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仮初の一年  作者: 肺魚


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夏6

 ポーションというものは、王都では案外見ない。怪我は、神殿で神官が治癒魔法を使って治すものという認識が強いからだ。あとは、騎士や軍人が一時的な血止めの魔法を使うくらいだった。

 病気に関しては、規格外の治癒魔法を使う聖女以外は、体力を少し取り戻す程度にしか役に立たないので医者や薬師の領分になるが、それも大抵は薬草を煎じたものを使った治療が多い。一部の疾患に絶大な効果を発揮する魔物素材を使った薬などは、王都でもたまに流通しているが、それ以外で見ることは少ないのだ。

 怪我を治癒魔法ではなくポーションで治す必要があるのは、神殿から離れて旅をする商隊であったり、神殿のない地域に住む人々、軍事行動中の軍人などである。北の辺境の場合は、街に神殿はあるが、騎士たちは魔物を狩る際に神官のついてこられない外壁の外に赴くため、ポーションを携帯する必要があるのだという。

「同じポーションでも、切り傷に効くものと、打撲に効くもの、火傷に効くものとでは種類が違います。外傷を治すという意味では同じなので、どれを使っても多少の効果はありますが、やはり特化したもののほうが効果は高いです」

 マルケリアがずらりと並ぶポーションの瓶を圧倒されながら眺めていると、カシアンがそう教えてくれる。

「今の時点で不足している材料はあるか?」

「今のペースですと、吸血棘蔦と、角兎の角が少し不足するかもしれないです」

「そうか。次の遠征で、少し多めに狩るように意識しておこう」

レオニウスと副官らしきケイアン、カロン卿は、店の奥で店主と話をしている。

「魔力回復薬の改良はどうなっている?」

「魔核を色々と試してみましたが、これまでだと火吹き蜥蜴と灰色狼のものが効果が高いですね。それ以外だと、どれも似たような効果です」

「魔力の回復薬などというものがあるのですか?」

 マルケリアの常識では、魔力は消費したら食べるか寝て、自然回復させるしかないと言われている。それをポーションで回復できるなどということができるようになったら、文字通り世界が変わる。

「まだ実験段階ですが、北の辺境(こちら)と軍の一部では試験的に運用されています。王家の方々が主導して、北の辺境と王都の魔法研究室のお偉方、それと軍の上層部で共同研究されている最先端の研究です。できれば、胸の内にしまっておいていただきたい」

 マルケリアの質問に、レオニウスが答える。王太子妃教育でも知らされていなかった、機密中の機密だ。それを、レオニウスは、こんなふうに簡単に開示してみせる。

「本当に、私などがついてきてしまってよろしかったのでしょうか?」

「レオニウス様は、本当に知られたくないことならちゃんと隠しますから、そこは安心してください」

 レオニウスより早く、ラヴィアが答える。レオニウスはそれに、苦笑して頷いた。

「今日の視察は、普通に街中で行われている程度の秘密ですから、あなたに見られても構わないものです。それに、あなたは重要な情報を簡単に人に話してしまうような方ではないでしょう?」

 レオニウスは、ルキウスからマルケリアのことをいったいどんなふうに聞いているのだろう。寄せられる信頼が重たい。けれど同時に少し嬉しくもある。

「閣下。そろそろ次の店に行く時間です」

 ケイランが、レオニウスにそっと呼びかける。マルケリアが視線を感じてそちらを見ると、一瞬目が合ったがすぐに逸らされた。

「そうか。次は?」

「もう一件、今度は魔物素材ではなく薬草で作られる薬師の店です。騎士団へ常備薬を卸している店になります。そのあとは、『黄金の上で寝そべる狼亭』で昼食の予定です」

 カロン卿が澱みなく答える。レオニウスはそれに頷いた。

 次の店までは徒歩で向かう。店の外で待っていた護衛騎士を引き連れて歩くと、街の人々がすれ違うレオニウスに笑顔で礼をしているのが見える。そこかしこで「レオニウス様だ」「領主様だ」という囁き声が聞こえた。自然と道が開く。街の人々に尊敬されているのが、見てわかった。

 薬師の店でも、レオニウスは店主と色々と話し込んでいた。騎士団へ薬を卸してくれていることへの感謝の言葉から始まって、それ以外の卸先の情報や、足りない素材、これから増やす予定の薬のこと、今街で流行っている病気があるかということまで、丁寧に聞く。書類でも知ることができるような情報に思えたが、レオニウスは真剣に耳を傾けている。

 マルケリアは、邪魔にならないように店の隅のほうで、薬の並んでいる棚を眺めた。のど飴や、岩塩、氷砂糖などといったものも、量り売りで並んでいる。

「岩塩や氷砂糖は、騎士たちもいざという時のために、一人ずつ服の内側にしまって持ち歩きます。もしも一人で逸れても、塩と砂糖と水さえあれば、数日は生きていられますから」

 そばにいたカシアンが教えてくれる。屋敷に守られて暮らしていては決して見えない過酷な辺境が、チラリと見えた。屋敷でみるレオニウスがいつも静かで穏やかなので忘れてしまいがちだが、辺境は魔物の住む地と地続きの防衛線だ。マルケリアは小さく唾を飲み込んだ。

 『黄金の上で寝そべる狼亭』は、街の中心に程近い位置にある、大きな宿だった。一階は食堂を兼ねていて、昼間はレストランとして泊り客以外にも料理を振る舞っているらしい。護衛を引き連れて入っても、充分に席が足りるほど広い店だった。

 レオニウスの両隣にカロン卿とケイランが座り、向かいにカシアン、マルケリア、ラヴィアが座る。レオニウスと向かい合って食事をするのは、もしかしなくても初めてのことだ。マルケリアは、少し緊張する。

「ここは、魔物肉も普通の肉もなかなか美味いですよ」

 レオニウスが笑顔で言う。マルケリアは、キョロキョロと周囲を見回した。旅装の人もいれば、街の住人らしき人もいる。ラヴィアがメニュー表を広げて見せてくれた。

「私個人としては、キッシュとか、オムレツとかの卵料理がオススメです。宿で鶏を飼っていて、いつも新鮮な卵を使っているんですよ。私は『猪もどき』のベーコンと、玉ねぎのキッシュにします」

「じゃあ私も同じものにしようかしら」

「ええ、オススメです」

 そう言い合ってると、レオニウスから声をかけられる。

「我々は店が作っているエールをもらいますが、あなたはどうされますか?」

「私もエールをもらいます。姫様はどうされます?」

「ええと……冷たいハーブティーか、果実水はあるかしら?」

「冷たい飲み物はここにはありませんが、そうしたら私が氷を入れて冷やしますよ」

「氷なら、私が出してもいいが」

「レオニウス様の氷はデカすぎるんですよね」

「王都式の呪文なら、私だって小さな氷を出せる」

「いちいち張り合わないでもらえますか?」

 レオニウスとラヴィアが言い合うのを、カシアンは慣れた様子で、カロン卿は困った様子で眺めている。マルケリアが口出しすることもできずに言い合う二人を見ていると、ケイランがまたマルケリアを見つめていることに気がついた。眉間にわずかに皺が寄っていて、あまり好意的ではないのがわかる。しかし、マルケリアが目を向けると、またすぐにその視線は外された。

 結局、マルケリアが注文した桃の果実水に、ラヴィアが小さな氷を浮かべてくれた。あまり酒を好んではいないはずのレオニウスだが、この場では他の連れが遠慮しなくて済むようにエールを頼んだのだと、ラヴィアがこっそり耳打ちしてくれる。乳兄弟だけあって、さすがにラヴィアはレオニウスのことに詳しい。

 マルケリアとラヴィアがキッシュを、レオニウスとケイランは『猪もどき』のソテーを、カロン卿とカシアンは卵ときゅうりのサンドウィッチを頼んでいた。それぞれに、木のカップに入った飴色の玉ねぎのスープがついてくる。

 キッシュは黄金色の焼き目が美しく、口に入れるとほんのり温かい。サクサクとしたパイ生地と、とろけるような口当たりの卵液が、口の中にバターとチーズの香りを連れてくる。

 ガヤガヤと賑やかな中で食事をするのなんて、いったいいつぶりだろう。王宮の食堂で食事をした時のことを思い出して、マルケリアはまた少し感傷的な気持ちになった。

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