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家に帰ると、マティスは机の上でノートを開いた。もちろん、ノートなので何も書かれていない。
マティスは何を書くか考えたが、このノートに書くのであれば思いつくのはひとつだった。
魔法の書。
そうだ。祖父の話に出てくる『魔法の書』がこのノートに似ていた。だからこそ、このノートを買ったのだ。
だが、問題があった。魔法の書の内容がわからない。いや、内容というよりは、どのように書けば良いのかわからなかった。見たこともないので当然だ。
マティスは祖父の話を思い出すことにした。
十五世紀末フランスはリヨン、カリーヌ・ラクロワは、家の近所の丘に咲くミモザの花を摘んでいた。花籠いっぱいに摘み取ると、カリーヌは急いで家に帰る。誰にも見られないように部屋に入り、摘んできたミモザを机の上に広げた。選別したミモザを麻縄で縛り、それを手にして、再び誰にも見られないように裏庭に向かう。
裏庭には使っていない古井戸がある。井戸の屋根の下、棚に置いてある物をいくつか下ろすと、空いた空間にミモザを置く。棚から下ろしたものは、家の方からは見えないように井戸の陰に隠す。
カリーヌはスワッグを作ろうとしていた。ここで三日ほど乾燥させたら、リボンで飾り付けてクレマンに贈る。
クレマンはカリーヌの祖父だ。カリーヌの父親は十一年前、カリーヌが二歳の時に亡くなっている。だからカリーヌは父親のことをほとんど覚えていない。
カリーヌはクレマンを父親のように慕っていた。三日後はクレマンの七十歳の誕生日。そして、ミモザはクレマンが一番好きな花だ。だから、ミモザのスワッグを贈ろうと、カリーヌは準備をしていた。
それからの三日間、カリーヌはスワッグが見つからないか心配だった。本当は部屋で乾燥させたいのだが、カリーヌの部屋の窓は南向きなので、乾燥させるには日が強すぎるのではないかと考えた。かといって他の部屋に置くわけにはいかない。考えた末、日も当たらずに風通しもよく、あまり人が近づかないので、あの古井戸で乾燥させることを決めた。
三日後、スワッグを取りに行ったカリーヌは、古井戸の周りが片付いていることに気づいた。慌てて棚の上を確認すると、スワッグは確かにそこにあったが、そこにあったものは少し移動されていた。そこにあったものはいくつか失くなっていて、残っていたものはスワッグを隠すように置かれていた。ただし、風通しが悪くならないように、隙間を空けて置かれていた。
スワッグの状態は良かったが、古井戸を片付けたのが誰なのかカリーヌは気になった。
(おじいさまでなければ良いのだけど……)
部屋に戻ると、カリーヌはスワッグをリボンで飾り付けた。クレマンは青色が好きだったので、三種類の青いリボンを使う。準備はできたので、カリーナは夜になるのを待った。
クレマンは日中、庭の隅にある研究室にいることが多い。研究室といってもただの小屋だ。母親のミュリエルに、危ないから近づくなと言われているので、カリーヌはクレマンの研究室に入ったことはない。母親の言いつけを守っているというより、クレマンの邪魔をしないようにしていた。ただし、何をしているのかは大いに興味があった。もう少し大きくなったら、研究を手伝いたいと言うつもりでいた。
夜になり家族が食堂に集まってきた。
ラクロワ家には六人が住んでいる。クレマン夫妻と長女エステル夫妻、次女ミュリエルと娘のカリーヌ。ミュリエルは結婚して家を出たが、夫が亡くなったためにカリーヌを連れて戻ってきた。
エステルの夫は貿易商をしていて、長期間留守にしているので、食堂に集まったのは五人だった。
五人が集まると、カリーヌは一度席を外し、スワッグを背中に隠しながら戻ってきた。
「おじいさま。お誕生日おめでとう」
カリーヌはスワッグをクレマンに差し出した。
「これをわたしに……こんな素敵なものを。ありがとう、カリーヌ」
クレマンの満面の笑顔を見て、カリーヌも嬉しくなった。スワッグをクレマンが知っていたかは、どうでも良くなっていた。




