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仮初の一年  作者: 肺魚


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12/19

夏4

「エヴァルドだけでなく、カシアンともかなり仲が良くなったようですね」

 前回レオニウスと会ってから、もう一ヶ月ほどが過ぎていた。今日は摘みたてのブラックベリーを摘みながら、またも氷を作っている。麻で作られた半袖のシャツに、ゆったりした幅のズボン、足元はサンダルだ。春よりも日焼けした精悍な顔に、安心させるような笑みが浮かぶ。

「あれこれ訊いては、教えていただいています。なんでも知っていらして、とても勉強になりますわ」

「エヴァルドもカシアンも、父の代から勤めてくれているので、辺境のことは私などよりよほど詳しいですからね」

 レオニウスは自分のことを誉められたかのようにどこか誇らしげに、そんな謙遜のようなことを言う。マルケリアはラヴィアの用意してくれた、冷たいハーブティーを手に、控えめに微笑んだ。

「お仕事のお邪魔になっていなければよろしいのですが」

「そこは、彼らだってちゃんと考えていますよ。私もさすがに、仕事を後回しにしてまであなたの相手をするようにとは命じておりません。そこは、安心してください」

 なんでも優先されているわけではないと知って、むしろマルケリアは安心した。大切なお客様として遇すると言われていても、自分に本当にそんな価値があるのかまだ半信半疑なのだ。必ず迎えに行くというルキウスの言葉も、信じたいけれど、信じ切ることはできずにいた。

「魔物素材にずいぶんと興味があるようだと、カシアンから聞いています。今度、街へ魔物素材の加工の視察に行くのですが、もし良ければお連れしますよ」

「え、そんなことをして大丈夫なのですか?」

 初夜の晩を除いて、レオニウスとはこの中庭でわずかな時間を過ごすだけだった。人目につかないために、必要なことだとわかっていたので、マルケリアがそれを不義理だとは思うことはなかった。

「さすがにその目立つ髪は隠してもらうことになりますが、視察に同行させる分には、問題ないと考えます。それなりの人数は引き連れて行きますから、あなた一人くらい増えても大丈夫です」

「それは嬉しいですが——でも、本当によろしいのですか? このところ、中庭に近付くことすら避けていたと、ラヴィアから聞いています。人目についたらまずいのですよね?」

 マルケリアが言うと、レオニウスは少し人の悪い笑みを浮かべる。眇められた青灰の瞳に、彼の生み出す氷のような冷徹な光が灯った。

「ようやく洗濯所に迷い込んでいた迷子が、家を思い出したようでしてね。急に親の具合が悪いと言い出して退職するそうですので、見舞金もつけてやって快く送り出したところです。ここしばらく私の周囲をうろちょろしていたので、しばらく『良い子』でいなければなりませんでした。あなたと中庭(ここ)で会うのも避けていたおかげで、私は新妻と顔すら合わせない、冷酷非情な男としてうまく認識されたようです」

「それは……父の関係の者が、こちらに入り込んでいたということですか?」

 そこまでされるほど、嫌われていたのか。胸の奥がシクリと痛む。もう愛されようなどとは期待することはなかったけれど、それでも関心がないだけでなく、嫌われていることを思い知らされるのは辛いことだった。

「いや、あれはグラシエル家の者ではなく、議会の手の者だと思いますよ。定期的に、辺境の情報を得ようとこの手の人間は送り込まれてきますから、決してあなただけのせいではありません」

「けれども、私を引き取ったからですよね」

「それは否定しません。しかし、そういうことが起きるのがわかっていても、私は王太子殿下の願いを叶えて差し上げたかった。あなたを引き受けたのは、確かに王命でしたが、最終的には私自身の判断によるものです。それを、あなたがご自分を責める理由には、して欲しくないと思います」

 マルケリアの目を真っ直ぐに見て、レオニウスはキッパリと言った。辺境に起きるすべてのことの責任は、自分にあると。自分一人が巻き込んだつもりでいたが、少し自惚れていたのかもしれない。マルケリアは少し恥ずかしくなって、俯いた。

「視察っていつの予定ですか? あと、街のどの辺りに行く予定です? それに合わせて、姫様の服とかも用意しなきゃですし」

 雑にレオニウスのカップに紅茶のお代わりを注ぎながら、ラヴィアが言う。相変わらずマイペースだ。そこに、安心する自分がいる。

「来週の半ば頃を予定している。職人街の辺りを中心に見て回るつもりだ。店はある程度ピックアップしてあるから、後でエヴァルドに聞くといい」

「わかりました」

「それでは私はそろそろ執務室に戻る。マルケリア様も、日除けはしてあるが、あまり陽射しの強い日は中庭に長居しないほうがいい。適当なところで切り上げてくださいね」

「はい。お気遣い、ありがとうございます」

 彼の生み出す氷を入れるための桶を持つ使用人たちを引き連れて、レオニウスは屋敷のほうへ去っていった。最後に足元にあった水を溜めた大きな桶を、侍従が二人がかりで運んでいく。どうやら執務中も、氷を生み続ける予定らしい。

「夏は氷なんていくらあってもいいですからね」

 マルケリアの視線で何を見ていたかわかったらしく、ラヴィアが言う。レオニウスのことはちゃんと敬ってはいるようなのだが、どうにも距離が近い。王都での貴族と使用人の関係からしたら、考えられないほどの距離の近さだ。

 それを許すレオニウスを寛容の一言だけで説明すると、それは少し違う気もする。先ほども見せた一瞬の冷徹。決して甘いばかりの男ではないのは、わずかな時間でも充分に知れた。

「まるで、大きな家族みたい……」

 思いついたまま、そう呟くと、ラヴィアが微笑んだ。

「そうですね。私たちは運命共同体ですから、自然と家族のような関係になっているのかもしれません」

 家族、とは、マルケリアが王都で得られなかった関係だ。屋敷には父がいて、継母がいて、義理の妹(ロザリア)と、跡継ぎとなる異母弟(テリオス)もいた。けれども、彼らがマルケリアにとって家族だったかと訊かれると、マルケリアは頷くことができない。前妻の娘であるマルケリアだけが、あの屋敷では小さな異物だったからだ。

 辺境に来てから、レオニウスだけでなく、エヴァルドやカシアンといった父親世代の男性使用人と親しく接してもらって、マルケリアは初めてルキウス以外の安心できる大人の男性を知ることができた。国王陛下とは畏れ多くて、あまり接したことがなかったのだ。

 敬意を込めて礼儀正しく一線を引くレオニウスとは違って、執事のエヴァルドや家令のカシアンは、時に教師のように、時に年嵩の親類のように親身になって話をしてくれた。ラヴィアも、毎日少しでもマルケリアの居心地が良いように心がけてくれている。

 それはマルケリアの知らない関係で、思っていた以上に心地の良いものだった。家族のようなもの、の中に、まるでマルケリアも含まれているかのような、そんな錯覚。

「姫様の髪を隠すのに良い方法を、考えないとなりませんね。せっかくの綺麗な銀髪を隠すなんてもったいないことですけど、誰が見てもすぐに辺境の人間じゃないのがわかってしまいますから」

「楽しみだわ。魔物素材の加工現場なんて、王都でも機密に近くてこれまで見たことがないの」

「姫様の興味関心の方向って、ちょっと私の思っていたご令嬢とは違うんですけど……王都のご令嬢って、みんなこんなに『お勉強』がお好きなものなんですか?」

 ワクワクとした様子のマルケリアを見て、ラヴィアが少し呆れたように言う。

「ごめんなさい。私は多分、普通の令嬢からは少し外れていると思うわ。……でも、最近はあなたの勧めてくれる恋愛小説も楽しめるようになってきたの。現実を持ち出さずに、あるがまま受け入れて読むのが大事なことね」

「そこを理解していただけたのなら、良かったです。王女には普通、護衛騎士が五人はつくはずとか、高位貴族は婚約者同士でも常に侍女や侍従がついていて二人きりにならないとか、そういう現実はロマンスには邪魔ですからね」

「そうね。あくまで、架空の物語ですものね」

 腰に手を当てて言い募るラヴィアに、マルケリアは微笑んで頷いてみせた。

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