表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/116

第四十一話(中編):魔法石出したら想像以上に通貨として強すぎた件

今回は、これまで張り詰め続けていた空気を一度しっかり緩めることを意識して書いた回です。


洞窟での採掘や極寒の環境など、カリンたちには常に負荷をかけ続けてきたので、ここで一度「安全な場所」と「人の営み」を描いておきたかった、というのが大きな狙いでした。地下市場はそのための装置でもあり、同時に、この世界が単なる過酷な舞台ではなく、誰かが工夫し、生き延びてきた積み重ねの上に成り立っていることを示す場でもあります。


また、エドリックという人物の側面も、戦闘やサバイバルではなく「生活基盤を作る者」として見せることで、彼の異質さと実在感を補強しています。魔法に頼らない技術で環境を成立させている点は、今後の展開にも関わってくる要素です。


そして何より、この回でやりたかったのはカリンの“緩み”です。

理詰めで動く彼女が、安心できる環境に置かれたときにどうなるのか。結果として、思考の方向性はそのままに、完全に力が抜けてしまうという形になりました。セレナのツッコミも含め、ここは読者に少し肩の力を抜いてもらえるポイントになっていれば嬉しいです。


次回からは、再び「先へ進むための選択」と「リスク」に焦点が戻っていきます。

その前の静かな余白として、この温もりの時間を挟みました。

「出発前に、まずは食料を調達しなきゃいけないわね」


カリンがそう言うと、エドリックが床の重い扉に手をかけた。


「……準備が必要なら、地下に行け。小さいが市場が有る」


「えっ? 地下に市場なんてあるんですか?」


カリンとセレナは顔を見合わせた。この猛吹雪の中、普通なら市場などあるはずがない。


「俺が掘った地下だ。今じゃあ、あの時空嵐で生き残った連中が勝手に住み着いてな。意外にも快適な空間になってやがる。……ついてこい」


エドリックに案内されて降りた先には、確かに人々が肩を寄せ合って生きる市場が存在していた。

魔法も機械もないが、エドリックの緻密な計算によって空気が循環し、地上の荒天が嘘のように穏やかな空間が広がっている。


「……本当に市場があるわ。エドリックさん、ここなら必要な物が揃いそうね」


カリンは懐から、あの洞窟で必死に採掘した魔法石を取り出した。魔法使いである自分たちにとっては術の触媒だが、ここでは価値が違う。


「エドリックさん。これ、裏では燃料になるって言ってたわよね。私たちが洞窟で見つけたこの石なら、物々交換できるかしら?」


「ああ。ここではそれが一番の燃料だ。それを出せば、必要なものは何でも揃うだろう」


カリンが店主の前に魔法石を差し出すと、店主の目が驚きで見開かれた。


「……お、お嬢ちゃん。これ、本物の魔法石か! それもこんなに質のいい……! これ一つあれば、村の暖炉をどれだけ焚き続けられるか。旅の装備と食料だな? 用意するよ」


魔法石の価値は、カリンたちの予想を超えていた。丈夫な登山靴や数日分の保存食を揃えても、石一個の価値には届かない。


「はい、これ。石の価値に比べれば少ないが、お釣りの路銀だ」


店主から硬貨の入った袋を手渡され、カリンはそれを受け取った。


「……助かるわ。これで、なんとか出発できそうね」


洞窟で採掘した魔法石という貴重な燃料のおかげで、カリンたちは食料と路銀を手に、次の旅路への備えを整えていった。


店主から手渡された、お釣りの路銀が入った小振りの袋を抱え、カリンとセレナはエドリックの背中を追って市場を後にした。入り組んだ地下通路を通り、重い扉を抜けてようやく地上の小屋へと戻る。


 「ただいま戻りました、おばあちゃん。……見てください、本当に地下に市場があったんです」


 カリンが手に入れたばかりの保存食や、新調した丈夫な靴をテーブルに並べると、リミバァはじっとそれらを見つめて頷いた。


 「お帰り。ふむ、魔法に頼らずともこれほど堅実な仕事をする職人がいるのだね。エドリック、あんたが掘ったこの場所に、人々の逞しい知恵が根付いている。私の計算も、良い方に外れたよ」


 リミバァの言葉に、エドリックは「勝手に住み着いた連中が勝手にやっていることだ」と相変わらず不愛想に鼻を鳴らした。


 カリンは並べられた装備を点検しながら、ようやく人心地がついたのを感じた。洞窟での過酷な採掘、そして市場での緊張。張り詰めていた神経が、おばあちゃんの落ち着いた声を聞くうちに少しずつ解けていく。


 「さて、これで食料も路銀も揃った。となれば、次にするべきことは一つだね。カリン、セレナ。まずはその疲れを落としておいで。エドリック、あの地下には地熱を使った湯殿もあったはずだね?」


 「……ああ。市場の奥にな」


 お風呂、という言葉を聞いた瞬間、カリンの全身にどっと重い疲労感が押し寄せた。


 「……お風呂。そうですね、おばあちゃん。まずは身体を温めて、凍えた身体を解しましょう」


 三人は身の回りのものを用意し、再び地下へと続く扉を開けた。


 市場の賑やかな音を遠くに聞きながら、そのさらに奥、岩肌からほんのりと湿った温かさが漂ってくる通路をゆっくりと進んでいく。


 「……見なさい。本当に温かいお湯が沸いているわ」


 突き当たりに現れたのは、岩を削り出して作られた無骨な、しかし豊かな湯量を湛えた湯殿だった。

 三人は手早く身支度を解き、たっぷりと注がれた湯に、ゆっくりと身を沈めていった。



「はぁ……。極楽、という言葉の定義が今、私の中で完全に更新されたわ……」


カリンは、もはや液体の一部になったかのように湯船に沈み、鼻先までお湯に浸かっている。その隣で、セレナが呆れたように声をかけた。


「カリン、あんまり沈むと溺れるわよ。……っていうか、顔がもう締まりなさすぎて誰だか分からないんだけど」


「セレナ、これはただのお湯じゃないわ。地熱の安定供給、岩盤による天然の保温効果……。エドリックさんの掘削技術は、熱力学的にも完璧な計算に基づいているに違いないわ。ああ、脳細胞が溶けてマナの粒子と混ざり合っていく……」


カリンの目が、いつになくトロンとしている。普段の鋭い分析力はどこへやら、今は「お湯の素晴らしさ」を理論武装することに全力を注いでいた。


「ふふ、さっきまで険しい顔で石を掘り出していた娘とは思えないねぇ」


リミバァが頭に手拭いを乗せ、愉快そうに笑う。


「おばあちゃん、笑い事じゃないわ。この『温もり』というエネルギーの費用対効果は、火属性魔法の比じゃない。……ねぇ、いっそここを拠点にして、このお湯をグリモワールド全体に輸出する事業を立ち上げたら、私たちの旅費どころか、一生分の研究費が……」


「カリン! 目が、目が完全に『悪徳商人の計算中』になってるわよ! お風呂の時くらいその回転の速すぎる頭を止めなさいって!」


「……そうね。今は計算より、この浮遊感……。ああ、私、今なら意識を並列化して、お湯の分子一つ一つと対話できそう……」


「流れていってしまわないでおくれよ。あんたがいなくなったら、誰がこの先の難路を解き明かすんだい」


リミバァにたしなめられ、カリンは「はっ」として、ゆらゆらとお湯から上半身を起こした。


「そうだったわ……。あがったら、次のルートの相談ね。……でも、あと五分。いえ、あと三百秒だけ、この『思考停止状態』を維持させて……」


湯気の中で、カリンは再びズブズブと、鼻の下までお湯に沈んでいった。そのあまりにも無防備で「計算外」な幸せそうな姿に、セレナとリミバァは顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。


 カリンは、湯気に煙る無骨な岩壁を見つめた。エドリックが掘り、人々が知恵を絞って守ってきたこの場所の温もりは、魔法で作り出した熱よりもずっと深く身体に染み渡る気がした。


 「……これで、ようやく頭が整理できそうです。おばあちゃん、お湯から上がったら、エドリックさんを交えてこれからのルートを相談しましょう」


 「ああ。市場で手に入れた装備、そしてあの魔法石の価値……それらをどう使って『あちら』へ抜けるか。じっくりと腰を据えて話そうじゃないか」


 カリンは力強く頷いた。


 ただ身体を温めるだけではない。この温もりが、再び過酷な『裏』の地へ踏み出すための、確かな活力に変わっていく。


 三人はしばしの間、言葉を止めて、立ち上る湯気の中に身を委ねた。


 次に待つ厳しい旅路へ向けて、今はただ、この穏やかな余韻を身体に刻み込んでいた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


そして、いつも高評価・ブックマーク・感想をくださる皆さま、心から感謝しています。ひとつひとつが大きな励みになっていて、「次も書こう」と思える原動力になっています。


今回は少しだけ息抜き回ということで、地下市場やお風呂といった“人の営み”や“温もり”を中心に描いてみました。過酷な状況が続く中で、こうした時間があるからこそ、次の一歩にも意味が出てくるのかなと思っています。


カリンのだいぶ緩んだ姿も含めて、楽しんでいただけていたら嬉しいです。


この先はまた、少しずつ緊張感のある展開に戻っていきます。

引き続き見守っていただけると嬉しいです。


今後ともどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ