が生まれるのは、王都にいた頃にもあったので慣れていたが、いつもその先は完全にルキウスの管理の下で行われていたので、その後に起こる問題があるということを、初めて知ったのだった。




