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クレマンは苦悩に満ちた表情をしていた。カリーヌが昏睡状態に陥ってから三日経っていた。
その間、クレマンは魔法でカリーヌを目覚めさせようと力を尽くしていた。しかし、何をしてもカリーヌを目覚めさせることはできなかった。
「わたしは無力だ……こんな時に何もできないとは」
クレマンは研究室でミモザのスワッグを見つめた。カリーヌからの贈り物だ。
「カリーヌからは素敵な贈り物をもらっている。今度はわたしの番なのに……」
贈り物は必ずしも交互に贈るものではない。しかし、カリーヌに何も与えられないことがクレマンを苦しませた。
「目覚めさせるのが無理なら目覚めた後に何か……」
クレマンはカリーヌがいつかは目覚めることを信じている。もちろん根拠などない。それでも目覚めることを信じるしかなかった。
自分に何ができるかクレマンは考えた。
魔法。クレマンが贈れる特別なものだ。しかし、伝授するには長い年月がかかる。クレマンは魔法書を書き記すことにした。それを手にすれば誰でも魔法を発動することができる。
どんな魔法にするか。カリーヌが喜ぶことは何か。
カリーヌの好みをまったく知らないことにクレマンは愕然とした。懐いてはいるがカリーヌはクレマンの前では控えめだ。何を好きなのかもクレマンは知らなかった。
(どうしたら良いのか……)
考えた挙句、クレマンはひとつの結論に至った。
『一度だけどんな希望も叶える魔法』
これであればカリーヌが何を望んでも叶えられる。しかし問題もある。「水を飲みたい」という思いを叶えてしまうかもしれない。かといって何度でも願いを叶えてあげることはできない。
(普段の生活からかけ離れたものに絞れないか)
それであれば日常的なものは排除できる。
クレマンは、書棚から表紙にミモザが描かれた赤茶色した革表紙のノートを手に取った。クレマンのお気に入りのノートで、記入済みのものも含めると五冊ある。最初のページを開くと、慎重に魔法陣を描き始めた。
最初の魔法には時間がかかり、描き終わって念を込めるまでに丸二日かかった。
カリーヌはまだ目覚めていない。
(さて、この後はどうするか)
願い事をひとつだけ叶えてやるのでもよかった。しかし、カリーヌが目覚めないのであれば、魔法書を充実させようとクレマンは考えた。
どんな魔法を追加すれば良いのか。
クレマンはもともと生活に関連した魔法を研究している。それならば生活に役立つ魔法で良いのではないかと考えた。それが一番役立つのではないか。
それは最初の魔法にとっても有効だった。例えば荷物を軽くする魔法。ひとつ目の願いを叶える前に重いものを持ったとする。その時に「もっと軽ければ」と思ってしまったら、それが願いとして叶ってしまうかもしれない。しかし、軽くする魔法があればそちらが発動する。具体的な魔法を充実することで、本当の願いだけを叶える手助けになる。
クレマンは色々な魔法を魔法書に書き記した。
カリーヌが昏睡状態になってから七日が経った。クレマンは肝心なことが残っていることに気づく。
魔法書の発動者だ。誰でも発動できてしまっては困る。しかし、個人名で発動者を特定できないことは経験から知っていた。魔法書が個人を識別できないからだ。その人物の性質で特定するしかない。
クレマンが導き出した答えは、「死の淵から甦った者」だった。少なくともクレマンの周辺で該当するのはカリーヌだけだ。カリーヌが目覚めればの話だが。
クレマンは魔法書に念を込める。昼から始めたが、終わる頃にはとっくに日が沈み夜も更けていた。
ランプに灯りを灯し、クレマンは他にできることがないか考えていた。
書棚の本を取りにいこうと立ち上がると、クレマンの体が大きく揺らいだ。疲労が溜まっていたのだ。手をついた弾みで机は大きく揺れ、置かれていたランプが倒れる。慌てて机の上の魔法書を取り上げるが、その手がランプを弾いてしまい、ランプは机の反対側に転がり落ちた。
ランプの火が周囲の物に燃え移り、炎は瞬く間に大きく広がった。燃えやすいものが多かったのだ。
「いかん」
クレマンの目にミモザのスワッグが映る。カリーヌからの贈り物だ。大切なものだ。それにカリーヌが目覚めた時になくなっていたら悲しむだろう。
クレマンは炎を避けて壁際に向かう。スワッグを手に取り振り返ると炎はさらに広がっていた。
炎を避けて扉に向かう。あまり片付いていなかったので床にも物が散乱している。おまけに疲労が溜まっていた。
足がもつれてクレマンは倒れ込んだ。その拍子に足首を捻挫していた。
炎はすぐそばまで迫っている。すぐに小屋から出なければならないが立ち上がれない。
とうとう周囲を炎に囲まれる。
(ここまでなのか……)
クレマンは魔法書を体の下に置き、その上にスワッグを置いて体をかぶせた。魔法書とスワッグだけは守りたい。スワッグはつぶれてしまうが燃えてしまうよりは良い。
心残りは魔法書だ。カリーヌに伝えることができない。
(スワッグと一緒にカリーヌの手に渡ってくれ)
それがクレマンの最後の願いだった。




