夏5
久しぶりのコルセットが、やけに窮屈だった。
「太ったのかしら」
心配げに言うと、ラヴィアが否定する。
「服のサイズは来た時から変わっていませんよ。締め付けるのが久しぶりだから、そう感じるだけだと思います」
外出用の貴婦人のドレスに、大きなつばのついた帽子を被っている。目立つ銀髪は、結い上げてすべて帽子の中にしまった。踵の高さが、グラグラと不安定に感じる。辺境に来てからずっと踵の低い靴を履いていたから、この身体はすっかり怠けものになってしまった。
今日はラヴィアもドレス姿だ。髪をきちんと結った姿は、いつもの陽気な雰囲気を、落ち着いたものに見せている。
「何人くらい、いらっしゃるの?」
マルケリアが尋ねると、ラヴィアが少し思い出すようにして言った。
「レオニウス様と、カシアンさん、街の代官のカロン卿、レオニウス様の副官のケイラン様。それに侍従三人と護衛騎士が五人つきます」
つまり護衛騎士は、侍従と侍女以外の全員に一人ずつつく計算だ。面子を聞くと、確かに元々予定されていた視察に、マルケリアも混ぜてくれているだけなのがよくわかる。くれぐれも、邪魔にならないようにしなければ。そう思う。
「そろそろ、出ましょう。馬車は、レオニウス様とは別のものをご用意しています」
差し出された手を取って、鏡台の前から立ち上がる。足元が少し覚束ないが、今日はエスコートをしてくれる相手もいないのだから、自分でなんとかするしかない。気をつけて歩く。
基本的に自室と図書室と中庭以外の場所には立ち入らずに生活していたので、玄関ホールも屋敷に到着した時以来だ。こうして見ると、ずいぶんと広い。ここに着いた時には、不安と緊張と疲労で、周りを落ち着いて見る余裕などなかった。
「おはようございます」
今日はきっちりとした服装のレオニウスが、カシアンと共に玄関ホールにいた。
「レオニウス様、おはようございます」
マルケリアが軽くカーテシーをすると、レオニウスも紳士の礼を返す。背が高く、体格の良いレオニウスが正装すると、なかなかの存在感がある。金髪が尊ばれる王都でも、野生的なところが良いと群がる女性はいそうだと、マルケリアはこっそり思った。
正真正銘の金髪の王子様であるルキウスも、品の良い優しい顔つきで人気はあったが、王都で一番人気の独身男性は、金髪碧眼の麗しの侯爵令息アウレリオ・グランツと、近衛騎士のガイウス・ヴァルトだった。アウレリオのような細身の優美な男性が好まれる一方で、レオニウスのように体格の良い男性らしい男性も人気があったのだ。
「今日はよろしくお願いします」
「あくまで仕事のついでになりますが、あなたにも少しでも楽しんでいただけると嬉しいです」
人好きのする笑顔でレオニウスが言う。そうして、手を扉の方へ向けた。
「馬車が来ております。お先にどうぞ」
「姫様、行きましょう」
ラヴィアの先導で玄関を出ると、四頭立ての馬車が玄関前に二台、並んでいた。御者の手を借りて、先頭の馬車に乗り込む。向かいにラヴィアが素早く乗った。
後ろの馬車にも、レオニウスとカシアンが歩み寄るのが見えた。扉を閉めると、馬車はすぐに出発する。
屋敷を離れると、しばらくは訓練所や兵舎のような殺風景な風景が続き、やがて少しずつ住宅が立ち並ぶ区域に入った。屋敷は森に近い位置に配置されているため、中心地である街までは一時間半ほどかかる。
久しぶりの遠出と馬車に、マルケリアは少し緊張を覚えていた。最後の馬車の記憶が、辺境に送られる強行軍だったのも悪かったのだと思う。馬車に乗ると、あの時の不安に似た気持ちが湧き上がってきてしまう。
「姫様、顔色が悪いですが、馬車に酔いましたか?」
ラヴィアが、心配げに顔を覗き込んでくる。
「ちょっと、長時間の移動が久しぶりで緊張してしまっているみたい」
マルケリアが無理に微笑んでそう答えると、ラヴィアは怒ったように眉を顰めた。
「調子の悪い時に、無理に笑ったりしないでください。もっと速度を落とすように言いますか? それとも、何かお飲みになります? 気分の落ち着く、温かいハーブティーを用意してありますよ。冷たいのがよろしいなら、氷で冷やすこともできます」
「では、温かいハーブティーを少しいただけるかしら」
遠慮がちにマルケリアが言うと、ラヴィアはすぐに頷いて横に置いていたバスケットから、水筒と木のカップを取り出した。ハーブティーが、湯気を立ててカップにトクトクと注がれる。爽やかな香りが馬車に漂った。
「揺れていますので、お気をつけてお飲みください」
両手を包み込むようにして渡されたそれを、そっと口に含む。温かな温度が、喉を通り越してお腹に落ちていった。マルケリアは深く深呼吸をする。この馬車はあの時の——追放された時の馬車ではない。同じ馬車にはラヴィアも乗っていて、温かいお茶だってある。
窓の外を眺める。これから街に、魔物素材を見に行くのだ。ルキウスだって見たがったに違いない。きっと、次の手紙に書くのにちょうど良い題材になるだろう。
ラヴィアに頼んで、世間話をしてもらう。最近入ったメイドの小さな失敗談や、厨房に猫が入り込んだ話。夏の間は洗濯物が乾きやすくて、洗濯メイドたちが上機嫌なこと。そろそろ、旅の一座が辺境にやってくるのを、皆が楽しみにしていること。
ラヴィアは気分転換になるならと、嫌な顔をせずに次々とそんな話を口にする。ささやかな日常を聞いて、マルケリアは辺境に暮らす自分を再確認した。単純なもので、それだけで次第に気分は良くなってくる。
馬車が街に入り、速度をゆるめる頃には、顔色もすっかり良くなっていた。
たくさんの人の気配。街行く人にかけられる、威勢の良い掛け声。大勢が行き交う物音と活気。
王都の洒脱な中心街と比べればそのざわめきは雑多なものだったが、それなりに大きくて活気のある街だ。ある店の前に馬車が止まると、御者が扉を開けにきた。その手を借りて、馬車から降りる。ラヴィアも、身軽な仕草ですぐに後をついて降りてきた。
レオニウスとカシアンも、馬車から降りてくる。いつの間に合流したのか、三台目の馬車からは侍従が三人降りて、レオニウスの元へ駆け寄ってくる。そこには、レオニウスに似た黒髪の若い男性と、焦茶色の髪に白いものが混じり始めた初老の男性が、五人の騎士を控えさせて待っていた。
「レオニウス様、ようこそいらっしゃいました」
初老の男性が、恭しくレオニウスに声をかける。黒髪の若い男性は、ただレオニウスに深く礼をすると、すぐにその傍へ控えるように歩み寄った。
「カロン卿、ケイラン、よく出迎えてくれた。今日は久しぶりに街のみんなの仕事ぶりが見られると、楽しみにしている。名前は明かせないが、彼女は王都からの大事な客人だ。魔物素材に興味があるとのことで、今日は同行を許した。よろしくしてやってくれ」
「レディ、はるばる王都からお越しの方に我が街をご案内できること、光栄に思います。今日は楽しんでもらえたら嬉しいです」
初老の男性、カロン卿がマルケリアに一礼する。マルケリアは慌ててカーテシーをした。
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします。皆様のお邪魔にならないよう、注意いたしますわ」
「お気遣いありがとうございます。訊きたいことがあれば、遠慮なく申してください」
微笑んで、そう答えるカロン卿は、それ以上を聞こうとはしない。マルケリア自身をというよりも、それを紹介したレオニウスを、心から信用しているのだということがわかった。
「まずは、魔物素材で作られるポーションを専門に扱う薬局からだ」
レオニウスを先頭にして、目の前の店に入っていく。マルケリアもそれを追って店に入った。




