第三十八話(中編):温泉に浸かりに来ただけなのに、赤黒い蔓に絡まれた件
山奥の小さな集落。
静かすぎるその場所には、表の世界の常識は通用しない。
足を踏み入れた者だけが知る――裏のグリモワールドの深淵。
ここから、物語は一気に動き出す。
山道を抜けた先、視界が開けた場所に小さな集落が見えた。
だが、そこはもはや「表」の世界の常識が通用しない、裏のグリモワールド。
煙が上がっていない。人の気配が薄い。
風に混じって、かすかに鉄と血の匂いがする。
「……止まるのだ!」
白雪が低く呟く。その瞬間にはもう、彼女の手は剣にかかっていた。
「何かいる」
桃太郎は顔をしかめる。足元には、踏み荒らされた跡。そして、村全体を侵食するように這い回る、赤黒い**“蔓”**。
それは生き物のように微かに蠢き、建物の隙間から内部へと入り込んでいた。
(……これ、関わらない方がいいやつだろ……)
直感がそう告げるが、腕に抱えた蒼い剣が、警告するように激しく脈打った。
――ドクン! ドクン!
「うわっ……! ちょ、待て……! 鼓動が速すぎる……!」
桃太郎の演算脳は依然として鈍い。だが、この剣は持ち主の代わりに“感知”していた。
村の奥、どこかで見えない「何者か」が、自分たちを凝視していることを。
マギ・オババが背後で、その場に漂う異様な魔力に目を細めた。
「……これは、まずいね。寄生型の魔導生物。通称、**『這い寄る鉄錆』**さ」
オババの表情から余裕が消え、低い声で二人を制する。
「いいかい。気づかれないように、ゆっくり、音を立てずに下がりな。一歩でも地面を刺激してみな……引きずり込まれて、一巻の終わりだよ」
三人は無言のまま、抜き足差し足で、慎重に後退を始める。
極限の静寂。
――だが。
「……あうっ!」
白雪が自分の足をもつれさせ、土煙を上げて派手に突っ伏した。
その小さな衝撃に、眠っていた村全体が呼応するように波打つ。
――ガチリッ!
地面を割って飛び出した赤黒い蔦が、白雪の細い足首を無造作に、力任せに掴み上げた。
「嘘……離して! 桃太郎、桃太郎ぉぉ!」
白雪の体は不気味な音を立てて引きずられ、次の瞬間、猛スピードで暗がりへと消えていった。
「私は上空から援護する! 桃太郎、お前は白雪を追え! 見失うんじゃないよ!」
――ドンッ!
マギ・オババが杖を地面に叩きつける。その衝撃を跳ね返すように、彼女の体はふわりと宙へと舞い上がった。
桃太郎は反射的に駆け出した。
だが足場は最悪だ。地面を覆う蔓が、踏み込むたびにぬるりと沈み、わずかに遅れる。
(速い……引きずる力が強すぎる……!)
白雪は抗おうとして、逆にバランスを崩す。
「あっ、ちょ、無理、これ止まん――」
そのまま、村の奥へ。
蔓はまるで“道”を知っているかのように、迷いなく彼女を運んでいく。
「……誘導してやがるのか……!」
桃太郎の奥歯が鳴る。
ただの捕食じゃない。これは――明確な意志だ。
上空の、オババ叫んだ
「追いな。……“巣”に連れて行く気だよ」
「言われなくても――!」
桃太郎が走り出したその頭上で、マギ・オババが掲げた杖の先に、膨大な魔力が凝縮される。
「ちょこまかと……森の化け物風情が!」
オババの鋭い一喝。
――カッ!
夜の闇を塗り潰すような、黄金の光弾が幾筋も降り注いだ。
それは逃走する蔦の「先」を正確に狙い、地面に突き刺さる。
ズガガガガッ!
凄まじい爆発音が村に響き渡り、白雪を引きずっていた赤黒い蔓が、衝撃で大きくのたうち回った。
「桃太郎! 今だよ!」
光の残光が、蠢く蔓の全貌と、その奥に潜む「何か」を鮮明に照らし出した
桃太郎の剣が蔓に振り下ろされる。
――だが、刃は空を切った。
「何……!? どうして交わせる……!」
その瞬間、上空のマギ・オババが杖を握り直し、低く呟いた。
「……操ってる奴、居るね」
桃太郎の背筋に寒気が走る。
(もしかして、石盤の力を利用してるのか!)
ただの魔導生物ではない。誰かが、この動きを操っている――近くにいる、間違いなく。
蔓はまだ白雪を引きずり、奥へと進む。だが今は、桃太郎の攻撃のタイミング。
――この“誰か”の存在を意識しながら、次の一撃を見極めねばならない。
桃太郎の背筋に走った寒気は、すぐに確信へと変わった。
(……いる。見てやがる……!)
視線。
どこからか、自分たちを“観察している何か”。
だが――今はそれどころじゃない。
「白雪を離せッ!!」
桃太郎は地を蹴った。
ぬるりと沈む足場を無理やり踏み抜き、強引に加速する。
蔓が蠢く。
今度は“読んでいる”ような動きで、桃太郎の進路を塞ぐ。
「……なら!」
蒼い剣が、ドクンと脈打った。
次の瞬間、桃太郎はわざと踏み込む位置を外した。
一拍、遅らせる。
蔓が反応する――“先読み”していた軌道に。
「そこだァッ!!」
――ガキィン!!
剣が、空を切るはずだった軌道から一転、逆手で振り抜かれる。
反応が遅れた蔓が、まともに刃を受けた。
ズバンッ!
赤黒い蔓が裂け、黒い液体を撒き散らす。
「ギ、ギギ……ッ!」
初めて、明確な“悲鳴”のような振動が地面を伝った。
「今だよ桃太郎!!」
上空からオババの声。
同時に、黄金の光弾がもう一度降り注ぐ。
――ドドドドドッ!!
爆ぜる光。
砕ける地面。
白雪を引きずっていた蔓の動きが、完全に止まった。
「離せ……ッ!」
桃太郎は滑り込むように間合いへ入り、白雪の足首に絡みつく蔓へ剣を振り下ろす。
――ザンッ!!
拘束が断ち切られた。
「きゃっ……!」
崩れ落ちる白雪の体を、桃太郎がそのまま抱き留める。
「大丈夫か!」
「う、うん……でも、まだ……」
その言葉の途中で、二人は同時に顔を上げた。
――ゾワリ。
切断されたはずの蔓が、再び蠢く。
それどころか、周囲の地面全体がゆっくりと脈打ち始めていた。
まるで――怒っているかのように。
上空で、マギ・オババが舌打ちする。
「……やっぱりだ。核が別にある。それに――」
一瞬、彼女の視線が村の奥へ向く。
「まだ居るね。“あやつ”が」
その言葉に呼応するように。
村の最奥、闇の奥深くで――
何かが、わずかに“動いた”。
その時。
白雪の手首で揺れるお守りが、突如――強い光を放ち始めた。
闇の奥、村全体を揺らす脈動の中で、白雪の手首の光だけが、未来を示すかのように強く輝いていた。
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次回も、緊迫と謎に満ちた物語の続きをお楽しみにしていただけると嬉しいです。




