7-8
「クレマンはどうなったの?」
マティスは祖父に聞いた。
「残念ながら焼け死んでしまったよ」
「魔法で火を消せなかったの?」
マティスは素朴な疑問を呈した。魔法使いならそのくらいのことはできるのではないか。
「火を操ることができなかったんだよ。クレマンの魔法は精霊を操るものではなかったからね」
祖父は答えながら話した内容を思い返していた。クレマンの魔法は生活に役立つものだ。それであれば火を使う可能性もある。しかし、具体的に火を扱う魔法は話していない。クレマンが火を扱えないという回答に矛盾はない。
「ふーん……カリーヌは? 助かったんだよね?」
マティスとしては、クレマンのためにもカリーヌには助かっていて欲しかった。クレマンが命を落としたのは、カリーヌを助けようとしたことに原因があるとマティスは思った。カリーヌのことがなくても火災は発生したかもしれないが、今となってはそれを否定することはできない。
「いや、カリーヌもその数日後に息を引き取ったんだ。目覚めることはなかったそうだよ」
「そんな……」
マティスの表情が曇る。クレマンの魔法でカリーヌが助かることをマティスは期待していた。クレマンの死によって魔法で助かることは叶わなかった、クレマンのためにもカリーヌには助かって欲しかった。
「原因はなんだったの?」
マティスが祖父に問う。
「最後までわからなかったんだ」
「あの占星術師は? 本当に魔女だったとか」
「さあ、どうだろうね……」
祖父は曖昧に答えた。当然だ。その頃はまだ生まれてもいない。
占星術師のことはカリーヌの日記に書かれていた。それが日記の最後のページだ。だからこそ、話の流れとして不要かもしれないが、占星術師を登場させたのだ。カリーヌやクレマンの死と関係があるとは祖父自身も思っていない。
それ以外にはエステルの夫の日記を参考にしている。この出来事はラクロワの家で語り継がれているわけではない。むしろ、悲しい出来事としてあまり語られることはなかった。祖父がマティスに話した内容は、想像で補っている部分も少なくない。
「魔法書は? おじいちゃんも魔法書を見たの?」
「見たがさっぱりわからなかったよ。もちろん魔法だって使えなかった」
「死にそうになったことがなかったの?」
マティスに悪気はない。
「ははは。そうかもしれないね」
マティスの無邪気な言葉に、祖父は優しく笑って答えた。
それから五年。マティスは【クレマンの書】を想像しながら【マティスの書】を書いていた。しかし、マティスに魔法の知識は皆無だ。魔法陣など書けるはずもない。
図形を描こうとしてもただの落書きになってしまうので、マティスは文章で書いていくことにした。
文章といってもただの文章ではない。魔法書からは逸脱してしまうが、暗号のように秘密の文章を記すこととした。一見すると普通の文章だが、その中に魔法について書いた文章を忍ばせる。子供騙しのようだが、その時のマティスにはそのくらいしか思い浮かばなかった。
【マティスの書】の完成には数ヶ月がかかった。完成した直後こそ満足していたが、しばらくすると熱はすっかり覚めてしまった。【マティスの書】は家の片隅に忘れ去られたように置かれた。やがて起こるリヨンの反乱の際に一家は家を出たが、【マティスの書】は家に置かれたままとなった。いつしか蓮見沙耶香の手に渡り、一人の少女の運命を狂わせることとなる。




