7-5
その日の夕食時、突然カリーヌが椅子から転がり落ちた。
「どうしたの?」
「カリーヌ!」
一緒に食事していたミュリエルとクレマンが慌てて駆け寄った。エステルとその夫は不在だ。
ミュリエルがカリーヌを抱き起こす。カリーヌはぐったりしていて動かない。
「返事をして……カリーヌ」
ミュリエルがもう一度声をかけるが返事はない。
「脈は?」
クレマンがカリーヌの左手首を掴む。脈は乱れていない。
「どうしたというのだ……」
カリーヌの手を握りながらクレマンが呟く。
「微かだけど呼吸はしているわ。どうして目を開かないの……」
ミュリエルは青ざめている。
「医者を呼んでくる。待っていてくれ、カリーヌ」
クレマンが家から飛び出していく。ミュリエルはカリーヌを抱き抱えたまま動かない。
やがてクレマンが医者を連れて戻ってきた。
「お母さん、お嬢さんをどこかに寝かせてあげてください」
カリーヌを抱き抱えたままのミュリエルに医者が声をかける。その声にハッとして、ミュリエルは顔を上げた。
「先生、娘を助けてください」
クレマンが手伝いカリーヌをベッドに寝かせると、医者が診察を始める。その姿をミュリエルとクレマンは黙って見守る。
医者の診察には時間がかかった。
「ラクロワさん、申し訳ありませんが、まったくの原因不明です。原因がわからない以上、対処のしようもありません。明日にでも街の医者に診てもらった方が良いと思います」
医者が申し訳なさそうにミュリエルに伝えた。
「何もできないんですか? 街の医者なら何かわかるんですか?」
ミュリエルは医者に食ってかかった。
「原因がわからないので、どの薬が効くのかもわかりません。街の医者ならより多くの患者を診ているので、同じような症状を診たことがあるかもしれません」
カリーヌの状態は、意識がないことを除けば何ら異常がないように見える。呼吸も脈も乱れていない。体温の上昇もない。眠っているだけなのではないかとさえ思える。
ひょっとしたら時間が経てば目を覚ますのではないかと医者も考えていた。
「少なくとも今はこれといった異常が見当たりません。苦しみ出したりしなければ、明日の朝までは様子を見ても問題ないと考えます」
医者はミュリエルを少しでも安心させるために付け加えた。安心していいと断言はできないのだが今は何もできない。朝まで待てないというのであれば、この家の人間が判断して行動すれば良いと考えていた。今すぐに街の医者に診せることを進言する状況とは思っていない。
「ミュリエル、先生の言うとおりにしよう。確かに今は苦しんでいる様子がない。気づかなかったが何らかの心労があったのかもしれない」
クレマンがミュリエルの肩に手を置いて宥めた。
「そうね……今はただ眠っているだけのようにも見える」
落ち着きを取り戻したミュリエルはカリーヌに目を向ける。カリーヌは安らかな表情をしている。
「何かあれば駆けつけますので、今夜ひと晩はそばについていてあげてください」
そう言うと医者は帰っていった。
「カリーヌ……」
ミュリエルはベッドに近づくと、カリーヌの右手を両手で握りしめた。
それを見届けるとクレマンは部屋から出て行こうとする。
「どちらへ?」
クレマンの背中にミュリエルが声をかける。
「研究室へ。何かできることがあるかもしれない」
クレマンの返事に対して、ミュリエルは何か言いたそうだったが何も言わなかった。




