夏・王都②
(王都側の話です)
マルケリアが最近の手紙に書いてきていた、イグニラケルタの端切れを継ぎ合わせた耐熱・耐火のエプロンが、王都にも届けられ始めた。マルケリアの見込んだ通り、鍛冶職人や料理人の間で密かに人気となり、あっという間に品薄になったと聞く。
元々、王都では魔物素材は貴重なので、人気が高い。さらには、これまで辺境でのみ流通していた新素材ということで、皆の注目を集めていた。
こちらからは、神殿への調査が終わったという報告を手紙に書いた。治癒魔法の効率がやけに良かった神殿と同じように、治癒魔法をかける前に清浄な水で傷口を洗ってから施術をすると、治癒魔法の消費魔力が抑えられ、さらに効果も高かったという結果が出ている。これからは、神殿での新たな常識になっていくだろう。
それも、マルケリアが残していった功績の名残だ。王家は本当に惜しい女性を手放したのだと、痛感する。王妃も、公務を分担していたマルケリアがいなくなって、前より忙しくしている。ロザリアは相変わらず、王太子妃教育から逃げ回っていた。
春のデビュタントでは、白い衣装などより華やかな桃色のほうが似合うと、ただ一人薄紅色の衣装で参加して度肝を抜いていた。婚約者である王家の用意したシンプルだけれど品の良い白い衣装を地味だと言って嫌がり、父親にねだって作らせたという。迎えに行ったら揃いの色の一つもなく、ルキウスもさすがに驚いた。
それだけならまだ他に迷惑がかかるようなことではないからいいが、最近は目に余る行動を起こすようになってきた。
王宮で毎週末舞踏会が開催されないと知ったロザリアは、王家の人間が出るに相応しい格かどうかもお構いなしに、目についたパーティーに片っ端から押しかけるようになっていた。招待状もなしにだ。しかも、当然のように婚約者であるルキウスを、パートナーとして連れて行こうとする。
公爵家や侯爵家、せめて伯爵家のパーティーならば、なんとか格好もつくが、子爵家や男爵家の主催する低位貴族向けの小さなパーティーにまで参加しようするので、ルキウスは断るのが大変だ。
「あら、未来の王妃が来たのだから、光栄に思いなさいよ」
招待状がないことを理由に入場を断ろうとすると、ロザリアはそう言い放って無理やり押し通ると言う。ルキウスに同伴を断られたからと、神殿の見目良い聖騎士をパートナーとして連れていることも多いと聞く。
押しかけられた家から、交流もない公爵令嬢が急に参加すると、皆が萎縮して楽しめないという抗議も複数寄せられている。それらを受けて、父親であるグラシエル公爵に注意をするよう、王家から伝えなくてはならなかった。
お茶会では、あらかじめ決められた色のドレスを着ていく手筈が、当日の気分でコロコロとドレスの色を変えるため、他の令嬢と色が被ってトラブルになっていた。
義理の娘とはいえ現在は公爵家令嬢であるロザリアと色が被ったら、本人のせいでなくても他の令嬢が欠席したり、着替えなくてはならなくなる。先日もそうして欠席するしかなくなったのが、主催者である侯爵令嬢の親友であり、淑女の中の淑女として名高い令嬢だったことから、令嬢たちの間での評判をかなり落としたと聞く。
また、参加したパーティーやお茶会で、自分が王妃になったら月に一度は豪華なパーティーを開くようにすると豪語しているという。国宝の宝石をドレスを飾るのに使いたいという、恐ろしい計画も漏れ聞こえていた。
パーティーを開く費用をどう捻出するのかと訊くと、悪びれることもなく金を持っている商人たちからの税を増やせばいいと答えたそうで、商人が多い議会派の人間もさすがに、匙を投げ始めている。
それでも、相変わらず神殿には通い詰めて日々、その圧倒的な治癒魔法を披露しているので、民の人気だけは上がる一方なのが、議会派にとっても頭の痛い問題になりつつある。彼女はそんなことも知らずに、さすが聖女様、素晴らしい。神々しい。可愛らしい上に心根も美しい。そういう称賛を受けるのが気持ちよくてたまらないと、王太子妃教育から逃げ出した先の神殿で、治癒魔法を気前良く振り撒いている。
礼儀正しく接してはいるが、あまりチヤホヤしないルキウスに苛立ってか、神殿でつけられる聖騎士たちの品定めを始めたらしく、見目の良い騎士たちばかり集めて周囲を守らせていると聞く。聖騎士たちは聖女であるロザリアを手放しで賞賛するので、ロザリアはますます神殿に入り浸るようになる。悪循環だった。
グラシエル公爵には何度も、王太子妃教育を終えなければ王太子妃にはなれないと、そう伝えている。マルケリアが十一年かけて学んできたものだ。簡単にはいかないのはわかっている。学園に通う三年だけで追いつくことなどできないということも、理解している。
それでも、最低限というレベルはあるし、せめてやる気くらいは見せてほしい。王家は繰り返し、そう伝えてきたが、ロザリアが王太子妃教育から逃げ出すのは改められることがない。
勉強嫌いのロザリアには無理だと最初からわかっていたからこその、マルケリアの辺境への嫁入りだった。予想通りの結果が出ているに過ぎない。議会派も、まったく手綱が握れないロザリアを持て余し始めている。それでも、民間の根強い人気を無視することはできなくて、彼女はなおも王太子妃候補として君臨している。
ここから、どうすればロザリアを退けてマルケリアを呼び戻せるのか。ルキウスはロザリアのことを、少し見誤っていたことを認めざるを得ない。
てっきり、ルキウスが婚約者になったら、見せびらかすのに夢中になって、民の治療を面倒がると思っていた。しかし、毎週末のパーティーに参加しながらも、神殿での治療には熱を入れたままで、治癒魔法を面倒がる素振りは見られない。
チヤホヤされるためとはいえ、平民と会って治療することを嫌がらないのは、確かに聖女としての優れた資質なのだろう。そこだけは、ルキウスも評価せざるを得ない。致命的に、王太子妃に——王妃に向かないだけで。
その点、マルケリアは当たり前に当たり前のことができている令嬢だった。特別に突出していることがないせいで、地味だとか目立たないとか言われていたが、目立つ存在であることは王族になるのに必須ではない。
お茶会では、控えめながらも必要な時に必要なことが言える令嬢だったし、その細やかな観察からなる気配りが密かに喜ばれていた。パーティーでも、相対した相手に対しての話題選びと、さりげない褒め言葉がいつも感心の的だった。
控えめで目立たないが、会って話すと印象の変わる娘。それが、王宮でのマルケリアの評価だ。
政務でも、ルキウスの思考の助けとなるような、下調べや統計を嫌がらずに、むしろ嬉々としてやっていた。細かな数字を見るのが苦にならないタイプだったので、とても助けになっていたのだ。
共に学んで、一組の婚約者として、互いを補い合うように育っていった。それだけに、いなくなると半身をもがれたように喪失感を覚える。好意を持っていたのももちろんあるが、それ以上にルキウスのパートナーとなる王太子妃として、理想的な育ち方をしていたのがマルケリアだ。
彼女がいなくなってからは、政務の質が下がっている気がする。今は寝る時間を減らして対応しているけれど、その不在を埋めるのにはそれでも足りない。
議会派の連中も、そろそろ気がつき始めている。自分たちが何をしでかしたかを。どんな価値のある令嬢を追い払ったのかを。
それでも、民の間で人気がある限り、ロザリアはルキウスの婚約者としての地位を守り続けるだろう。約束の時までもう半年だ。あと半年で、本当にマルケリアを迎えにいくような状態にできるのか。ルキウスはあまりの忙しさもあって、少し自信がなくなってきていた。
それでも、諦めることだけはできない。したくない。
「そのためにも、できる限りの手は打たないと……」
まずは、ローデリオン皇国に手紙を書かなくては。
マルケリアの控えめな笑顔を思い出す。辺境から送られてくる手紙も、またマルケリアが新しく一歩を踏み出したと知らせてくれて、ルキウスの気持ちを奮い立たせる材料だった。




