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第四十話(前編)[桃太郎班]:温泉でのんびりしていたら冒険が始まった件

この話の桃太郎は、特別な使命に燃えているわけでも、世界を救おうとしているわけでもありません。

戦いの後、ふかふかの芋をほおばり、温泉に浸かり、のんびりと穏やかな日常を楽しむ――そんな「隠居お兄さん状態」です。


しかし、平和な村の時間は長くは続きません。

遠くの山道、微かに漂う冷気、空を横切る影――演算脳はすぐに「フラグか」と警告します。


この話では、

•芋と温泉に心を奪われる桃太郎

•使命感だけで突き進む元気な白雪

•何事も達観したマギ・オババ


――三者の掛け合いを中心に、のんびりほのぼのした日常と、ちょっとだけ緊張感のある北への旅を描きます。


読者の皆さんには、桃太郎の「行きたくないけど行かざるを得ない」気持ちと、ほっこりする村の空気を楽しんでもらえたら嬉しいです。


さあ、芋と温泉を片手に、桃太郎たちの山道をのぞいてみましょう。

雪山の吹雪が嘘のように、南の山岳地帯にあるその村は、穏やかな陽光に包まれていた。


 軒先で、桃太郎はぼんやりと空を見上げている。その手には剣ではなく、村の老婆から「お駄賃」としてもらった、ふかふかの蒸したての芋があった。


「……美味い」


 ボソリと呟き、芋を口に運ぶ。


 あんなに激しいつるとの死闘を演じた直後だというのに、今の彼は完全に「近所の隠居したお兄さん」状態である。


「桃太郎! ほら、背中流してあげるのだ!」


 元気な声とともに、白雪が温泉の湯気に包まれてひょっこりと顔を出した。彼女はすっかり元気を取り戻し、湯上がりで頬を林檎のように赤く染めている。


「……いや、それはいい。自分でできる」


「遠慮しなくていいのだ! 私たちは一蓮托生いちれんたくしょうなのだから!」


 ぐいぐいと迫る白雪。桃太郎は芋を死守しながら、じりじりと後ずさる。


 演算脳は「全力で逃走せよ」と告げているが、平和すぎて体がうまく動かない。


 そこへ、温泉から上がってきたマギ・オババが、バサリと手ぬぐいを肩にかけて現れた。


「やれやれ、若いのは元気だねぇ。桃太郎、あんたもそんなにシケた面してないで、たまには羽を伸ばしな。あの大立ち回りの後は、これくらいのご褒美があっても罰は当たらないよ」


(……ご褒美が過剰すぎて、逆に寿命が縮まりそうなんですがね)


 桃太郎はため息をつき、最後の一口の芋を飲み込んだ。


 村の人々は、昨夜の惨劇が嘘だったかのように、あちこちで「ふわぁ〜あ」と大きなあくびをしながら、のんびりと畑仕事に戻っている。

オババの言った通り、朝には「大あくびの村」が完成していたのだ。


「ああ、平和なのだ。ずっとこうしていられたらいいのに……」


 白雪が縁側に腰を下ろし、幸せそうに足をパタパタさせる。


 桃太郎も、その隣で小さく頷きかけた。


(……まあ、たまにはこういうのも悪くないか)


 だが、その瞬間。


 桃太郎の「演算脳」が、微かな違和感を捉えた。

 空を横切る、一羽の鳥の影。


 あるいは、風に乗って届いた、遠くの雪山の冷気。


「……いや、フラグか」


 桃太郎はガシガシと頭を掻いた。


 自分がこうして「平和だな」と思った瞬間、ろくなことが起きない。それがこの世界の、というか「物語」の残酷な法則であることを、彼は嫌というほど知っている。



(行きたくない)


 心底嫌そうな顔で、桃太郎は縁側に座り直した。

 せっかく手に入れた「ふかふかの芋」と、すぐそこにある「温かい温泉」。

これ以上のスローライフが他にあるだろうか。いや、ない。


「やれやれ、若いのは元気だねぇ」


 マギ・オババは腰を叩きながら、二人を見やった。


「……そろそろ、出る準備をしな」


「ほんとなのだ!?」


 白雪の顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ北に――」


「イヤイヤ」


 桃太郎は即座に遮った。


「なんでそんな話になってんだよ。ここでいいだろ、ここで。芋あるし、温泉あるし」


「ダメなのだ! 私はおじいちゃんを探すのだ!」


 白雪がぐいっと身を乗り出す。その瞳には、芋への執着を上回る決意の光が宿っていた。


「次の村まで十日歩くんだぞ?」


「行くのだ!」


「温泉ないぞ」


「……それでも行くのだ!」


 一瞬、白雪の言葉に迷いが生じたが、彼女は拳を握って言い切った。


 桃太郎はしばらく黙り込み、縁側の板を軽く指で叩いた。


「……はぁ」


 重いため息が、平和な村の空気に溶けていく。


「諦めな」


 マギ・オババが笑う。


「そういうえにしだよ、あんたらは」


 桃太郎は、懐に残っていた最後の芋の破片を口に放り込み、ゆっくりと立ち上がった。


「……演算脳が『行っても地獄、残っても地獄』だと告げてる。だったら、動くしかないか」


 彼は愛剣の柄を確かめ、重い腰を上げた。


 白雪は嬉しそうに飛び跳ね、マギ・オババは満足げに杖を突く。


 南の村の穏やかな時間は、こうして終わりを告げた。


 北へ向かう三人の背中を、村人たちの「ふわぁ〜あ」という呑気な大あくびが見送っていた。


桃太郎は重い足取りで、北に向かう山道を進んでいる。


白雪は一歩先を歩きながら、時折振り返っては笑顔で手を振った。


「……しかし、十日も歩くんだな。俺、ここで芋か温泉に浸かってる方が100倍マシなんだが」

桃太郎はぽつりと呟く。


「でも、行かないとおじいちゃんに会えないのだ!」

白雪は身を乗り出し、手を振って強調する。


「いやいや、俺の計算では、行ったところでつるにぶつかる確率が……いや、やめとこう」

桃太郎は頭を掻き、足元の小石を蹴る。


「計算とかいいのだ! 勇気と行動こそが大事なのだ!」

白雪の瞳が、昨日の温泉で見せた無邪気な輝きとは違う、使命感の光に染まった。


「勇気ねぇ……芋を失う勇気なら分かるが」

桃太郎は小さくため息をついた。


二人の後ろを、マギ・オババが杖をつきながら歩いている。

「まあまあ、若い二人は口より足が先に動くもんだよ」と、肩越しに笑う。


「オババ、道中の食料とか考えてるのだ?」

白雪は少し不安げに訊いた。


「何も心配いらん。桃太郎、この芋が最後まで保つかどうかくらいなもんさ」

オババは杖を地面に突き、にやりと笑った。


「……芋が最後まで持つわけないだろ」

桃太郎は一歩遅れて歩きながら呟く。


「持たせるのだ!」

白雪は大きく頷き、前を見据える。


しばらく歩くと、山道に小さな沢が現れた。

「うわ、滑りそう……」桃太郎が足を止める。


「大丈夫なのだ! 水の音も道しるべなのだ!」


白雪は岩を伝い、軽々と向こう岸へ渡った。


桃太郎は顔をしかめながら、慎重に足を置く。


(……いや、本当に俺は何やってるんだ)


心の中で呟きつつも、今日もまた、隠居暮らしの夢を後ろに置いて歩くのだった。


南の山岳地帯の村は穏やかだが、北へ続く山道は誰も踏み入れていない未知の領域。


桃太郎はまだ知らない――この先には、戦って勝てない相手が潜んでいることを。

高評価やコメント、いつも本当に有り難うございます。

皆さんのおかげで、桃太郎たちの北への旅も、こうして無事にお届けできました。


今回は、戦いの後のほのぼの村生活と、芋と温泉にまみれたスローライフを描きつつ、北の山道への一歩を踏み出すシーンをお楽しみいただけたかと思います。


桃太郎は相変わらず「行きたくないけど仕方なく動く」というスタンスでしたが、白雪やマギ・オババとの掛け合いで少しずつ世界に馴染んでいきます。


読者の皆さんの応援が、作者としての最大の励みです。

これからも桃太郎たちの旅を、どうぞよろしくお願いいたします。


次回は手に汗握る銭湯ではなく、ちゃんと戦闘回です。お楽しみに!

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