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第四十八話(後編②):セレナを煽ったら世界崩壊が始まった件

ブックマーク、高評価、本当にありがとうございます。


今回は、セレナにとって最悪の“真実”を描いた回になりました。


守れなかった過去。

失った家族。

そのすべてに意味が与えられてしまった時、人は何を壊してしまうのか。


桃太郎とはまた違う形の絶望を、感じてもらえたら嬉しいです。

黒い蔓は、もはや建物全体へと伸びきっていた。


それは侵食というより、最初からそこにあったものが、ゆっくりと本来の正体を思い出し、この世界を塗りつぶしているかのようだった。


壁は粘りつくように呼吸し、床は生き物のように脈打っている。天井は時折、まるで内側からの痛みを堪えるようにわずかに収縮し、不気味な軋みをあげた。


その中心に、アッシュはいた。


ただそこに“立っている”のではない。この異形な空間のすべてが彼を核として構成され、あらゆる事象が彼を中心にして意味を持っているようだった。


石盤へと繋がる蔓が、ゆっくりと、だが重く鼓動する。


ドクン。


そのたびに、空間が一度だけ「思考」を止める。


まるで世界そのものが、主である彼の次の一言を待っているかのように。


「……そうだな」


低い声だった。


静かで、穏やかで、一見して感情が欠落しているように聞こえる。だが実際には、もっと厄介なものが混ざっていた。


それは、何があっても揺らぐことのない傲慢なまでの“確信”だ。


「セレナ」


その名前を呼ぶ。


呼びかけではない。


確認でもない。


それは、標本の位置を定めるような“対象の固定”だった。


セレナの肩が、わずかに揺れる。


その揺れは恐怖によるものではない。自身の記憶が、外部からの力で無理やり“整列”させられ、望まない真実へと繋げられていく感覚への拒絶だった。


「お前の家族は、例外ではない」


その一言で、セレナの中の何かが一気に“開く”。


扉ではない。それは、何重にも鎖をかけて閉じ込めていたはずの「蓋」だった。


抑え込んでいた光景が、泥流となってあふれ出す。


鼻を突く焼けた匂い。


瓦礫となった我が家。


途切れた誰かの叫び。


あの日、自分の手のひらに残った、耐えがたい冷たさ。


アッシュは続ける。止めない。


止める理由など、彼の中には一つも存在していない。


「何人も試した」


淡々とした声。だがその淡々さは冷酷というより、むしろ異様に“丁寧”だった。


「条件は同じだ。極限状況。孤立。逃走不能。そして、魔力干渉」


一つ一つが、過去の説明ではなく、今ここで再び行われる“再生手順”のように並べられていく。


「大半は途中で壊れた。意味を失ったか、あるいは耐えきれずに感情が先に死んだ」


その言葉を聞きながら、セレナの呼吸が目に見えて浅くなっていく。


空気が吸えないのではない。彼女の中で、“酸素を吸う理由”そのものが砂のように崩れ、薄れていくのだ。


「お前の家族も同じだ」


その瞬間、セレナの指先が強く震えた。


だがそれは怒りではない。怒りとして形を成す

前の、残酷なまでの“理解”だった。


アッシュはそれを見ている。だが、そこに同情も評価もない。あるのは純粋な観察だ。


「ただ一つ違ったのは」


ゆっくりと視線が上がる。


虚無だったその瞳に、初めて、ほんのわずかな“興味”が火を灯した。


「お前だけが残ったことだ。崩れずに、意味を捨てずに……“壊れ方”を変えた」


セレナの喉が詰まる。その言葉は、響きだけなら褒め言葉に似ている。


だが、その芯にあるのは血の通った賞賛ではない。“完成データの報告”だ。


「だからお前は成功例だ。他は失敗。お前は、完璧に完成している」


そして最後に、彼は祈りのような静けさで落とす。


「家族は、そのための初期条件に過ぎない」


その瞬間。


セレナの中で、すべての“音”が消えた。


怒りや悲しみといった、生易しい言葉では形容できない。

もっと単純で、不可逆な、魂そのものの

「爆発」。


「……あ」


漏れた声は、言葉にならなかった。


だが、次の瞬間。


「アァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」


それは、人間の喉から出る音ではなかった。


獣の咆哮。魂が引き裂かれる悲鳴。


閉じ込めていた過去のすべて、家族の愛、焦げた匂い、絶望、そのすべてが、アッシュへのたった一つの感情――**「憎悪」**へと変換され、一気に噴出したのだ。


「実験……? データ……? よくも……よくもそんな言葉で、私の、私の全てをぉぉぉぉ!!」


セレナの全身から、制御不能な魔力が奔流となって溢れ出す。


それはもはや爆裂魔法の術式すら保っていない。彼女の憎悪そのものが、物理的な破壊力を持って空間を焼き、肉壁を裂いた。


「お前さえ……お前さえ、この世にいなければぁぁぁ!! 世界なんて、どうだっていい!! 私がどうなってもいい!! お前だけは、絶対に、許さないぃぃぃぃ!!」


彼女の瞳はアッシュを殺すためだけに燃え上がり、涙さえも魔力の熱で蒸発していく。


一点への、純粋で、圧倒的な存在否定。


桃太郎が、青ざめて叫ぶ。


「セレナ!! 止まれ!! 正気を見失うな!! 今撃てば本当に世界が終わる!!」


彼の必死の制止さえ、今のセレナには蚊の鳴くような雑音に過ぎない。


彼女の世界には今、殺すべき仇、アッシュしか存在しないのだから。


アッシュは、その破滅的な瞬間を見ていた。


狂気に狂い、自分を殺そうとするセレナの姿。


「……素晴らしい」


その一言に、初めて、恍惚とした歪んだ喜びが混ざる。


「そうだ。その憎悪、その暴走こそが、この石盤を『再定義』するための最後のエネルギーだ」


彼は、迫りくる死の奔流を前に、まるで愛おしいものを見るように両腕を広げた。


アッシュは、自分に向けられた殺意の奔流を、まるで極上の音楽でも聴くかのように受け止めていた。


石盤に走ったヒビから、どろりと溢れ出すのは魔力ではない。


それは**「世界の接続情報」**そのものの漏洩だった。


「聞こえるか、桃太郎。お前が守りたがっていた『表』の悲鳴が」


アッシュの声が、石盤の軋みと共に空間に響き渡る。

桃太郎の脳内にあるプロマッピングが、突如として真っ赤な警告色に染まった。


遠い空、かつて彼が平穏な隠居を夢見た『表のグリモワールド』の座標。そこが今、見たこともない異常なエネルギーの渦――**「時空嵐」**に飲み込まれようとしている。


「セレナの憎悪は、石盤というゲートを内側から叩き壊した。もはやこの空間と表を繋ぐ座標軸は、修復不能なまでに捻じ曲がっている」


桃太郎の顔から、一気に血の気が引いた。


杖を握る指が、かすかに震える。


「……待て。座標が……消えていく……?」


「その通りだ、努力家オタクの桃太郎。お前の緻密な計算は、今この瞬間に無価値となった。表の世界は時空の嵐に引き裂かれ、書き換えられる」


アッシュは恍惚とした表情で、ヒビの入った石盤を撫でた。


「帰れる保証など、最初から無かったのだ。お前がどれだけ石盤を慈しみ、セレナを宥めようと、この『再定義』は止められない。

お前が夢見た穏やかな隠居暮らしは、今ここで、永久に失われた」


「……アッシュ……ッ!!」


桃太郎の喉から、絞り出すような唸りが漏れる。


自分がどれだけ泥を啜り、計算を積み上げ、正解をこじ開けようとしても、その「出口」そのものが嵐の中に消えていく。


「絶望しろ。お前たちが守ろうとしたものは、お前たち自身の手で壊したのだ。……さあ、始めよう。帰る場所を失った者たちだけの、新しい世界の構築を」


アッシュの宣言と共に、石盤から放たれた青白い衝撃波が、歪んだ空間をさらにズタズタに切り裂いていく。


今回のアッシュは、「強い敵」というより、“人の人生を実験として扱う存在”として描きました。


特に、


「家族は、そのための初期条件に過ぎない」


この台詞は、セレナの人生そのものを踏みにじる言葉としてかなり重要な場面でした。


そして、セレナの憎悪によって石盤が暴走し、ついに“表の世界”まで巻き込み始めます。


桃太郎が守りたかった帰る場所。

セレナが抱え続けてきた痛み。

その全部を、アッシュは「再定義」の材料として利用している。


だから今回の戦いは、単なるバトルではなく、“生き方そのもの”を壊される戦いでした。


ここから先、桃太郎とセレナが何を選ぶのか。

引き続き見届けてもらえたら嬉しいです。

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