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6-3

 翌日の放課後、優梨奈は一人で派出所を訪ねた。昨日の警官は非番のため不在で、別の警官がいたのだが、転落については教えてもらえなかった。

(疑われているのだろうか?)

 優梨奈は不安になった。他に見ていた人がいなければ、優梨奈の証言が正しいことがわからない。突き落としておいて、怖くなって通報したと思われているかもしれない。あるいは、故意ではなく過失。優梨奈が転落に関わっていないことは、誰も証明してくれない。

 優梨奈は、仕方なくそのまま寮に帰った。

 それから数日、優梨奈は不安な日々を過ごした。

 ある日、優梨奈は学校で応接室に呼び出された。

 応接室には面識のない女性が待っていた。三十代半ばくらいだろうか。

「こちらは、蓮見由香さんです。あなたが助けた紗耶香さんのお母さんです」

 教頭が女性を紹介したが、優梨奈はすぐに理解できなかった。

(助けた? 紗耶香?)

「ありがとう。あなたが見つけてくれたおかげで紗耶香は助かりました」

 由香は深々と優梨奈に頭を下げた。

 優梨奈は気づいた。紗耶香というのは、公園の階段から転落した小学生だ。

(あの子、助かったんだ)

 優梨奈は安堵した。だが、少し不安は残る。

 教頭が二人に座ることを促して、自分は応接室を出ていった。

「紗耶香があなたにとても感謝していて、少しでも早くお礼を伝えてほしいと」

 由香は優梨奈を真っ直ぐ見つめて言う。

「いえ、わたしは通報しただけですので……」

 優梨奈は由香の勢いに少し気圧された。

「紗耶香はどんな様子でしたか?」

 由香の質問の意味が、優梨奈には理解できなかった。転落して倒れていた時の様子を知りたいのだろうか。

「どんな様子……ですか?」

「紗耶香が転落するところを、あなたが見たと聞いたので。その時、紗耶香はどんな様子でした?」

 由香は、紗耶香が転落した様子を知りたがっている。

 紗耶香は迷った。紗耶香が自ら転落したように見えたのは、あくまでも主観でしかない。それを由香に伝えていいものか。それに、転落する前の様子を話してしまうと、警察にもそれが伝わってしまうのではないか。

「実は……紗耶香は、先週も病院に運ばれました」

 優梨奈が話すことを迷っているのを感じて、由香は、紗耶香の最近の出来事について語り始めた。

「その時はオーバードーズでした」

 由香の言葉を聞いて、優梨奈はハッとした。それなら、感じた通りなのかもしれない。自ら死を望んでいた。あるいは、やはり自傷行為のようなものなのだろうか。

 由香の話では、紗耶香がオーバードーズをしたのは、放課後の教室だった。発見したのは、クラブ活動の後で、忘れ物を取りに来たクラスメイトだ。職員室に教諭を呼びに行き、その教諭が救急通報した。命に別状はなく、当日のうちに意識を取り戻し、三日後に退院した。

 その数日前から紗耶香は何かに悩んでいる様子だった。

 由香には思い当たる理由があった。ひと月ほど前、紗耶香と一番仲が良かった友達が、原因不明の病気で亡くなった。紗耶香は見たこともない苦痛の表情を浮かべていた。相当なショックだったのだろうと思い、どんな言葉を掛けたら良いのかわからなかった。

 それから二週間後、紗耶香はオーバードーズを実行した。友達の後を追ったのだろうと由香は思った。

 退院した紗耶香は、何か吹っ切れたような表情をしていた。安心して良いのかわからなかったが、少なくとも以前のように思い詰めているようには見えなかった。だから、一度は由香も安心したのだが。

 退院した翌日、紗耶香はまた沈んだ表情をしていた。そんな時に階段から転落したのだ。意識を取り戻した紗耶香は、スマートフォンを気にして足を踏み外したと言っていたが、本当かどうかはわからない。自死のために階段から転落しないとは思ったが、発作的なものならわからない。

「あくまでわたしの見た感じですが」

 由香の話を聞いた優梨奈は、前置きをしてから言葉を続けた。

「紗耶香さんは、少しの時間階段の上に立っていました。スマホを手にしていましたが、見てはいなかったと思います。階段の下の方を見ているうちに、階段から転落しました。誤って転落した感じではありませんでした。わたしにはそう見えただけなので、警察の方には話していません」

「ありがとう。あなたから聞いたことは誰にも話しません」

 由香は優梨奈の思いを汲んでくれた。

「お話できてよかったです」

 それは優梨奈の本心だった。正確な理由はわからないが、自らの意思で転落したのは間違いないだろう。それを伝えることができて、優梨奈は肩の荷が降りた感じがした。

「厚かましいお願いなのですが」

 由香が改まって優梨奈に言った。

「紗耶香のお見舞いに、いらしていただけないでしょうか?」

「わたしがですか?」

 優梨奈は困惑した。面識はないので見舞いに行く理由がない。自死を望んでいたのなら、邪魔をしたことになる。会いたくはないだろう。事故だったとしても、恩を着せに行くように感じる。

「ご迷惑だとは思いますが、見ず知らずの方に迷惑を掛けたのがわかれば、沙耶香も今後は自重すると思います」

 由香の言葉を聞いて、優梨奈もそうかもしれないと思った。

「そうですね。わたしでお力になれるのでしたら」

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