2-7
「茉唯、その子を連れて工房に来なさい」
茉唯にそう言うと宗和は工房へと戻る。
「行こう」
茉唯はヒルダを促して工房へ向かう。言葉が通じているわけではない。ヒルダは何も言わずについてゆく。
「その子に見せてあげなさい」
宗和はヒルダに陶芸を教えようとしている。
茉唯は手捏ねで粘土を形作り始めた。工房には轆轤もあるがまだ教わっていない。
ヒルダは黙って茉唯の動作を見ていた。アルマセレルに陶器のようなものはない。過去には似たようなものはあったが廃れてしまっている。
しばらくして、不恰好ではあるが楽茶碗らしきものが出来上がった。本人は楽茶碗のつもりではある。
「あたしの真似してみて」
茉唯は粘土の塊をヒルダの前に置き、自身の前にももう一つ置いた。ヒルダを指差してから、ヒルダの前の粘土をこねる動作をする。その後、先ほどと同じように、自身の前の粘土で形造り始める。
ヒルダも見よう見まねで粘土を捏ね始める。興味はなかった。しかし、茉唯や宗和にはしばらく頼りたい。
観察眼が鋭く手先も器用なので、ヒルダは茉唯の茶碗とかなり似た形の茶碗を作り上げた。
「すごいすごい」
茉唯は無邪気に喜んだ。宗和の楽茶碗を手本にすれば、もっと形が良くなっていたのだが、それには気づかない。
「ひいおじいちゃん……あれ、いない」
工房の中に宗和の姿はなかった。
ややあって宗和が工房に戻ってきた。
「ひいおじいちゃん、見て」
茉唯はヒルダが作った茶碗を指し示す。
「ほお」
ヒルダと茉唯の茶碗を見比べて、宗和は軽く声を上げた。ヒルダの器用さを認めたのだ。
「コーヒーを淹れよう。手を洗っておいで」
宗和は再び工房から出ていった。
「行こう」
茉唯は言ったがヒルダは動こうとしない。
「どうしたの?」
「ヒイオジイチャン?」
ヒルダは宗和が去っていった方を指差した。
「そうだけど……あ、宗和」
茉唯は呼び方を知りたいのだと気付いた。
「ソウワ?」
「うーん、宗和……さん」
呼び捨ては良くないだろうと茉唯は思った。
「ソウワサン?」
アルマセレルにも敬称はある。肩書きや階級の可能性も考えられたが、敬称だろうとヒルダは理解した。
「そうそう、宗和さん」
言いながら茉唯は、宗和がどんな表情をするか興味を持った。
「早く行こう」
茉唯はヒルダを促して、工房の外で手を洗って母屋へ向かう。
居間では宗和がサイフォンを用意していた。先ほどはコーヒー豆を挽いていたのだ。豆はハワイコナのピーベリー。陶器店を営んでいる知人に振る舞われてから、その知人経由で購入している。
アルマセレルにはサイフォンのようなものはない。ヒルダはこれから何が始まるのか研究者として興味を持った。実験装置に見えなくもない。
茉唯は何度かご馳走になっているので知っていたが、これから始まることを楽しみにしていた。フラスコに入った水が徐々に上部の漏斗に移動する。それを不思議だなと思っていた。そして、気付くと漏斗のコーヒーがフラスコに移っている。漏斗からフラスコにコーヒーが移るのを、茉唯はまだ見たことはなかった。漏斗にコーヒーが溜まった時点で、これで終わりだと思って目を離してしまうのだ。次は最後まで見ていようと思うのだが、毎回忘れてしまう。
サイフォンでは漏斗にコーヒーが出来上がった。ヒルダには原理は理解できていた。しかし、何のためにやっているのかはわからない。何をするのだろうと目を離さない。危険が迫るようなことではないだろうが、知識を吸収するのに多少は役立つだろう。
宗和がアルコールランプの火を消すと、コーヒーは漏斗からフラスコに移動し始める。茉唯は初めてそれを目にすることができた。この辺りの原理も、ヒルダは理解できていたが、やはりまだ目的はわからない。
宗和はコーヒーをカップに注ぐ。次いで砂糖とミルクも入れる。カップは四脚。すべてのカップに砂糖とミルクを入れる。
台所から志津もやってきて四人で食卓を囲む。宗和がカップを四人の前に置いてゆく。
(飲み物? それとも何かの儀式か?)
ヒルダは目の前に置かれたカップを見つめた。隣を見ると、茉唯はカップを手にとって口に近づけていた。特に何かをした様子はない。普通に飲んでいる。
茉唯がヒルダの視線に気付いて軽く頷く。それを見てヒルダもカップを口に運んだ。
コーヒーを飲み終わると、志津は四人分のカップを台所へ運ぶ。宗和も志津に連なってサイフォンを台所に運ぶ。食卓には茉唯とヒルダの二人だけになった。
「ヒイオジイチャン……ソウワ、ヒイオバアチャン?」
ヒルダは最初に宗和がいた場所、次に志津がいた場所を指差した。
「志津」
茉唯がヒルダの意図に気付いて答えた。
「シヅ……サン?」
「そうそう、志津さん」
答える茉唯は嬉しそうだった。




