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「君が調べても不審な形跡は見つからなかったか」
国立研究所第三ラボ所長クレメッティ・タルヴィティエはロイネの報告を受けていた。調査団が地球に到着する三ヶ月ほど前のことだった。
「はい。観測データの改竄も迎撃システムへの不正侵入も検出されませんでした」
ロイネは報告を繰り返す。ロイネが調査を命じられたのは、二ヶ月前に起きた小惑星の落下についての裏付け調査だ。
アルマセレルは数年に一度の頻度で小惑星帯を通過している。現在は小惑星を破壊する衛星があるため地上に落下することは稀だが、以前は地上に落下することも多かった。
二ヶ月前に落下した小惑星は、衛星に破壊されることもなく地上に落下した。市街地に落下したため犠牲者は三万人近くに上った。その責任を取らされる形で、関係者が何人か更迭された。
更迭されたのは安全保障局の局長、軍の総帥、宇宙センター長官と国立研究所第一ラボ所長といった面々だ。その中の一人、第一ラボ所長ミエス・ニスカヴァーラが、旧知であるクレメッティに調査を依頼したのだ。
ミエスは何らかの不正があったのではないかと疑っていた。目的はわからない。小惑星の破壊システムに反対している者がいるとは思えない。関係者の誰かを失脚させるためだとしたら、ほかにもっと簡単な方法があったのではないか。それとも単純に被害を出したかっただけなのか。いずれにしても、何らかの不正がない限り起こり得ないと、ミエスは考えていた。
それは、ロイネとクレメッテイも同じだった。だからクレメッティは依頼を承諾し、ロイネも真剣に調査した。
しかし、結果としては何も問題はなかった。いや、ある意味欠陥があったとは言えるかもしれない。ただし、それは結果論だ。衛星を現在の倍に増やせば対処できた可能性はある。
「……そうか。残念だがミエスには問題なかったと回答しよう」
言いながらクレメッティはこめかみの辺りを抑えた。
「所長。お疲れのようですが」
クレメッティはロイネが信頼を寄せる数少ない人物だ。
「心配ない。ここ最近雑務が多くてな。……戻っていいよ」
「失礼します」
ロイネは所長室を出ると、自室とは反対方向に向かった。気になっていたことを確かめるためだ。
気になっていたこと。それは、ある区画の構造だった。その区画は、五年前の爆発で被害を受けた場所だった。ロイネの研究室からは離れていて、近くに行く用事もなかったので最近まで気づかなかった。用事ができてその区画を通ったときに、廊下と部屋の配置が不自然なことに気づいた。被害がなかった区画と繋げるためとも思えなかった。
図面を確認すると、廊下の配置が微妙に異なることに気づいた。建設段階で微調整した可能性はあるが、そこに作為的な何かを感じた。
実際にその区画を訪れて、ロイネは自分の勘が正しかったことを確認した。
(やはり隠された部屋がある)
隠された部屋の入り口の前で、ロイネはどうするか考えた。知らなければならないものではない。隠されているということは安全の保証はない。無意味に危険を冒す必要はない。しかし、ロイネは部外者ではない。正式に所属する研究員なのだから、迷い込んでしまったとしてもせいぜい咎められるくらいではないか。
(問題は電子錠くらいか)
解錠できないということではない。ロイネなら解錠は容易い。解錠したということは意思を持って侵入したことになる。迷い込んだということにはならない。
(私は研究者だ。未知の電子錠の解錠という誘惑に負けたということでいいだろう)
侵入した場合の危険性はどうだろうか。研究施設なので機密情報は多い。それを守るための仕掛けがあることは考えられる。しかし、いきなり命を奪うようなものはないだろう。発見された場合も同じだ。生命の危険までは感じる必要はないように思える。
ロイネは迷った。危険がまったくない訳ではない。そして、侵入しなければならない理由はない。
(このまま引き返すか?)
しかし、何か引っ掛かる。具体的にはロイネ自身もわからないが、確かめた方が良いのではないかという思いがあった。
決心してロイネは電子錠を解錠して中に入る。
部屋の中は真っ暗だった。照明器具が存在するのかはわからないが、パイロットランプのようなものや何らかの装置の作動ランプが点灯している。
ロイネは照明をつけずに、暗闇に目が慣れるのを待った。完全な闇ではないので朧げに見ることはできる。部屋の中央かはわからないが、壁から離れた位置に何かがあるのがわかる。
暗闇に目が慣れてきた。何となく目の前の物の形がわかる。
(あれは水槽?)
水槽のように見えるソレの中には何かが入っていた。いや、何かではない。人間だ。
ロイネは水槽に近づく。
(これは!)
水槽の中にいたのは総統ヴィルヘルム・サルメンハーラだった。アルマセレルの最高権力者だ。手足が拘束されている。その体からは何本もの管が出ていた。頭からは管ではなく何かの配線が伸びている。
(仮死状態……いや、催眠状態か)
眠らされずに意識がある状態にされているのだろう。たとえ拘束されていなくても自分の意思で動くことはできない。
その状態に置く理由にロイネは心当たりがある。
背後で扉の開く音がした。直後に部屋の明かりが灯る。
振り返るとそこには軍の情報局員パウリ・ サヴィカンナスがいた。




