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仮初の一年  作者: 肺魚


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15/24

夏7

 昼食を終えると、また徒歩で次の店に向かう。次は、魔物素材の加工を行っている工房を見るのだという。

「火吹き蜥蜴——イグニラケルタの皮は、前にも申し上げましたが、防御力が高く、耐熱・耐火の効果があるため、辺境の騎士団の装備として加工されます。主に盾の表面や、マントですね」

 カシアンがマルケリアに囁くように教える。カシアンがついてきたのは、マルケリアに色々と教える係としてかもしれない。マルケリアが視察で退屈しなくて済むように、レオニウスが手配してくれたのだろう。

「ずいぶんと大きな個体なのですね」

 なめされた皮は、マルケリアが両手を軽く広げたくらいの幅がある。長さはマルケリアの身長とそう変わらないくらいだ。大きい。

「呼び名こそ見た目が似ているからと蜥蜴ですが、実際かなり大きな魔物です。動きはそう速くはないのですが、防御力がとても高いので、仕留める時には氷結か雷の魔法を使うことが多いそうです。これでもしも魔法の耐性まで高かったら、無敵でしょう」

 大きな皮を丸々一枚使って盾を、二枚つなぎ合わせてマントを作るらしい。切り落とされた足や尻尾の部分と、手のひらほどの端切れが、工房のそこかしこに落ちている。それを、見習いの少年が雑に箒で部屋の隅に寄せていた。

「あの端切れはどうなるのですか?」

 マルケリアが尋ねると、カシアンはチラリとそちらを見て答える。

「乾燥魔法をかけてから粉々に砕いて、肥料になります。防御力は、大きな面の時が一番高いので、小さな端切れはつなぎ合わせてもほとんど役に立たないのです」

「あの、小さくなると防御力が落ちるとして……それ以外の、耐熱や耐火といった効果も落ちるのでしょうか?」

 マルケリアが尋ねると、カシアンは虚をつかれたように黙り込んだ。

「いや、それは……どうなんでしょう? ちょっと職人に訊いて参ります」

「え、わざわざ訊かなくても」

「いえ、私も気になりますから」

 そう言うと、カシアンは職人と話しているレオニウスたちの元へ歩いて行った。カシアンはまずレオニウスに声をかけ、それから職人と話す。マルケリアは落ち着かない様子で、それを見守った。

「端切れに耐熱と耐火の効果が残っているかって?」

「ええ、防御力は小さくなると落ちると聞いていますが、他の効果はどうなのかと」

「効果自体はある程度残ってはいるが、防御力が落ちたら盾やマントにはならないだろう」

「それは、そうなのですが」

「待て。それはもしかして、彼女の質問か?」

 レオニウスが口を挟む。マルケリアは邪魔をしてしまったかと思い、どきりとした。レオニウスがこちらを見る。そして、ゆっくりとした足取りで近付いてきた。

「何か、思いついたことでもあるのですか?」

 手の届かない程度の距離まで近付くと、真っ直ぐな視線でそう訊かれる。マルケリアはドキドキとしたままで、口を開いた。

「あの、もし防御力がなくなるだけで、耐熱・耐火の効果が残っているのならば、端切れをつぎはぎしてエプロンのようなものを作れないかと考えました」

「エプロン」

 鸚鵡返しにそう呟いて、首を傾げる。

「火を扱う、料理人や鍛冶屋が使うのにちょうど良いかと思ったのです。王都では、魔物素材はとても高値で取引されます。だから端切れでも、他に使い道があるのなら、そのまま肥料にしてはもったいないと、そう思って……」

 だんだん声が小さくなっていく。そういった質問を面白がって拾い上げてくれたのは、王都ではルキウスだけだった。つい、そのころの癖でこの場でも疑問を口にしてしまったが、ここでのマルケリアは部外者だ。意見を言うような立場にない、ただの客人。

 レオニウスの背後に立つケイランの、冷たい視線が刺さるように感じた。

「なるほど、それはなかなかいいアイデアかもしれません。あの端切れを、エプロンに仕立てて王都へ売ろうと言うのですね」

 感心したようなレオニウスの声を、マルケリアは信じられない思いで聞いた。

「どうだ? そういったものを作ることはできそうか?」

 振り返って職人に声をかける。職人は戸惑った様子で床に落ちた端切れと、レオニウスの顔を交互に見た。

「うちは盾とマントの工房だから、そういった細かい繕い物は門外漢だ。服飾屋か、繕い物を内職している女どもに聞いたほうがいい」

「そうか。それでは、これまで捨てていた端切れをもらい受けることはできるか?」

「それくらいなら、今すぐにでも。まだ今日の分は乾燥処理してないから、すぐに持って来られる。——おい、ローク。集めた端切れを全部持ってこい。裏にしまった分も全部だ」

 見習いの少年が裏に走っていく。レオニウスは、カロン卿に話しかけていた。

繕い物(パッチワーク)が得意な者たちに当てはあるか?」

「王都から来る貴族の服の修繕をしている工房が、裏通りに一つあります。あとは、宿屋の店先にでも張り紙をすれば、内職を探している店のおかみさんや娘たちが集まると思います」

「とりあえず、その工房に試しで見本をいくつか作ってもらおう。実際に商売になるようなら、内職の一つとして改めて人を集めればいい」

 マルケリアのちょっとした疑問が、目の前で事業化されている。あっという間に手配を整えてしまったレオニウスを、マルケリアは驚いて見つめた。

「そんな……私のちょっとした思いつきを、そんなふうに簡単に取り入れてしまって、本当によろしいのですか?」

 おろおろと声をかける。レオニウスは、青灰の瞳で、マルケリアを見つめ返した。

「辺境を強く、豊かにするためなら、私はどんなことだってしてみせます。あなたの思いつきは、役に立ちそうだった。だから拾わせていただいた。それだけです。あなたこそ、自分の思いつきを利用されたと怒ってもいいのですよ? 思いつき(アイデア)料を請求されますか?」

 堂々と、そんなことを言う。レオニウスはどこまでも真摯だ。

 自分の意見が簡単に目の前で形になろうとしていることに、マルケリアは戸惑った。これまでの思いつきは、すべてルキウスが調整した上で、マルケリアの目に入らないところで実現されてきた。あとから結果を知ることはあっても、こんなふうに目の前で実現されたことはない。

 けれど、レオニウスは違う。話を聞いてすぐに、形にしてしまった。

「いいえ、いいえ。とんでもないことです。私の疑問なんて、王都の人間なら誰にでも思いつく程度のことです。それを形になさると決めたのはレオニウス様ですもの。もし、これが形になったとしたら、それはレオニウス様の功績です」

「それは少し、卑屈が過ぎますな」

 眉を下げて、困ったように微笑む。聞き分けのない子供を見るような視線だった。

「王太子殿下は、あなたの思いつきにはただならぬものがあると、そう仰っていました。だから私も耳を傾けることにしたのです。あなたは有能だ。ちゃんとそれを、受け入れられたほうがいい」

「そうです! 姫様はすごいんです」

 レオニウスを支持するように、ラヴィアも言う。マルケリアは戸惑いながらその賛美を聞いて、落ち着かない気持ちになった。

 そのあと、他に二店ほどを回って視察は終わった。すっかり陽が傾いている。これからまた一時間半かけて屋敷に戻ったら、さすがに陽の長い夏とはいえ暗くなっている頃合いだろう。

 馬車が回されてくるのを待つ間、店先に設けられたテーブルでお茶をいただいて、ご不浄に立つ。ラヴィアもついてきて、二人で用を済まして、帽子を被り直してから席に戻る。

 そこで、ケイランの鋭い声を聞いた。思わず、立ち止まる。

「閣下。いくら王太子殿下の頼みだからといって、中央の貴族令嬢を形だけとはいえ妻に迎えるなど——しかも、あの令嬢は聖女である義理の妹とは不仲と評判ではないですか。何かあった時に、聖女の助力が得られないなどということになったら、いったいどうされるのです」

 息を呑む。マルケリアはギュッと胸を掴まれたような気持ちになった。

「聖女を支持しているのは議会派だ。元々敵対している相手に嫌われても、今さらどうということはない。それより、少し声を抑えろ。周りに聞かれる」

「もし、もしも閣下に万が一があった時に、聖女の力を頼れなければ……この北の辺境は終わってしまいます」

「そんな心配はするものではない。そのためにお前や騎士団の皆が、私を守ってくれているのだ。私はお前たちを信頼している」

「レオニウス様を心配するケイランの気持ちも、北の辺境を議会から守ろうとしてくれている王家に報いたいレオニウス様の気持ちも、私はどちらもわかります。けれど、あの方自身に問題があるわけではないのも、王家が慰謝料を支払ったことで証明されています。私は、あの方に気持ちよく辺境に滞在していただきたい。そう考えています」

 淡々としたカシアンの声が聞こえてくる。マルケリアはその場に立ち尽くしたまま、それを聞いていた。ラヴィアが、袖を軽く引く。

「ケイラン様は、ただレオニウス様を心配しているだけで、姫様のことを嫌っているわけではないです」

「ええ。わかっているわ」

 微笑んで答えると、怒ったようにまた眉を寄せられた。

「こういう時に無理に笑うのはなしですよ」

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