7-9
最初に気付いたのはエステルの夫だった。
「庭の小屋が燃えている! 君たちも外へ出ていつでも逃げられるようにしてくれ」
そう言うと一人で外へ出て井戸に向かう。裏庭のある古い井戸ではない。
木桶に水を汲み小屋へと向かう。小屋の入り口の火はまだ小さい。
扉の火はすぐに消え、エステルの夫は扉を開ける。
小屋の中は煙が充満していた。火の勢いはそれほどではない。倒れているクレマンの姿が見える。
何度か水をかけると入り口付近の炎は消えた。クレマンのそばまでは近づけそうだ。
「エステル! ミュリエル! 手伝ってくれ」
「私がいくわ」
エステルとミュリエルは顔を見合わせたが、エステルがそう言うと小屋に入っていく。二人とも入るには狭そうだ。
二人でクレマンの体を抱き起こす。
「これは?」
クレマンの体の下にはミモザのスワッグと一冊のノートがあった。ミモザのスワッグは軽く押しつぶされている。
「カリーヌがお父さんにプレゼントしたスワッグだわ。ノートはわからない」
エステルが夫に説明した。カリーヌがプレゼントした時はその場にいなかった。
「そうか。燃えないように持ち出そうとしたんだな……お義父さんを運び出そう」
エステルと二人でクレマンを外に運び出すと、夫だけが一人で小屋に戻る。スワッグとノートを持ち出すためだ。
ミュリエルはクレマンの様子を確認すると急いで医者を呼びに行った。クレマンは呼吸をしておらず脈もなかった。
やがて医者とともにミュリエルが戻ったが、医者の診察でクレマンの死亡が確認された。
「それはカリーヌの……」
ミュリエルがスワッグに気付いた。
「燃えないように運び出そうとしていたんだ。お義父さんの体の下にあったよ」
「そのノートは?」
「わからない。同じようにお義父さんの体の下にあったから大切なものだろう」
ミュリエルはノートを開いてみたが、何が書いてあるのかはわからなかった。
「何かしら……錬金術? カリーヌのためのものなのかしら?」
「図形しかないからわからないわね。カリーヌに見せてもわからないんじゃないかしら」
エステルも本を覗き込んだがわからなかった。
翌日の昼過ぎ、クレマンの後を追うようにカリーヌも息を引き取った。昏睡状態になってから一度も目覚めることはなかった。
ミモザのスワッグはクレマンの棺に入れられることになった。カリーヌが作ったものだがクレマンに贈ったものだ。カリーヌにとってもその方が良いだろう。
問題はノートの方だった。カリーヌに贈るものだったのであればカリーヌの棺に入れてあげたい。しかし、そうでなければカリーヌの棺に入れても意味がない。かといってクレマンの棺に入れても、カリーヌに贈るつもりだったのなら望まない結果になる。
迷った挙句にノートについては家に置いておくことにした。
それから数ヶ月後に、エステルとその夫は仕事の関係で引っ越すことになる。ミュリエルはそのまま住み続けることもできたが、時期を同じくして妹夫妻とは別の家に引っ越すことにした。
クレマンが身を挺して守ったノートは、他の蔵書と一緒にエステル夫妻が新居に持っていった。その際に、カリーヌの日記は蔵書の中に紛れてしまい、エステル夫妻の新居の書斎に眠ることとなった。
クレマンのノートは書かれている内容も書いた目的も不明なため、エステル夫妻の家の書斎に置かれたきり、ほとんどページが開かれることはなかった。エステルの子供、孫と代替わりするにつれ、その存在は忘れ去られていく。
そんなある日、エステルの子孫の一人が、書斎でカリーヌとエステルの夫の日記を見つける。
最初はエステルの夫の日記だった。それだけであれば姪を早くに亡くした貿易商の生活に過ぎない。少年にとってはあまり興味がそそられる内容ではなかったが、カリーヌの日記が見つかったことで二人の関係に気づき、二人の日記に興味を持ち始めた。
特に惹かれたのは【クレマンの書】だ。何が書かれているのだろうか。
(この書斎にあるのかな?)
あまり期待はしなかった。二百年も経っている。日記は残っていたが果たしてノートは残っているのか。残っているとしてもここにあるとは限らない。
書斎をくまなく探していると、それらしいノートを見つけた。
表紙にミモザが描かれた赤茶色した革表紙のノート。日記にそこまでは書かれていないが、クレマンが好きだった花がミモザだ。それはカリーヌの日記に書かれている。
そして奇妙な図形だけが描かれている。これはエステルの夫の日記に書かれている。
(これはなんだろう? 魔法陣?)
少年に魔法の知識がなければ魔法陣も見たことはない。錬金術の知識もなく、魔術みたいなものだろうかと思っていた。
(これが魔法陣なら面白いな)
少年は想像を膨らませていく。
やがて彼は年老い、その時に想像した内容をマティスに話した。




