7-6
カリーヌに寄り添ううちに、ミュリエルはいつしか眠りに落ちていた。カリーヌのベッドにもたれかかって眠るミュリエルの見る夢は奇妙なものだった。
目の前には見知らぬ風景が広がっていた。現在でいうフィンランドのリエクサだが、生まれてからリヨンを出たことがないミュリエルには、それが実在する風景とはわからなかった。
時刻は夜。夜空にひとつ、星が流れた。
いや、星ではない。直後に周辺の地面が揺れる。何かが落下したのだ。
落下した場所はピエリネン湖。それは湖に沈んでしまったため、正体を知る者はいなかった。湖畔で目撃していた一人を除いては。
目撃したのは一人の若い女性だった。エメラルドブルーの瞳、腰まであるストレートのプラチナブロンドの髪。
その女性は平然と湖に入っていった。やがて女性の姿は見えなくなる。
夢の続きをミュリエルは覚えていなかった。目が覚めた時には夜が開けていた。
カリーヌの様子を確認すると何ら変化がなかった。いまだ眠り続けている。眠っていると表現して良いのかわからなかったが、少なくともミュリエルには眠っているように見えた。
少し躊躇してミュリエルはカリーヌの体を軽く揺すってみた。
カリーヌは目覚めない。脈はあるし呼吸もしている。意識だけが戻らない。
「まだカリーヌは目覚めないのか?」
ミュリエルがカリーヌの部屋を出るとクレマンが近づいてきた。
「ええ。うなされたり苦しんでいる様子はないので、もうしばらく様子を見て午後にでもまた医者に診てもらうわ」
「そうだな。それがいい……そうだ、今度は街の医者を呼んでこよう。わたしが行くからカリーヌについていてあげなさい」
本当は街の病院まで連れて行きたい。しかし、馬車に乗せて良いかクレマンには判断ができなかった。街の医者を呼べば高くつくがカリーヌの命には変えられない。
午後になってもカリーヌは目覚めなかったので、クレマンは街に医者を呼びに行った。
「昨日からまったく変わりはありませんか?」
カリーナを前に医者がミュリエルに尋ねる。昨日の状態は馬車の中でクレマンが伝えている。
「はい。寝返りを打った様子もありません。少しも動いていないです」
ミュリエルの返答を聞きつつ医者は診察を始めた。ミュリエルは黙ってそれを見守る。
「やはり目立った異常は見当たりません。このまま見守るしか方法はないでしょう」
医者は申し訳なさそうに言う。
「そうですか……」
「ですが、このまま食事を摂れないとなると栄養状態が心配です」
この時代には点滴はもちろん注射器もない。食事が摂れなければ栄養が不足してしまう。このまま目覚めなければ衰弱するということだ。
「スープを口に入れてやるのは――」
「それは危険です。飲み込むことができなければ窒息します」
ミュリエルの言葉は医者に遮られた。医者の言うとおり、飲み込めなければ喉を塞いでしまう。今のカリーヌの状態では飲み込むことはないだろう。
「それでは水も……」
「そうですね。気をつけながら数滴垂らすくらいなら、あるいは大丈夫かもしれません。ですが、ある程度の時間をおいて充分に注意する必要はあります」
医者は言ったが、あまり勧めている様子ではなかった。あまり効果がないのではないかと思っている。むしろ窒息する危険性すらある。しかし、家族に何もするなとは言えなかった。
医者が帰るとミュリエルは深いため息を漏らした。
「どうしてこんなことに……」
カリーヌはまだ十三歳だ。このまま目覚めなかったら。
「起きてカリーヌ」
ミュリエルは強くカリーヌを揺すろうとしたができなかった。強く揺すったところで、目が覚めないだけで何も変わらないかもしれない。しかし、揺することが悪影響を及ぼすことを否定できなかった。




