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第三十八話(前編):温泉行くつもりが異変に巻き込まれた件

桃太郎が「ただの剣」ではない、意思を持った剣と初めて向き合います。

握ることによって体力も魔力も吸い取られ、演算すら鈍る――その感覚は、彼にとって未知であり、恐怖でもあります。白雪やマギ・オババといった周囲の存在が、桃太郎を守る一方で、剣は容赦なくその意志を問いかけます。


温泉への期待に浮かれるひとときから、村の異変という現実へと転換する描写は、読者に安心と緊張を交互に味わわせます。

この章のテーマは、「力の重みと覚悟の対価」です。桃太郎はまだ若く、魔力も尽きかけている中で、剣の意思に引きずられるように進むしかありません。静かに脈打つ蒼い光が、今後訪れる試練の予兆として、章全体に影を落としています。


読者には、桃太郎の心拍と剣の鼓動を一緒に感じながら、彼が持つ力の重みと、避けられぬ試練の恐怖を味わってほしいと思います。

――どれくらい、意識を失っていたのか。


 最初に戻ってきたのは、音だった。


 ……カン、……カン……


 遠くで、まだ鉄を打つ音がしている。規則正しく、だがどこか子守歌のように、意識の底を揺らす。

「……ぅ……」


 喉が焼けたように乾いている。身体が重い。いや、“重い”というより、自分の内側が空洞になったような、奇妙な軽さ。


「桃太郎!!」


 はっと目を開けると、すぐ目の前に白雪の顔があった。今にも泣きそうな顔で、こちらを覗き込んでいる。


「……生きてる……よな……俺……」


「当たり前でしょ!! 勝手に死にかけないで!!」

 怒鳴り声と同時に肩を掴まれ、ようやく現実に引き戻された。だが、違和感がある。頭の中で、いつもなら当たり前のように回っている“演算”が、妙に鈍い。


(……計算式が……遅い……?)


 簡単な魔力循環の式を思い浮かべるが、普段なら一瞬で展開できるそれが、ワンテンポ遅れる。まるで、歯車の一部が欠けているみたいに。


「気づいたかい」


 顔を向けると、あの鍛冶屋が腕を組んで立っていた。


「そいつはな、“喰う”剣だ。魔力だけじゃねえ。使い手の“精度”も、“余裕”も、全部な。……いい剣ってのは大体そういうもんだ。代わりに――応えりゃ、あれだ」


 顎で、床に置かれた剣を示す。青い微光は、まだ消えていない。むしろ、先ほどよりも静かに、深く脈打っているように見える。


 桃太郎はゆっくりと手を伸ばしかけて――ピタリ、と止まった。


(……怖い)


 さっき握った時の感覚が、まだ手に残っている。あれは道具じゃない。明らかに、“何か”だった。


「……無理に触んな」


 鍛冶屋がぽつりと言う。


「そいつはもう、お前を見た。次に握るときは――

選ばれる側じゃねえ。“応える側”だ」


 白雪が不安そうに呟く。

「……ねえ、それ……本当に大丈夫なの……?」


 その声には、はっきりとした“恐れ”が混じっていた。綺麗で強いが、同時に“これは持っちゃいけないものなんじゃないか”という直感。


 マギ・オババが、くつくつと喉を鳴らして笑う。


「いい顔してるねえ、二人とも。力ってのはね、いつだってそういうもんさ。欲しがった瞬間から、代償込みで首輪がつく」


 桃太郎はゆっくりと息を吐く。視線の先には、静かに脈打つ蒼い剣。


 隠居生活。頭の片隅に、まだその言葉は残っている。だが同時に、はっきりと理解していた。


(……これ、持った時点で……もう無理だろ……)


 苦笑が漏れる。それでも、震える手を今度は止めなかった。ゆっくりと、柄に触れる。


 ――ドクン。


 心臓と同じタイミングで、剣が脈打った。だが今度は、弾かれない。拒絶も、暴走もない。ただ静かに、重く――そこに在る。


「……上出来だ」


 鍛冶屋の短い一言。白雪はほっと息をつきながらも、まだ不安そうに「……ほんとに……変な剣……」と零す。


「変なのは剣かねぇ。それとも――それを握っちまった、その子か」


 オババが楽しげに笑い、工房の中にまだ熱が残る中、その中心で蒼い光は静かに脈打ち続けていた。


「ふふ、鍛冶屋のオヤジから聞いたよ、桃太郎。北の雪国に行く前にね、体力と魔力を回復できる温泉があるらしいんだってさ」


「温泉……!」


 白雪が目を輝かせ、思わず小走りに飛び上がる。「やったー!温泉入れる!」


「ちょっと厄介な場所にあるらしいけど、行くかい、桃太郎?」


 オババがニヤリと笑う。桃太郎は小さく心の中で呟いた。


(……また、絶対やばい展開になる奴だ……)


 山道を歩く一行。桃太郎はまだ体が重く、魔力もほぼ空っぽだ。白雪はルンルンで、剣を抱える桃太郎をチラチラ見ている。


「いや、オレ……もう戦いたくないし、計算式も回らないし……」


 シュタルクみたいに嫌々ながら歩く桃太郎の掌で、不意に振動が走った。


 ――ドクン。


「うわっ!? な、何だこれ!? ……ま、また、なんでオレだけこんな目に……!」


 後ずさりする桃太郎。剣の青い光が小さく脈打ち、まるで意思を持っている。


「フフ、桃太郎。そいつは“応える剣”だ。握った瞬間から、持ち主の力量も覚悟も問う。逃げられると思うな」


「うっ……オババ……いやだぁぁ!まだ温泉も着いてないのに!」


 桃太郎はぶつぶつ言いながら剣を抱え、深呼吸して柄に手を添える。蒼い光がゆっくりと脈打ち、手のひらに重みと熱を伝える。


(……ああ、またこういう流れか……オレ、完全にフラグ真ん中に立ってる……)


 嫌々ながらも、徐々に呼吸を合わせていく。白雪は嬉しそうに、オババは楽しそうに笑い、温泉村の湯気が道の先に見えてきた。



山道を抜けた先、視界が開けた場所に小さな集落が見えた。

 本来なら、旅人を癒やす湯煙と、夕餉の支度の煙が立ち上っているはずの場所。

 だが――妙だった。

 煙が上がっていない。人の気配が薄い。

 風に混じって、かすかに鉄と血の匂いがする。


「……止まるのだ!」

白雪が低く呟き、剣に手をかける。先ほどまでの「温泉!」とはしゃいでいた面影は消え、鋭い戦士の眼光で村を見据えている。


足元には、踏み荒らされた跡。何かが無理やり引きずられたような不自然な線が、村の奥へと続いている。

(……これ、関わらない方がいいやつだろ……)

直感がそう告げる。演算能力が鈍り、魔力もほとんど残っていない桃太郎に、この「異変」を解決するリソースなど残っていない。


「ねえ……おじちゃんが言ってたのだ。こっちには、魔王軍みたいな、連中がいることもあるのだ」

白雪の声には迷いはないが、桃太郎の心臓は跳ねた。


(……え、まさか…裏のグリモワールドには、鬼ヶ島っぽいやつらが…!)

踏み荒らされた跡、無理やり引きずられた線を見て、桃太郎の頭は最悪の妄想を次々に再生する。


後ろでマギ・オババは杖を握りしめ、眉をひそめる。普段なら笑うその顔に、わずかな緊張が宿っていた。


だが、その思考を嘲笑うかのように、腕に抱えた蒼い剣が脈打つ。

――ドクン。

まるで「獲物はあっちだ」と指し示すような、冷たくて鋭い鼓動。


「……うわ、またこれだよ……! 頼むから寝ててくれって……!」

桃太郎の抗議も虚しく、剣は小さく脈打ち続ける。


「引き返せるなら、とっくにそうしてますよ……!」

半べそをかきながらも、桃太郎は鈍い頭をフル回転させ、周囲の状況を「再演算」し始めた。

鈍い頭で再演算を続ける。魔力もほとんど残っていない。


(……いや、これは……完全に……何かいる……!)


次の瞬間、風が止み、世界が一瞬だけ静寂に包まれた。

そして――その静寂の先に、何が潜んでいるのか、桃太郎にはまだ知る由もなかった。


高評価など、いつもありがとうございます。

桃太郎が蒼い剣と初めて向き合い、恐怖と覚悟の狭間で揺れる姿を描くのは、とても神経を使う場面でした。皆さまからの応援や反応は、こうした細かい心理描写や世界観の緊張感を表現する勇気を、私に与えてくれます。


剣の鼓動、魔力の消耗、そして村に漂う異変――文字にするだけでは伝わりにくい微細な感覚も、読者の皆さんが心で受け止めてくださることで、物語に命が吹き込まれます。

桃太郎が次に進む道も、温泉の先に待つ異変も、まだまだ大きな試練が控えています。これからも、剣の脈打ちと共に、彼の成長や葛藤を見守っていただければ幸いです。

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