7-3
翌日、クレマンはカリーヌを連れて、研究に使っている小屋に向かった。手にはカリーヌが贈ったスワッグを持っている。小屋に飾りつけるつもりだ。
「中にお入り」
カリーヌが小屋に入るのを躊躇っていると、クレマンは優しく微笑みかけた。怖かったわけではない。クレマンにとっての神聖な場所と思っている。
カリーヌは小屋に入ると、興味深そうに中を見渡した。室内は見たことのないもので溢れていた。壁の本棚には、たくさんの本が並んでいる。その隣の棚には、何かの薬品が所狭しと置かれていた。
「この辺りがいいだろう」
クレマンはスワッグを壁に飾る。部屋の中央あたりにテーブルと一脚の椅子があり、その椅子に座った時に正面になる壁だ。つまり、椅子に座っている間は、常にスワッグが目に入る。
クレマンが常に見える位置にスワッグを飾ったことは、カリーヌにとってとても嬉しかった。カリーヌ自身は見ることができなくなってしまうが、クレマンがずっと見ていてくれるのならそれでいい。クレマンに贈ったものなのだから。
「殺伐とした部屋が華やかになったよ」
クレマンはカリーヌに優しく微笑んだ。カリーヌははにかんだ笑みを浮かべる。
「そうだ……たまに遊びに来るといい」
「いいの?」
クレマンの思いがけない言葉に、カリーヌは目を見開いた。
「ああ。構ってやることはできないが……椅子がもうひとついるね。用意しておこう」
「おじいさま、ありがとう。わたし、ずっと見てみたかったの」
「それは良かった。エステルもミュリエルも全く興味を示さない」
クレマンは両手を広げて大袈裟に嘆いた。
「わたし、いつかおじいさまの弟子になりたいの」
カリーヌは思い切って言ってみた。見るのは良くても、やらせてもらうことはできないかもしれない。
「弟子に? それはいい。小さな魔法使いの誕生だ」
「魔法使い?」
カリーヌは怪訝な顔をした。クレマンが研究しているのは錬金術と聞いている。
「おじいちゃんは魔法を使えるんだよ」
クレマンは悪戯っぽい笑みを浮かべた。カリーヌには、クレマンが本当のことを言っているのかわからなかった。
「どんな魔法なの?」
冗談かもしれないが、カリーヌはクレマンの話に乗っかった。
「生活の役に立つ魔法だよ」
クレマンの答えは漠然としたものだった。カリーヌにはどんなものか想像がつかない。
「空を飛べるの?」
「それもいつかはできるかもしれないね」
クレマンの答えにカリーヌは少しがっかりした。魔法使いといえば空を飛べるものと思っていたからだ。それでもカリーヌは、クレマンにがっかりした表情を見せなかった。
「おじいさまが空を飛ぶのを楽しみにしているわ」
「空を飛ぶのもいいが、早く移動できるなら飛ぶ必要はない」
クレマンの言葉の意味を、カリーヌは理解できなかった。
「早く移動する?」
「手の平を上に向けてごらん」
カリーヌはクレマンの言葉に従って手の平を上に向ける。
「こう?」
「それでいい。見ていてごらん」
次の瞬間、目の前で起こったことにカリーヌは目を丸くした。何もなかった手の上に、見覚えのあるものが現れたからだ。
「これって……ママのクッキー!」
それはミュリエルが焼いたクッキーだった。つい先ほども一枚食べたばかりだ。
「便利だろう。ふふふ」
クレマンはカリーヌの反応に満足していた。
「飛んできたの?」
カリーヌは訊いたが、飛んできたようには見えなかった。
「飛んでいるのが見えたかい?」
「見えなかったわ」
「移動したんだよ。一瞬で」
「一瞬……素敵」
カリーヌは羨望の眼差しでクレマンを見つめた。
「そうだろう。空を飛ぶ必要はないんだよ」
「おじいさまも一瞬で移動できるの?」
カリーヌが期待を込めた表情で訊く。当然できるものだと思っている。
「いや、これはまだ物にしか使えないんだよ。でも、すぐに人にも使えるようになる。カリーヌはどこか行ってみたい場所はあるかい?」
「うーん、遠くに行ってみたいとは思うけど、それがどこなのかはわからない」
具体的に思いつくのは近い場所しかない。
「そうだろう。場所が分からなければ遠くに行くことはできない。空を飛ぶのも同じだよ。今は飛んでみたところで楽しいだけだ。それより何かの役に立つ方がいいだろう?」
カリーヌにとって魔法は夢のあるものだったが、クレマンの言う通り、必要な時に使えるものも良いと思い始めていた。
「他にはどんな魔法が使えるの?」
「そうだねえ……荷物を軽くすることができる」
クレマンは少し考えてから答えた。
「荷物を軽く?」
「そう、重い荷物を持って歩くのは大変だからね」
クレマンの答えにカリーヌは小首を傾げた。
「さっきみたいに移動させればいいのに……重いものはできないの?」
「そんなことはないよ。人前で移動させてしまうと、魔法を知られてしまうからね」
クレマンが魔法を研究していることを近所の人々は知らない。
「知られてはいけないの?」
「知られたら皆に頼られてしまうからね。もちろん人助けをしないこともないが、気軽に頼まれてしまうのも考えものだよ」
クレマンの言葉にカリーヌも納得した。




