第二十一話: 平穏な日常と、アネゴの誕生した件
地下迷宮での騒動も一段落し、ももっちにようやく(自称)平穏な日常が戻ってきました。
五歳になり、念願の「貸し出し許可」を得て、知識の蓄積に励むももっち。しかし、隣に座る「あの少女」が、彼の精密な人生計算をじわじわと狂わせていきます。
今回は、ももっちの「隠居の美学」と、ついつい出てしまう「過保護な全力」のギャップをお楽しみください。
地下迷宮の騒動を終え、再び平穏な日常が戻ってきた。
まるで何も無かった様に…
実に結構。
素晴らしい。
拍手を送りたい。
人生とは本来、静かであるべきだ。爆発も悲鳴も陰謀も、年に一度で十分。常用するものではない。
俺の目標は明確。
最小出力・最大安定。
波風を立てず、目立たず、関わりすぎず。
余計な感情の起伏はエネルギーの無駄遣い。
それが隠居道の基本理念である。
……なのに。
カリンと過ごす時間は、どうにも俺の最適化計画に微細な誤差を生む。
公園のベンチで、街の書庫から借りてきた魔導書を広げる。
五歳になり、ようやく貸し出しが許可された「知識」という名の安定資産だ。
木陰は涼しく、午後の風は穏やか。
遠くで子どもが笑い、世界は平和そのもの。
完璧だ。
隣の存在を計算式から除外できれば。
「ねえ、ももっち。それ、おもしろい?」
ひまわりのような満開の笑顔が、俺の視界に割り込んできた。
まぶしい。
直視は精神衛生上よくない。
俺はペンをくるりと回し、余裕を装う。
(おいおいお嬢さん、相変わらずいい笑顔だね。今は勉強……じゃなくて魔導研究の時間だ。これは将来の安定資産なんだ。静寂という最高の環境を堪能させてくれ)
「……ふむ、面白いよ。今、目が離せない……」
「わかった。じゃあ静かにしてるね」
素直。
あまりにも素直。
彼女はベンチの端で小さくなり、両手を膝に乗せてちょこんと座る。
その姿が妙に可愛いなどと評価するのは危険だ。
評価は関与を生む。関与は責任を生む。
俺は意識を文字へ沈めた。
活字は裏切らない。
理論は笑わない。
数式は俺を振り回さない。
一行、また一行。
前世仕込みの集中力で、知識を脳に刻む。
――どれくらい時間が経っただろうか。
ふと、風が強く吹いた。
我に返り、顔を上げる。
(……いない)
隣にいたはずのカリンが、橋の方へ駆けていく姿が見える。
梟人の子どもたち三人も、その後を追っている。
「君たち、こっちで遊ぼう!」
カリンが胸を張り、声を張る。
「いいか、君たち! 私の言うことをしっかり聞きなさい! ルールは簡単! 一番最初に、あの橋を渡り切った人が勝ち!」
三人組は声を揃えて「はい!」。
一人は飛び跳ね、
一人は真剣な顔で橋を見つめ、
一人は少し怖がりながらも頷く。
カリンは誇らしげだ。
(おいおい、アネゴ化が進んでいる……)
スタート。
小さな足音が一斉に駆ける。
橋の手前までカリンが先頭。
だが、石に足を取られる。
「きゃあっ!」
その瞬間、三人も同時に橋へ足をかけ――
滑る。
崩れる。
水しぶきが弾ける。
「助けて、アネゴ!」
呼ばれた。
俺は立ち上がる。
(やばい。落ち着け。浅い。距離三歩。飛び込めば間に合う――)
だが、カリンの顔が見えた。
ほんの一瞬、怯えた目。
計算が飛ぶ。
(最適解を弾き出す時間がない!)
「カルカナ・ルミナス――!」
青白い符号が弾ける。
空気が震える。
水面が光を帯びる。
子どもたちの体が、ふわりと浮かび上がる。
虹色の水しぶきが宙に散り、世界が一瞬だけ無音になる。
そして――
静寂。
そのとき。
橋の向こう。
木立の奥。
視線を感じた。
冷たい。
値踏みするような、静かな観察。
(……まずい)
鼓動が一拍遅れる。
(見られたか?
五歳児が、この規模の制御魔法を?
演算圧縮も無詠唱補助も、完全に大人仕様だったぞ今)
喉が乾く。
(やばい。バレたら終わる。
俺の隠居生活が――)
風が吹く。
木の葉が揺れる。
誰もいない。
気のせいか?
「すげーーぜ、桃太郎!」
子どもの歓声が現実に引き戻す。
俺は水面を見る。
浅い。
足が届く。
冷静に考えれば、飛び込んで手を伸ばせば済んだ話。
それを俺は。
最大出力補助魔法で処理した。
(イヤイヤイヤイヤ……)
胸の奥から込み上げる後悔。
(俺は何をやってるーー!!)
その日を境に、カリンは堂々とアネゴとなった。
俺は背後で、静かに目立たぬよう立ち続ける。
世界は平和だ。
少しだけ騒がしく、そして確かに温かい。
だが。
さきほどの視線。
あれは、図書館の古い紙の匂いとは違う。
もっと冷たく、鋭い「誰か」の匂いだった。
――もうすぐ、あの季節が来る。
いかがでしたでしょうか。
「足の届く浅瀬」で最大火力の魔法を使ってしまうあたり、ももっちの「計算高さ」がカリンの前ではいかに無力かが分かりますね。本人はコスト計算のミスに絶望していますが、傍から見ればただの「最高に頼れるお兄さん」です。
さて、カリンの「アネゴ化」が進む一方で、最後には不穏な「匂い」が……。
ももっちの平穏を脅かす次なる影は、一体何者なのか。
「ももっち、結局カリンに甘いな!」と思った方は、ぜひ高評価やブックマークをよろしくお願いします!次回、新展開が動き出すかも……?




