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仮初の一年  作者: 肺魚


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20/25

秋4

 秋になると、レオニウスの遠征も、繁殖期である春はもちろん、夏に比べても目に見えて減ってきていた。魔物素材の献上のついでに行われる手紙のやり取りもそれは同様で、マルケリアは気が急く日々を送ることとなった。何度も確認しては書き直した手紙をレオニウスに預ける頃には、秋はすでに半ばを過ぎている。

 今日もかぼちゃのスープやきのこと一緒に蒸した鮭、栗のたっぷり入ったパウンドケーキなど、辺境の秋の恵みを口にしながら、返事を晩秋の思いで待つ。この手紙のやり取りを始めてから一番の、請うような気持ちだった。

 エヴァルドから待ち侘びていた手紙を受け取ると、さっそく開く。ルキウスのいつもと変わらない美しい文字が、目に飛び込んでくる。

『相変わらず、辺境でも色々な試みをしているんだね。元気そうで安心しています。質問にあったことを調べました。まず、魔力の定義について。王都では、魔力を持つ者は全員、貴族の血を引く者として見做されます。つまり、平民だから魔法を使ってはいけないという、明確な法律はありません』

 そこまでを読んで、マルケリアは頷く。やはり、そうだった。王都では魔力を持つものは平民でも皆、貴族の血を引く者という認識だった。だから、平民も許可を得れば魔法の使用を認められている。ただし、使い道は染み抜きのための特殊な洗浄魔法や、保存用の氷を作る魔法など、貴族の役に立つ魔法に限られていた。

 問題は、水魔法が貴族の役に立つ魔法として振り分けられているか、だ。気が急きながら続きを読む。

『水の生成魔法は、灯火の魔法に次いで学園でも習う基礎的な生活魔法です。水という、人が生きていくために必要なものを生み出す魔法は、重要ではあるけれど、現時点では攻撃魔法への転用が不可能とされているため、機密扱いにはなっていません。そして、マルケリアの統計によって分かった、清浄な水で予洗いすることで神殿での治癒魔法を効率化することは、新たな王家の政策として全国に広めている最中です。よって、北の辺境の神殿の効率化のために水魔法の広い伝播が必要だという意見には、王家としては是と答えます。実際にはやや解釈の分かれるところではありますが、その辺りの調整は、レオニウスなら上手くやることでしょう』

 マルケリアは深く安堵の息を吐いた。ルキウスのことだから、きっと過去の文献まで調べた上で、返事を書いてくれたに違いない。

 王太子として忙しくしている彼に頼み事をするのは気が引けたが、それでも辺境の役に立つことなら、マルケリアは何でもしてみたいと思った。ルキウスは、その想いに応えてくれたのだ。これで、レオニウスに、辺境に報いれる。胸が熱くなった。

 エヴァルドに、近いうちに一度、レオニウスと話をしたいと伝言する。その願いは、翌日には叶えられた。

「水の生成魔法を辺境の皆さんへ伝えても構わないという、王太子殿下からの返事を得ました」

 そう言って、手紙を差し出す。

「私が読んでも構わないのですか?」

 驚いたようにレオニウスが言う。レオニウスに宛てた手紙に混ぜるという方法をとっている以上、パッと一部が目に入ることはあるのだろうが、読もうともしていなかったことが知れて、マルケリアは深い感謝を覚えた。実際には二人とも、見られて困るような内容の手紙は書いてこなかったのだが、その気持ちが嬉しい。

 マルケリアは頷いて、目を通してくれるように勧めた。「失礼」と断って、レオニウスが手紙を読む。その表情は、徐々に驚きに満ちたものに変わっていく。

「王都の水魔法を、辺境に……?」

「はい、そうすれば、神殿で使う清浄な水には困らなくなると思います。魔法で出す水は、何も余計なものを含まない純粋な水ですから、深い井戸の水よりも清潔です」

「驚いた……。水魔法で出す水はとにかく不味いので、使い道など、遠征で逸れた騎士が生きるために飲むくらいしか、ないと思っていました。そうか……魔法で出した水を使えばよかったのか!」

 レオニウスが興奮したように言う。辺境式の瞬間的な魔法だと、まとまった量の水を得るのが難しい。だから、神殿の話をした時には、レオニウスの意識にはのぼらなかったのだと思う。

 マルケリアも、辺境に住む人々が、平民でも簡単な生活魔法が使える程度の魔力を持っていると知れなかったら、こんな提案はしなかったはずだ。あの狩猟会の日に、ラヴィアとの何気ない会話でそうと知れたことを、マルケリアはタイミングが良かったと思う。

「水の生成魔法は、私が覚えていますから、お教えすることができます。一回で、大きな水桶に一杯分くらいの水を生むことができる魔法です」

 マルケリアが言うと、レオニウスは唇を震わせた。それから、絞り出すように礼を言う。

「本当に、ありがたいことです……大事な手紙の機会を辺境のために費やしてくれたこと、この辺境を預かる者として、心より感謝いたします」

「姫様、本当にありがとうございます」

ラヴィアも、深く頭を下げてお礼をしてきた。マルケリアは焦って首を振る。

「私が辺境にしてもらっていることのほうが多いのですもの。こんなの、まだ全然足りないわ」

「それは違います」

 レオニウスがすぐさま訂正する。

「夏の火吹き蜥蜴の端切れのエプロンだけでも、充分にあなたは辺境の役に立っています。さらには王太子殿下から水魔法を広める許可を得てくれるなど……本当に、こんなことは私では思いつきもしなければ、とてもできなかったことでしょう。王太子殿下がマルケリア様を重用していたこと、今では私も心から信じられます」

「そんな……エプロンの時は、私はただ、思いついたことを言ってみただけです。それを事業になさったのはレオニウス様ですわ。領主として立派なことです」

 感服した様子で言うレオニウスに、マルケリアもそう応じる。それから二往復ほどお互いにすごい、すごいと褒めあって、それからクスクスと笑い出した。

「キリがありませんね」

「ええ、本当に」

「さっそく、領内で水魔法の適性が高い者と、魔力の多い者の選定に入ろうと思います。カシアン! ちょっとこちらへ来い。今すぐに手配してもらいたいことがある」

「はい、伺います」

 執務室の隅のほうに控えていたカシアンが、こちらへやって来る。レオニウスは、さっそく水魔法を教える予定の者たちの選定を始めるように指示を出した。カシアンは頷いて早足で部屋を出て行く。

「それでは、水魔法を教えていただいてもよろしいですか? ——ああ、でもここじゃあ水浸しになるな。どこがいいだろう? 浴室……は、女性と連れ立って入るのには少し問題があるな」

「ただ水を出すだけなら、裏庭の畑の辺りでいいんじゃないですか? 水撒き用の桶をいっぱいにしてやったら、庭師たちも喜びますし」

 レオニウスの独り言に、ラヴィアが答える。

「そうか。では裏庭にご一緒ください。ラヴィアと……あと誰かもう一人か二人、ついて来い。せっかくだから一緒に覚えてもらう」

「庭に出るのなら、靴を外用に履き替えないと。姫様、すぐにお持ちするので、少しここでお待ちください」

 レオニウスを追うように、ラヴィアがバタバタと執務室を出て行く。執務室に一人残されて、マルケリアは返された手紙をそっと畳んで胸に当てた。

 王都と辺境は、馬車で十日ほどもかかる距離がある。早馬でも、一週間近くかかるだろう。王都は今のマルケリアにとっては、とても遠い場所だ。

 でも、こんなに距離を隔てていても、ルキウスと共同作業のようなことができた。辺境の役に立てそうなことはもちろん嬉しかったが、マルケリアはそのことも嬉しく思った。

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