6-10
数日後、茉唯は優梨奈に連れられて、紗耶香の家を訪れた。
通夜や葬儀は行われなかったので、茉唯はもちろん、優梨奈も紗耶香の家を訪れるのは初めてだ。
紗耶香の家は母子家庭だった。親族は近くにいない。由香の両親、つまり紗耶香の祖父母、数名の紗耶香の学校の教師と同級生だけが弔問に訪れていた。
茉唯と優梨奈が位牌に手を合わせていると、由香が二人にお茶とお茶請けを用意してくれた。
「さあ、こちらへどうぞ」
由香は二人を歓迎しているようだった。
「どうぞお構いなく」
「永瀬さん……紗耶香について、何か気づいたことはありませんか?」
由香が二人を歓迎しているのはそれだった。病死した友達が関係あるとしても、一連の行動については、全く理由がわかっていない。
由香の問いには答えずに、優梨奈は茉唯の方を見た。つられて由香も茉唯を見る。
「それなんですが、紗耶香さんが病室で読んでいた本を拝見させていただくことはできないでしょうか?」
「本を?」
由香は怪訝な表情をした。茉唯は由香の表情を見て咄嗟にもう一つ付け加えた。
「本当は日記があれば良いのですが、紗耶香さんが書いていたかわかりませんし、書いていたとしても他人のわたしが読んでいいものか。読んでいた本であれば大丈夫ではないかと」
茉唯としてはついでに日記も読めることを期待した。
「ごめんなさい、日記は書いていなかったようで……病室で読んでいた本でしたらお貸しできます」
由香は立ち上がり、紗耶香の部屋から本を一冊持ってきた。
「古そうな本ですが、どのような本なのでしょうか?」
茉唯が訊いた。
「私の父……紗耶香の祖父に当たりますが、その家の書斎にあった本です。どのように手に入れたのかまではわかりません」
「紗耶香さんは何故この本を読んでいたのでしょうか?」
「夏休みに祖父の家で見つけて、自由研究に使いたいと言って持ち帰ってきたのです」
由香が言う祖父というのは、紗耶香から見ての祖父のようだ。
「自由研究にフランス語……」
茉唯が独り言のように言った。何か思うことでもあったのだろうか。
「紗耶香さんは、フランスにご興味があったのですか?」
優梨奈が由香に訊いた。
「いえ、特にそんな様子は見せていませんでした。その本が珍しかったのだと思います」
「珍しい……」
「普通の紙じゃないみたい……羊皮紙って奴かも。あと、手書きみたいね」
本を開いて茉唯が言った。羊皮紙という言葉は知っていたが、実物を手にしたことはなかった。
「普通の紙ではない手書きの古い本……確かに、珍しくて手に取るかもしれませんね」
優梨奈の言葉通り、茉唯も実際に本を手にしたことで、それまで以上に興味を持った。今までは内容だけだったが、本の出自自体も興味がある。だが、由香も入手経路はわからないようなので、本の由来を知ることは困難だろう。
「この本、お借りできませんか?」
「いいですよ」
茉唯の言葉に、由香は全く躊躇なく答えた。元々、大切な本だとは思っていない。何かわかるのであれば、それに越したことはないと思っている。
それからしばらくの間、茉唯の質問に答える形で、由香が紗耶香のことを二人に話した。茉唯は特に病死した友達とのことを質問した。
由香の話によると、紗耶香とその友達は、一年生の時に同じクラスになったことで仲良くなった。その後は別々のクラスになったこともあったが、お互いの家に遊びに行くこともあり、由香もその友達と何度も顔を合わせていた。明るく元気な子で、大人しい紗耶香とは、全く性格が異なっていた。その友達の病気が分かった時も、紗耶香の方が元気をなくしていて、反対に友達の方が紗耶香を励ますくらいだった。
「紗耶香さんにとって、そのお友達はとても大切だったようですね」
優梨奈が言った。茉唯は何も言わずに考え込んでいる。
「ええ、その子が家に来た時は、紗耶香はとても嬉しそうでした」
「亡くなったときはかなりショックを受けたのでしょうね……二人とも可哀想……」
優梨奈は眉を顰めた。
「お友達が亡くなった時、紗耶香はしばらく部屋に閉じこもっていました。出てきた時には目を赤く腫らして、とても痛々しかったです」
「やっぱり、その友達の存在が、すごく大きかったんですね」
今度は茉唯が言った。茉唯の表情はあまり変わっていない。元々、茉唯は表情をあまり変えない。意図的に表情を変えることはよくあるが。
反対に優梨奈は鎮痛な面持ちをしていた。紗耶香とその友達の二人に、思いを寄せてしまったからだ。幼くして命を落とした二人。どんな思いだったのだろうか。
「長々とすみません。わたしたちはそろそろ失礼します……優梨奈、大丈夫?」
優梨奈は今にも泣き出しそうな表情だった。
「永瀬さん、榧野さんも、本当にありがとうございました」
由香は二人に対して深々とお辞儀をした。




