秋6
屋敷の人たちが領民たちに水の魔法を伝播している間に、秋もたけなわの時期になってきた。屋敷の周囲にある木も紅葉し、色鮮やかな落ち葉が風に舞う。夏の麦の収穫も無事に終わって、冬を間近に備え、辺境の地でも収穫祭の季節となる。
「収穫祭?」
「ええ、色々な村や街で行われます。特に街の収穫祭はたくさんの屋台や、旅芸人の演劇と歌、葡萄酒の飲み比べとか、飛び入り参加もありの群舞など、見るだけでも楽しいものですよ」
ラヴィアが、温かいお茶を注ぎながら言う。午後の中庭でのお茶の時間も、そろそろ膝掛けが必要になってきた。中庭には真紅の秋の薔薇や、白やピンクの秋明菊が咲き乱れ、目を楽しませてくれている。
「でも、勝手に外出するわけにはいかないでしょう?」
マルケリアが答えると、ラヴィアはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張った。
「もちろん、レオニウス様の許可は取っていますよ! その綺麗な銀髪だけは目立つので帽子で隠してもらいますが、念のため護衛をつけるのと、髪さえ気をつければ街に出掛けても構わないそうです」
「あら、そうなのね」
案外と簡単に外出許可が取れて、マルケリアは拍子抜けする。
「レオニウス様はご一緒しないの?」
「置いていくに決まっているでしょう? あんな人を連れていたら、目立って仕方ないですよ。当日、レオニウス様が部下を連れてウロウロしてくれれば、そっちが目立って私たちは隠れやすいです」
そんなことで、街の収穫祭に遊びにいくことになった。
収穫祭当日は、秋らしい高い空に、雲一つない晴れの陽気だ。
街へと向かう馬車の外に、二人、騎馬の護衛騎士がついている。見知らぬ男性の気配に腰の引けるマルケリアだったが、ラヴィアが彼らと親しげに声を交わす様子から、知り合いだとわかって、少し緊張が解ける。
見せてもらった書類から今年の夏の麦の収穫高を知ったが、やはり畑の面積の割に収穫量が多い。魔物素材の廃材を肥料にしていると聞いたが、かなり効果があるようだ。それによって、辺境はわずかにしか外から麦の輸入をせずに済んでいる。収穫を祝う人たちも、さぞかし誇らしいだろう。
そんなことを話すと、ラヴィアに「姫様は本当にお勉強がお好きですねぇ」と、少し呆れたように言われてしまう。自分でも、少し職業病のようだという自覚はあった。もう、王家の政務を手伝うことはしなくてもよくなったのに、ああいう書類を見ていると気持ちが落ち着くのだ。
最近読んだ本の内容や、思っていたよりも、辺境に水魔法の特性を持つ者が多かった話などをしているうちに、馬車はメインストリートの起点である街の外れに着いた。ここで降りて、街歩きを楽しむ予定だ。
下馬した騎士の一人に馬車を降ろしてもらい、街に立つ。ラヴィアもすぐに横に並んだ。後ろに二人の騎士を連れて歩く二人は、街遊びに来た、辺境の貴族の娘に見えるだろうか。深く被った帽子の陰から街の景色を眺める。
街には、多くの人々が集まっていた。様々な屋台が並び、そこかしこに花や色とりどりの布が飾られ、明るい雰囲気を作っている。
どこか遠くからバグパイプの陽気な音楽が聞こえていて、そぞろ歩く人たちは皆が笑顔だ。通りの角には、いくつか葡萄酒の樽が置かれていて、そこで木のカップに入れた葡萄酒を無料で配っているらしく、大勢が並んでいた。
「姫様は何か、食べてみたいものとかあります?」
ラヴィアに尋ねられて首を傾げる。
「実はこういうお祭りって来たことがなくて、何があるのかよくわからないの」
そう言うと、ラヴィアは「では、お任せください」と言って大きく頷いて見せた。
「まずは、あそこにある、果物に飴をかけたものを食べましょう」
指を差された先を見ると、串の先に皮を剥いた葡萄や、一欠片の林檎、西洋梨などが刺して置いてある屋台があった。隅の方にぐつぐつと甘い匂いのする鍋をかけてあり、それが溶かした飴のようだった。
「私は西洋梨にします。姫様は何にしますか?」
「ええと……それでは、私は林檎にしようかしら」
マルケリアがそう言うと、ラヴィアが「林檎と西洋梨を一つずつ」と、屋台の女性に注文する。女性は「あいよ」と答えると、串を飴の煮える鍋に入れてくるくると回し、取り出すと『冷やせ』と唱える。見る間に透明な飴が冷えて固まった。
渡されたそれを受け取り、そっと口元へ運ぶ。ほんの三口ほどで食べ切れるような一欠片の林檎。端を噛むと、飴の砕けるシャリっという音がして、口の中に砂糖の甘みが広がる。次いで、林檎の瑞々しさと甘酸っぱい味がした。
「軽めのものから食べ始めると、種類をたくさん食べられるんですよ」
梨の串を齧りながら、ラヴィアが言う。立ってものを食べるのは立食パーティで経験済みだけれど、外で食べながら歩くということはしたことがない。少し不安を感じていたが、ラヴィアは歩き始める気配はなく、二人で店先でそのまま立って食べた。食べ終わって、串を屋台の横のゴミ箱に捨てる。
「次は何にしましょうか? クレープ、焼き栗、飴細工、揚げ菓子。パンに細かな肉を挟んだもの、串焼肉、揚げた肉。魔物肉の燻製や、ジャーキーなんてものもありますよ」
「飲み物が欲しいわね」
「新鮮な果汁のジュースや果実水、葡萄酒や蜂蜜酒にスパイスを加えてお湯で割ったもの、エールなんかがありますね」
ざっと周りを見渡して、ラヴィアが答える。こんなにたくさんの店が並んでいるのに、どうして一目見てすぐに見つけられるのだろう。思わず感心してしまう。
「果汁のジュースが飲みたいわ」
「じゃあ行きましょう。あっちです」
ラヴィアが選択肢をいつもくれるから、選ぶことに躊躇いがなくなってきた。何を選んでも正解とは言ってくれない代わりに、何を選んでもそれで良いと言ってくれる。自分の要望を口にすることを我が儘とは呼ばないのだと、この半年以上をかけてマルケリアに教えてくれた。
搾りたての梨のジュースを飲みながら、街の中央のあたりの広場に設置された舞台で、旅芸人がたくさんのボールを投げては受け止める大道芸を見学する。次は、寸劇をやるというので、そのまま固い椅子に座って待つ。待っている間に、ラヴィアが飲み終わったカップを返すついでに、屋台で目の粗い紙の袋に入った焼き栗を買ってきてくれた。
ラヴィアが剥いてくれたホクホクとした熱い栗を、ふうふうと冷ましながら食べる。口の中に入れると熱くて、じんわりと甘い。砂糖の甘味とは違う、自然な甘さ。少しお行儀が悪いと思ったが、その背徳感すらも美味しい調味料だった。
寸劇は、マルケリアでも読んだことのある有名な喜劇の一部のシーンを切り取ったもので、王様と家臣の噛み合わないのに噛み合ってしまう、どこかおかしなやり取りが繰り広げられる。セリフのたびに周囲がどっと笑い声に沸く。王都の観劇では経験したことのない一体感に、マルケリアは酔いしれた。
舞台前から移動して、今度は『猪もどき』の串焼きを食べる。屋敷で食べてきた魔物肉よりも少し固いが、濃い味付けのソースに、よく噛むと旨みのある滋味がじわりと広がった。横では護衛騎士たちも交代で食べている。マルケリアが自分たちだけ食べているのも気になると言って、交代で食べる許可を出したのだ。
王都でもルキウスとお忍びで街歩きはしたことがあったが、屋台のものを食べるなどということはしなかったし、市場を見て回るという視察寄りのもっと物々しい感じのものだった。目的もなく、ただ、見たいもの、食べたいものを探して回るなどという効率の悪い遊びは、経験したことのないものだ。
ふとした瞬間に、ルキウスと離れていても、楽しく笑えている自分に気がつく。それをちょっと前までは裏切りのように感じていたけれど、今のマルケリアはそうではない。
夏の端切れエプロンが実現した時から、少しずつ自信がついてきて、今はそういう自分を正面から受け止めることができるようになってきた。辛いことがあっても笑って良い。楽しむことは罪ではないのだと、そう思うようになってきた。
「姫様、最後の締めはクレープと揚げ菓子どちらが良いですか? どちらも美味しいですよ」
「素敵なデザートね。迷ってしまうわ」
ラヴィアの提案に笑顔で応じる。どちらを選んでも間違いではない。ラヴィアはどちらを選んでも、「そうしましょう」と言って笑ってくれると知っている。だから、辺境ではマルケリアの好きなほうを選んでも良いのだ。




