第四十一話(前編)[カリン班]:四百年ぶりに会ったら状況が最悪すぎた件
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ようやく再会を果たしたリミバァとエドリック。しかし、感動に浸る間もなく物語は核心へと動き出します。
エドリックの口から語られる「イザベラ」の名、そして「ロジカ」という存在。カリンの出生に隠された秘密が、過酷な「裏」の世界で徐々に紐解かれていきます。
新たな案内人・エドリックを加え、一行はさらなる極寒の地へと足を踏み入れます。
雪に覆われた小高い丘を降り、カリンたちはようやく村の入口にたどり着いた。石造りの民家が寄り添うように並び、雪の重みで木々が軋む。
村の中へ足を踏み入れると、あちこちの建物が崩れ、魔物に襲われた爪痕が痛々しく残っていた。
「……ひどいね。魔物の奴ら、やりたい放題じゃないか」
リミバァが周囲を見渡し、忌々しげに吐き捨てる。
「この辺りは巨大な魔物も時々出るからね。……カリン、セレナ、油断するんじゃないよ」
「分かってる。……でも、これだけ壊れてるなんて。無事だといいのですが、エドリックさん……」
ここに来るのが初めてであるセレナは、不安そうに周囲を窺った。
「大丈夫だよ、セレナ。エドリックの家は、確か村の外れの方にあるはずさ。あたしが案内するよ」
リミバァは二人を安心させるように言い、迷いのない足取りで進む。
「あいつのことだ、きっとしぶとく生き残ってるさ。……さあ、急ぐよ。雪に足を取られてる暇はないからね」
杖で雪を払いながら、三人は村の奥へと進んでいった。
やがて、村の外れにぽつりと残る一軒の家の前で、リミバァは足を止めた。
古びた扉の隙間から、毛布を肩にかけた一人の梟人が顔を出す。
深く刻まれた皺と、白く濁った眉――エドリックだった。
彼は三人の姿を、最初は信じられないものを見るように見つめていた。
だが、リミバァの顔を認めた瞬間――
手にしていた火かき棒が、力なく雪の上に落ちた。
「……リ、リミア……? リミアなのか……?」
掠れた声が、震えながら漏れる。
四百年。途方もない歳月を経て、かつてと変わらぬ姿の妻が、目の前に立っている。
エドリックは一歩、無意識に後ずさった。
「エドリック。……あんた、相変わらず締まりのない顔してるねぇ」
リミバァが努めて平然を装い、鼻を鳴らす。
「馬鹿な……なんでだ……」
エドリックは何度も瞬きを繰り返し、やがて絞り出すように叫んだ。
「なんで、お前がこっちにいる……!?」
その顔を覆ったのは、喜びではなく――戦慄だった。
「ここは『裏』なんだぞ……!」
彼は思わず扉に手をかけ、震える指で縁を掴む。
「魔法の恩恵も、救いもありゃしない地獄だ! なぜ、わざわざこんな場所に……!」
言葉が詰まり、息が荒くなる。
「……こっちに、帰ってきたりしたんだ……!」
その叫びは、再会の喜びを押し潰すほど切実だった。
愛する者がこの世界に堕ちてきたことは、彼にとって希望であり――同時に、絶望でもあった。
「……立ち話もなんだろう。とりあえず中に入れておくれ。寒くて死にそうだよ」
リミバァが肩をすくめる。
その一言で我に返ったように、エドリックは慌てて扉を大きく開いた。
「お、おお……すまない! さあ、早く入れ!」
三人が中に入ると、石造りの家は暖炉の微かな温もりに包まれていた。
エドリックは震える手で鍋を火にかけ、ぎこちなく椅子を勧める。
「さあ、座ってくれ。……して、リミア。その娘たちは何者だ。裏の住人ではないな」
椅子に深く腰掛けると、彼は鋭い眼差しでカリンとセレナを見つめた。
「こちらはカリン。そしてセレナ。表の世界から私と一緒に来たんだよ」
リミバァが短く紹介する。
「カリン……」
エドリックはその名を反芻するように呟き、ゆっくりと顔を近づけた。
凝視する。
その瞳が、次第に見開かれていく。
「……ほう。ただの人間かと思ったが……その気配……」
声が、低く沈む。
「……その目……その在り方……」
わずかな沈黙。
暖炉の火が、小さく弾けた。
「……馬鹿な……」
「ロジカに……あまりにも似すぎている……」
さらに一拍。
そして、確信に触れるように――
「お前……まさか……イザベラの娘か……?」
カリンは思わず息を呑んだ。
「な、なんで……お母さんの名前を……?」
震える声で問い返す。
エドリックは重く息を吐き、椅子に身を沈めたまま目を閉じた。
「……十年前、時空嵐が起きた」
静かに語り始める。
「あれはただの天災ではない。……世界の理を定める“石盤”が下した裁定だった」
部屋の空気が、さらに重く沈む。
「あの嵐で多くの命が飲み込まれ、理そのものが書き換えられた。……世界は、二つに分かたれたのだ」
ゆっくりと目を開き、カリンを見据える。
「……だが、なぜイザベラの娘が、今ここにいる」
その視線は鋭く、探るようだった。
リミバァが静かに口を開く。
「エドリック。カリンは母親を探しに来たんだよ」
「……そうか」
短く頷き、再び目を閉じる。
しばしの沈黙。暖炉の火の音だけが、微かに響いた。
やがて、彼は重い口を開く。
「それなら、心当たりがある。イザベラは……ここから二つ向こうの村にいるはずだ」
カリンの胸が大きく脈打つ。
「……しかし」
言葉が、そこで止まる。
暖炉の火が、ぱちりと弾けた。
「……あそこは今、まともな状態じゃない」
ゆっくりと、視線がカリンに向けられる。
「……本当に行くつもりか?」
暖炉の火が、静かに揺れていた。
エドリックの問いかけに、誰もすぐには答えなかった。
セレナが、不安げにカリンを見る。
リミバァは腕を組んだまま、黙って成り行きを見守っている。
カリンは、ぎゅっと拳を握りしめた。
ほんの一瞬、視線が揺れる。
だが――すぐに、まっすぐ前を向いた。
「……行きます」
静かな声。しかし、はっきりとした響き。
「どんな場所でも、関係ありません」
一歩、踏み出す。
「お母さんがいるなら……私は、行きます」
迷いはなかった。
エドリックはしばらくその顔を見つめていたが、やがて深く息を吐いた。
「……そうか」
低く、重い声。
「その目……止めても無駄だな」
リミバァが小さく鼻を鳴らす。
「言ったろう? この子はそういう子だよ」
短い沈黙。
暖炉の火が、ぱちりと弾ける。
――その時だった。
「……ならば、俺も行く」
低い声が、部屋に落ちた。
セレナがはっと顔を上げる。
「え……?」
カリンも思わずエドリックを見る。
エドリックはゆっくりと立ち上がり、壁際へと歩く。
そこには、古びた鞘に収まった一本の剣が立てかけられていた。
長い年月を経ているはずなのに、その佇まいにはわずかな隙もない。
エドリックは無言でそれを手に取り、鞘ごと腰に差す。
その動きには、淀みがなかった。
「イザベラのいる村の現状は、俺が一番よく知っている」
静かな声。
だが、その背に宿る気配は、先ほどまでの老人とは別人のようだった。
「お前たちだけで行けば……道中で死ぬ」
淡々としているが、断言だった。
「それに――」
そこで言葉を切る。
視線が、リミバァへと向く。
「……二度も、お前を失うつもりはない」
空気がわずかに張り詰める。
リミバァは一瞬だけ目を細め――すぐに鼻で笑った。
「はん。今さら何言ってるんだい」
だが、その声音はどこか柔らかい。
エドリックは何も返さず、外套を手に取る。
「準備はいいな。出るなら、今のうちだ」
カリンは、その背中を見つめた。
この世界で生き残ってきた者。
そして――母を知る者。
「……お願いします」
自然と、頭を下げていた。
エドリックは振り返らず、短く言う。
「礼はいらん。……生きて辿り着けたら、その時に言え」
扉の向こうでは、雪が風に舞っている。
暖炉の火が、大きく揺れた。
――四人の旅が、ここから始まる。
いつも高評価、ブックマーク、そして温かい感想をいただき、本当にありがとうございます!
エドリックがカリンの気配からその親の名前を言い当てるシーン、物語の大きな転換点となりました。かつての「表」の英雄たちを知る彼にとって、カリンの存在はどれほどの衝撃だったのでしょうか。
「二度とお前を失うつもりはない」というエドリックの言葉に、四百年の重みを感じていただければ幸いです。
イザベラが住むという「二つ向こうの村」で、一体何が起きているのか。
次話、さらに加速する展開をどうぞお楽しみに!




