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その夜、由香が帰って病室に一人になると、紗耶香はテーブルの上の本を開いた。優梨奈が気にしていた本だ。
紗耶香は、ふた月ほど前からその本を夢中で読んでいた。特に最近ひと月は、夜遅くまで読んでいた。読んでいたとはいっても、フランス語がわかるわけではないので、辞書で調べながら読み進めていた。しかし、最初から真剣に読んでいたわけではない。
その本は祖父の書斎にあった。他の本と比べて明らかに古く、活字ではなく手書きだったことが、紗耶香の興味を惹いた。
辞書で調べながら読んでいるうちに、文章の途中に不自然に大文字が混ざっていることに気づいた。単語の途中にも入っているので、記述者の癖ではなく、何らかの意図を持っていると感じられた。何度も見ていると、大文字の部分だけでも文章になっていることに気づいた。
その文章の意味を知り、紗耶香は気持ちが昂るのを感じた。その内容からも偶然とは思えなかった。本来記したかった文章を、全く別の文章に埋め込んでいると紗耶香は考えた。それなら、すべての文章を読む必要はない。大文字の文章だけを読み進めることにした。
二ページ目を読み解いているときに、紗耶香にとってショックな出来事が起こった。一番仲の良かった友達が亡くなったのだ。突然の出来事だった。
紗耶香はしばらくの間、悲しみのために本を読み解くことをやめていたが、ふと思い立ち、それまで以上に必死に解読を進めた。それこそ何かに取り憑かれたように。
二ページ目に書かれていた内容は、紗耶香にとって衝撃的なものだった。
紗耶香は後悔していた。その友達が亡くなる直前、些細なことで口喧嘩した。紗耶香の方が悪いのだが最後まで謝らなかった。
これで謝ることができるかもと紗耶香は考えた。
しかし、どうすれば良いのかわからない。最初のページに埋め込まれていた文章。
『死の淵から甦ったあなたに贈る魔法の書』
そして、二ページ目の文章。
『一度だけどんな希望も叶える魔法』
三ページ以降も読み解いたが、使える魔法の種類だけで、具体的な方法は書かれていなかった。
具体的な方法があるのではなく、死の淵から蘇ることが条件かもしれない。
それが、紗耶香がたどり着いた結論だった。
(どうやったらいいの?)
最初に考えついたのがオーバードーズだ。危険な状態にはなるが、助かることが多いと紗耶香は感じていた。助かる可能性を上げるため、早めに発見してもらえる状況を考えた。
放課後の教室。教室に荷物を置いてクラブ活動に行く児童がいる。見回りに来る先生もいるだろう。
紗耶香の目論見通り、その時はかなり早く発見された。意識不明になり命の危険もあった。
だが、魔法を使えるようにはならなかった。
そんな時に、公園で男性の転落事故があった。
紗耶香は同じように転落することを決心した。根本から間違っているとは考えない。危険性が足りないのではないかと考えていた。
紗耶香の中では、あまり不安を感じずにオーバードーズを実行できた。毒を飲む訳ではないので、発見が遅れなければ問題ないと思っていたからだ。
では階段からの転落はどうか。発見が早くても、その時点で手遅れになっている可能性がある。オーバードーズとは比較にならない恐怖を感じた。
本当に死んでしまうかもしれない。
そのくらいでなければ資格を得ることはできないと紗耶香は考えた。
(失敗したら?)
それでも構わないと紗耶香は思った。その場合は向こう側で直接謝ることができる。
(そうだ……失敗しても会えるんだ)
そんなことはあるはずないのだが、魔法に希望を持っていた紗耶香は、死を恐れなくなっていた。
問題は誰かに発見してもらえるかだ。あの公園には何度か行ったことはあるが、あまり人がいる様子はなかった。
場所を変えることは考えていない。転落して助かった実績がない。助かるかどうかは場所によって決まる訳ではないが、助かった人がいた方が多少は安心できる。




