6-5
翌日の放課後、優梨奈は紗耶香が入院している病院を訪ねた。
教えられた病室に向かうと、部屋の中にいた由香が優梨奈に気づく。
「ありがとう。中へお入りください」
「失礼します」
紗耶香の病室は一人部屋だった。紗耶香はベッドに横になっていたが、眠ってはいなかった。
「紗耶香、永瀬さんがいらしてくださったわよ」
少し逡巡して、優梨奈は紗耶香のベッドに近づいた。
紗耶香は上体を起こしていた。目の前のテーブルには一冊の本が置いてある。
「ご気分はいかがですか?」
優梨奈は当たり障りのない言葉をかける。
「助けてくれてありがとう。まだ傷が痛むけどもう大丈夫です」
紗耶香は言ったが、優梨奈には何が大丈夫なのかわからなかった。体のことか、それとも今回のようなことを二度としないということなのだろうか。
それとは別に、優梨奈には気になることがあった。テーブルの上の本だ。表紙にミモザが描かれた、赤茶色した革表紙の古そうな本。どこかで見たような気がするが、どこで見たのかは思い出せない。
「その本は何の本ですか?」
優梨奈は訊いたが、それほど気になったわけではない。何を話せば良いかわからなかったので、目についたものを話題として取り上げただけだ。
「フランス語の詩集です」
「フランス語が読めるのですか?」
「いえ、調べながら読んでます」
紗耶香はそう答えたが、テーブルの上にはその本しかない。
(辞書がないと読めないのではないか?)
優梨奈は思ったが、それを追求しても仕方がない。他の話題がないか考えたが、もともと面識がないので何も思いつかなかった。
「足を踏み外したのでしたよね?」
少し気が引けたが、優梨奈は気になっていたことを訊いてみた。
「はい。スマホを見ていて……」
紗耶香は反省している様子を見せていたが、優梨奈にはそれが本当だとは思えなかった。
優梨奈が見た時、確かに紗耶香はスマートフォンを手にしていたが、顔の前にあったわけではない。スマートフォンは顔の正面ではなく斜め前にあった。距離があったので、何が表示されていたかまでは見えなかったが、紗耶香の肩越しにスマートフォン全体が見えていた。そのような位置で見るだろうか。
(何かを撮影していた?)
少しの間立ち止まっていたので、撮影していたというのも考えられないことではない。その後でスマートフォンを顔の前に移動して、何らかの操作をしていたのを優梨奈は見ている。撮影した画像、あるいは映像を確認していたのかもしれない。
そんなことを考えていると、似たような本をどこで見たのかを優梨奈は思い出した。後輩である一年生の部屋だ。ただ一人の同じ中学出身の後輩だった。全寮制の濤嘉女学館には、広範囲から学生が集まっているので、同じ中学の出身者はあまり多くない。現に茉唯と同じ中学出身者はいない。
その後輩のルームメイトの机に、似たような本が置いてあったのを思い出した。
「どうかしたの?」
優梨奈が何も言わないので、紗耶香が怪訝そうに言った。何かを探るような目をしている。
「何でもないです……危ないから気をつけてくださいね」
「はい、気をつけます」
紗耶香はそう答えたが、何か不安そうな表情をしている。優梨奈もそれを感じとつた。
最初は歓迎されているように感じられたが、今はあまり歓迎されていない。不安というより不信感。紗耶香の表情を、優梨奈はそう感じ取っていた。
(何か変なことを言ってしまった?)
優梨奈は考えたが、特に思い当たるものは何もなかった。
「疲れさせてしまいましたよね。そろそろ帰りますね」
居づらさを感じて、優梨奈は病室を後にしようとした。
「来てくれてありがとう」
紗耶香は言ったが、その言葉に感情はこもっていなかった。
「本当にありがとうございました」
優梨奈が病室を出ようとすると、由香が深々と頭を下げた。由香の方は、最後まで優梨奈の訪問を歓迎していたようだ。




