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仮初の一年  作者: 肺魚


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10/21

夏2

 家令カシアンは、辺境にしては明るい茶色の髪と茶色の瞳の、父親と同じくらいか、もう少し年上に見える、神経質そうな細身の男性だった。王宮で散々世話になっていた、宰相補佐アルノー伯爵に雰囲気も髪色もよく似ていて、マルケリアは少し緊張してしまう。

「私めに何か、お聞きになりたいことがあるとか」

 とてもよく響く、低めの声が礼儀正しく告げる。年齢の厚さが、辺境伯であるレオニウスよりも威圧感を与えてくるようだった。

「あの、少し書類を見ていて不思議に思ったことがありまして。辺境は地産地消で外への輸出がないので、これまで収穫量を目にしたことがなかったのですが」

 マルケリアは怯みそうになりながら、疑問点を口にする。

「土地の狭さと農地の大きさに対して、収穫量が多すぎるように感じます。これは何が原因かわかっていますか?」

「多すぎる?」

「はい、国内で有名な肥沃な農地と言えば、二大穀蔵地帯のアルヴェリア公爵領、フルヴィオ侯爵領が有名ですが、そちらはふかふかの黒い土が特徴で、これは王都でも園芸用に取り寄せる貴族が多いことでも名を知られています。そちらに比べても、北の辺境の麦や野菜の収穫量は、とても多く感じます」

 片眉を上げて、カシアンが、マルケリアを見つめる。教師を前にしたような緊張に、意味もなく唾を飲み込んでしまう。

「これまで、特にそういったことを言われたことはないのですが……そうですね。辺境(うち)の独自の工夫といえば、魔物素材を肥料にしていることでしょうか」

「魔物素材を?」

「そうです。例えば、火吹き蜥蜴——王都では、イグニラケルタと呼ばれている魔物ですが、こちらは皮に防御力が高く、耐熱・耐火の効果があり、舌と腎臓が火傷の薬の材料になります。けれども、それ以外の部位、例えば肉は生臭くてとても可食に耐えませんし、他も使い道がない。そういったいらない部位は、すべて乾燥魔法をかけて干からびさせてから細かく砕いて、畑に撒いてしまいます」

 マルケリアの予想以上に、辺境では魔物が生活の中に取り入れられているようだ。

「まあ」

 驚いて、口が開いてしまう。けれども、確かにそのまま捨てれば腐敗するだろうし、燃やすのも手間だ。土地の限られた城塞都市の中では、そういった処理が難しいのだろう。それなら、いっそ畑に撒いてやれと、そういうことになったのか。

「確かに、生き物の死骸などは肥沃な土の土壌になりますね」

「素材として使われない内臓なども、外壁の外の砦で取り除いた直後に乾燥魔法をかけて持ち帰ります。砦の外に捨てると、それを食い荒らしに魔物が寄って来るのだそうです。そして、それらは農家に肥料として分配されます」

「それは、ずっと昔からそうされてきたのですか?」

 マルケリアが尋ねると、これまで流麗に話し続けていたカシアンは一瞬黙り込んだ。

「あの、もし外部の人間に教えられないことでしたら、お答えにならなくても結構です。私のただの好奇心なので」

 マルケリアが慌ててそう言うと、カシアンは小さく首を振った。

「いえ、問題ありません。グラシエル公爵家は中央の議会派ですが、マルケリア様個人は、議会派ではありませんから。——辺境の自給自足は、先代からの政策です。王都で議会の勢力が強くなってきてから、辺境は自立を目指して領地経営を行っています」

 辺境は昔から王家へのみ、忠誠を誓っている。つまりこれは、王家以外の勢力——議会からの影響を受けないようにという自衛の話だ。

「そう、なのですね。私は辺境のことはほとんど何も知らなくて。本当に不勉強でした」

「とんでもないことでございます。マルケリア様から指摘を受けて、我が領は農作で有名な二家にも相当する収穫量を誇るのだと、私共は初めて知れました。これを知れば、先代様も報われますし、レオニウス様も励みとなることでしょう」

 カシアンが嬉しそうに目尻を下げて言う。マルケリアは自分などの知識が役に立ったのだと、嬉しく思った。



「今日は、新しい髪油を用意したんですよ」

 ラヴィアが腕まくりをしながらそう言う。午後の『お勉強』が終わって、いつものように中庭でお茶を済ますと、美容の時間だ。ラヴィアが浮き浮きと全身を洗い、揉み、化粧水を擦り込み、油を行き渡らせてから、髪を丁寧に乾かして髪を梳る。

「夏らしく、爽やかなラベンダーの精油です。これで髪の艶をもっと良くしましょうね」

 マルケリア本人よりもマルケリアの銀髪を愛している様子で、ラヴィアは機嫌良く鼻歌を歌いながら今日も丁寧に梳る。髪は、この夏で背中まで伸びた。いつもなら手入れが面倒でもう少し短く切り揃えているが、ラヴィアはもったいない、このまま伸ばせばいいと言う。

 辺境に来てから続く手入れで、マルケリアの銀髪は、初めて見るような艶々とした輝きを纏っている。指通りも良く、わずかな風にもふわりと靡く様が、見ていて眼福なのだとラヴィアは主張する。

 夏らしい麻のワンピースを着たマルケリアは、その度に照れてしまう。外見を褒められたことは、王都ではあまりなかった。黄金のような金髪に、若葉のような新緑の瞳を持つルキウスに並ぶと、儚げな銀髪に紫の瞳のマルケリアは、地味だとか、目立たないとか、みんなにそう言われていた。

 ロザリアがやはりキラキラと目立つ金髪に青い瞳だったので、彼女が台頭してきてからはなおさら、比べられて地味だと言われていた。

 銀色の髪は、母親であるフェリシアーナから受け継いだものだ。母親の母国である西の大国ローデリオンでは、銀髪と紫の瞳は皇室の色として尊ばれていると聞くが、自国では金髪が最も貴族らしいと言われている。

 母親が亡くなってからは、家族の誰とも似ていないこの髪色は、マルケリアにとってずっとコンプレックスだった。それを、ラヴィアはとても綺麗だと褒める。月の光を集めたようだとうっとりしながら梳る。

 ルキウスも、マルケリアの儚い色合いの見た目を、絵本に出てきた月のお姫様みたいだと褒めてくれていた。それならあなたは太陽の王子様ね、と言うと、照れたように笑っていた。対のようだと、王妃様も言ってくれていた。二人で一つの存在なのだと、ずっとそう思って生きてきた。

 マルケリアは、枕元を見た。そこに置かれた、お守りのような紙片を。『一年後、必ず迎えに行く。信じて待っていて欲しい』。

 そんな願いのようなことを、王都であの人(ルキウス)はまだ信じているのか。

 秘密の文通で交わす内容は、どちらも当たり障りのないものばかりだ。どちらも好意を隠している。だから、あの紙片が、ルキウスから示された最後の恋心。それを、マルケリアはお守りのように枕元に置いて、時折読み返してはルキウスの不在を、王都から遠く離れた辺境の距離を思い知る。

 元気でいるだろうか。あの政策はどうなったのか。——ロザリアと、どうなっているのか。

 知りたいけれど、知りたくない。それについて、ルキウスが手紙で触れないのを、もどかしいような、ホッとしたような気持ちで読んでいる。手紙に書く内容といえば——。

「辺境の収穫高の原因が魔物素材なら、他の土地では試しようがないわね。何か他の要素が原因なら、他の土地でも活かせたかもしれないけれど」

 もし、他の土地でも試せるような原因だったのなら、ルキウスに手紙で教えればきっと役立ててくれると考えていた。好奇心は満たせたが、ルキウスの役に立つような情報ではなかったことを少し残念に思う。

 もう婚約者ではないくせに、こんなに距離を隔てていても、まだルキウスの役に立てないか考えてしまう。自分がこんなに諦めの悪い女だとは、こうなるまで思ってもみなかった。

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