6-2
優梨奈は寮へ帰るとまっすぐ自室に入った。
ルームメイトの榧野茉唯が優しく迎えてくれた。今日の出来事は大体知っているようだ。
ここは私立濤嘉女学館高等学校の第五学生寮。七棟の学生寮がある。一学年百五十人。全校生徒四百五十人が暮らしている。それとは別に教職員用の寮も一棟あった。
「災難だったね」
茉唯は少し不謹慎な言い方をした。亡くなってはいないが意識は回復していない。
もちろん、茉唯に悪気はない。
「わたし、疑われてるのでしょうか……」
優梨奈は独り言のように言った。優梨奈は同級生どころか、下級生に対しても丁寧な口調だ。独り言でも自然と丁寧になる。
「どうして?」
目撃者だよね、と茉唯は思った。
「わたししか見ていないので、わたしの言ったことが本当かどうか、誰にもわかりません」
「そうだけど……優梨奈がやったの?」
茉唯が真顔で訊いた。
「そんなことしません!」
優梨奈は強く否定した。対して茉唯は笑顔で応える。
「ならいいじゃない。優梨奈がやってないという証拠はないかもだけど、優梨奈がやったという証拠は絶対にないよ」
嵌められなければ、と茉唯は心の中で付け加えた。
「そうなのですが……」
「心配するんなら、転落した女の子だよ。まだ意識戻ってないんだよね?」
「そのようです……少し気になります」
優梨奈は何か引っ掛かっていた。
「何が気になるの?」
「その子、自分から転落したように見えました」
確信が持てなかったので、気づいた時には転落するところだったと警察には答えた。転落する前から見ていたと答えると、その時の様子を確実に質問される。上手く説明できる自信がなかった。
「自分から?」
茉唯はわかりやすく首を傾げた。
「そうです。自分から階段を転落したように見えました」
「そんな訳ないって。ビルから飛び降りるのならともかく、階段を転落して死のうと思う人なんていないと思う」
茉唯は否定した。自ら転落するなら自殺だろうと思ったのだろう。
「死のうとしたのではなくて、大怪我したかったのかもしれません」
優梨奈自身も半信半疑ではあるが、自ら転落する理由を考えてみた。
「うーん……大掛かりな自傷行為ってこと?」
茉唯は言ったが、さすがにそれはないだろうと思っていた。
「そうも考えられますが、仮病のようなことも考えられるかもしれません」
「仮病?」
茉唯には優梨奈が言わんとすることがわからない。
「試合に出たくなくて、わざと怪我するような感じです」
「考えられなくもないけど、ちょっとやりすぎじゃない?」
「そうですよね。下手をしたら死んでしまいます」
優梨奈も茉唯とは同意見だが、そうなると、やはり自ら転落した理由がわからない。
「あまり考えすぎない方がいいよ。その子が助かればわかるんだから」
たぶん、と茉唯は心の中で付け加えた。
「ありがとうございます。茉唯さんはいいですね」
「なんで?」
「本当は色々と考えているのですけど、何も考えてないように見えます」
「何それ? なんか馬鹿みたいじゃない」
茉唯は頬を膨らませた。
「そうではなくて、本当は繊細なのですが、それを他の人に見せないということです」
「よくわからないけど、まあいいか。飲み物淹れるね」
茉唯は立ち上がり、部屋の隅にあるサイドテーブルで、カモミールティーを淹れ始めた。そのくらいであれば、食堂まで行かずに用意できる。
カモミールティーを淹れる茉唯を、少し羨ましそうに優梨奈は見る。
優梨奈の視線には気付かずに、茉唯は慣れない手つきでカモミールティーを淹れる。その姿も、優梨奈にとっては心地よい時間になっていた。
「はい」
茉唯が優梨奈にカモミールティーを手渡す。
「ありがとうございます」
カモミールティーに優梨奈が口をつけるのを見て、茉唯も自分のカモミールティーに口をつけた。茉唯はカフェラテの方が好きなのだが、部屋では淹れられないので、部屋にいる時は、優梨奈が好きな紅茶やハーブティーを一緒に飲んでいる。
いつも、紅茶やハーブティーは優梨奈が淹れている。茉唯が淹れるのは優梨奈がいない時だけだ。そんな茉唯が淹れてくれたのが、優梨奈にとってはとても嬉しい。
「どう?」
茉唯が優梨奈に訊いた。カモミールティーの味についてだ。
「茉唯さんにしては上出来だと思います」
優梨奈は優しい笑顔で答えた。
「何それ……もう一生淹れてやらないんだ」
茉唯は笑いながらも頬を膨らませる。丸い顔がまん丸になる。その頭にも丸いお団子が二つ。
茉唯と優梨奈は寮のルームメイトになったことで出会った。茉唯は三組、優梨奈は五組なので、ルームメイトにならなければ、親しくはならなかったかもしれない。濤嘉女学館はクラス替えがないので、二人は三年間同じクラスにはならない。




