7-10
「確かにここに存在していたようだな」
背の高い男が言う。
ラクロワ家が無人になって数ヶ月、二人の男女がその地を訪れていた。女性はアネルマ・クレーモラ。二人は親子ほど歳が離れているように見える。
二人はクレマンが研究室として使っていた小屋の前にいる。焼け跡が残るその小屋は朽ちはじめていた。
「申し訳ありません。わたしがなんとかしていれば」
アネルマは神妙な面持ちだ。
「仕方あるまい。お前ではまだ役者不足だ」
「存在していたということは、やはり今はもうここには……」
アネルマはずっと小屋を見つめている。あの時感じた気配はない。
あの時。
アネルマは気配を頼りにラクロワ家を訪れた。小屋の様子を探ろうとした時に、背後からカリーヌに咎められた。アネルマはすぐに立ち去っているので、実際にはカリーヌとほとんど言葉を交わしていない。
「ああ。移動したのか、それとも消滅したのかはわからないがすでにここにはない」
背の高い男がラクロワの家屋の方に視線を移した。
「消滅?」
「可能性は低いがな……お前が会った娘は命を落としたと言ったな?」
娘とはカリーヌのことだ。
「はい……関係があるのでしょうか?」
「会ってないのでなんとも言えんな。原因不明ならあるいは関係あるかもしれん……」
「何か気になることが?」
背の高い男がずっと同じ方向を見ていることにアネルマは気づいた。
「向こうにも何かあるな。いや、あったと言うべきか」
言葉の途中で背の高い男は歩き出した。アネルマも後を追う。
二人はラクロワの家屋の脇を抜けて古井戸に向かった。カリーヌがスワッグを作った、長い間使われていない古井戸だ。
背の高い男が覗き込む。
「なるほど。最初はここにあったのか」
ややあって背の高い男が呟く。
「ここ?」
アネルマも同じように覗き込む。埋められてはいないので中は深くて暗い。底に白っぽい何かがあるのはわかったが、それが何なのかははっきりとわからない。
「あれは……人間の骨?」
アネルマが自信なさげに呟いた。
「抜け殻だ。いや、器と言った方がいいだろう」
背の高い男の目にも人間の骨として見えている。しかし、違うものも感じ取っていた。
「器……」
アネルマにはその意味がわからなかった。
「理由はわからないがここからあの小屋に移動したのだろう。どうやって移動したかは不明だが」
「自力では移動できないのですか?」
アネルマが訪ねる。器に入っていたものなら自力では移動できないのかもしれないと考えた。
「そこまではまだ不明だ。何も解明されていないのでな」
背の高い男は「器」と表現したがそれは推測でしかない。根拠はないが単独では長く存在できないのではないかと考えている。
「エズはどうだったのですか?」
背の高い男は数日前までニースにほど近いエズに滞在していた。
「フィンランドと概ね同じだ。ただし、エズでは広範囲に犠牲者が出たようだ。昼間だったことが関係あるとは思わないが……」
背の高い男が説明する。
「昼間……では見えたのですか?」
「はっきり見たという話は聞いていない。見たものは皆死んでしまったとも考えられるがな」
「規模が異なるのでしょうか?」
アネルマが疑問を口にした。何が起こったのかはわからないが、規模が異なるから被害が少なかったのではないか。
「あるいはプラチナブロンドの若い女性が関係しているのかもしれない」
背の高い男が言うのは、その女性により被害が抑えられたのではないかということだ。何か特別な力を持っているのではないか。
「エズにもそのような人がいたのですか?」
「いや、確認されていない。正確にはわからないがほぼ同じ時期と思われる。短時間での移動はできないだろう」
数百年前のことだ。フィンランドとフランスの移動は簡単ではない。
「仮にこの家の娘が犠牲になったとして、他に犠牲が出ていないと思われるのは何故でしょうか?」
過去に犠牲を出したような存在なら、被害が続くのではないかとアネルマは考えている。
「性質が変わったのか、あるいは最初から被害を及ぼす存在ではないのかもしれない」
背の高い男も直接の被害を確認したわけではない。ただし、異質なものであることは間違いない。それが何なのかを見極めたいのだ。
「被害を及ぼす存在ではないとすると、被害が出た原因は別にあるということですか?」
「そうなってしまうな……」
背の高い男の答えは歯切れが悪かった。原因が別にあるとすれば突き止めることは不可能だろうと考えていた。




