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2-6

 翌日の朝食でも茉唯はヒルダに料理の名前を教えた。覚えきれないと思い材料までは教えていない。今度は「お」を付けてしまわないように注意した。もっとも、新しいものは卵焼きと納豆なので、普段から「お」は付けていない。納豆にヒルダは最初顔を顰めたが、茉唯が食べると同じように口に運んだ。表情はほとんど変わらなかったから、特に美味しくもなく不味くもなくだったのだろう。

 朝食が終わり茉唯と二人で庭にいたヒルダは、遠くに人影を認めて急いで家に入った。茉唯も慌てて後を追う。

「どうしたの?」

 茉唯は訊いたがヒルダは何も言わない。まだこの言葉を理解できていないのだから仕方がない。

 やってきたのは昨日の巡査だった。工房にいる宗和に声をかける。

「何かお変わりはありませんか?」

「変わったことと言うと?」

 宗和は値踏みするように巡査に目を向ける。

「下田の病院に熊が侵入したのはご存知と思いますが、この辺りにも熊の気配はないでしょうか?」

「いや、熊がいたらこんなに落ち着いてはおらんよ」

 宗和が答える。この物言いもそうだが、巡査は宗和が苦手だった。目つきが鋭く何か見透かされているように感じる。

「そうですか……」

「入院していた女の子は見つかったの?」

 志津も会話に加わった。襲われたと思われる女児を心配していた。

「いえ、まだ見つかっていません。駆除した個体の体内にも痕跡はなかったようなので、引き続き周辺を捜索しています」

 巡査の言葉に志津は顔を顰めた。痕跡がないのであれば生きている可能性はあるが、食べられたのかもしれないというのが生々しかった。

「別の個体がいるかもしれないので、あまり人を動員できず難航しています」

 巡査は志津から宗和に視線を戻した。本当は宗和より志津の方が話しやすい。

「無事に見つかるといいね」

 宗和はあまり感情を込めずに言った。生きて発見される可能性は低いのではないかと考えている。

「はい、自分は捜索に加われないのですが……女の子といえば金髪の女の子を見ていませんか? 茉唯ちゃんと同じくらいの年頃なんですが」

「見ていないねえ。その子も熊に?」

 宗和は一度志津に視線を動かしてから言った。巡査もその視線の動きに気付いたが特に気には止めなかった。

「いえ、海を漂流していたんです。診療所に連れて行く途中で逃げられてしまって」

「海?」

 宗和はもちろん、この場にはいないが茉唯もそのことは知らなかった。

「はい。船から落ちたのか海岸から流されたのか……どこから来たのかもわかりません」

「家に帰ったのではないかね?」

 そうではないことを宗和は良く知っている。

「それならいいのですが……では、自分はこの辺で。周辺を見回りますが、何かありましたら連絡ください」

 そう言って巡査は立ち去った。

「いいのですか?」

 巡査の姿が見えなくなると志津が宗和に訊いた。

「あの子がここにいたいのであればそれでいいだろう」

 宗和の目にはヒルダが意思を持ってここにいるように見えた。少なくとも帰りたがっているようには見えない。記憶を失っているようにも思えなかった。言葉は本当にわからないのかもしれないが、それについても不安に感じているとは考えられなかった。

「言葉が通じないのにそれがわかるのですか?」

「真剣に言葉を覚えようとしているだろう? ここにいたいということだ。帰りたいとは考えていない」

 宗和は工房に向かって歩き出した。志津も後に続く。

「記憶をなくしてたり家出ではないですか?」

「そうかもしれんが、また逃げられるよりは、ここに置いておいた方がいいんじゃないか」

「そうでしょうか……」

 志津は渋々だが納得した。志津もヒルダが家出しているとは思っていなかった。その可能性を心配している。それを否定できる材料がない。記憶についても同じだ。言葉を覚えようとしているが、記憶を失っているようには見えなかった。

 しかし、それなら何故ここにいるのか。それがわからなかった。それは宗和も同じだった。その上で、ヒルダがここにいたいのなら置いておこうと思っているのだ。それがヒルダにとっては良いことだろうと。

 事件になってしまう危険性も考えた。未成年者略取になる可能性もある。志津はそれを心配している。

 宗和もその可能性は感じていた。しかし、どんな結果になるかわからないが、ヒルダがここに来た背景に、何かあるのではないかと感じていた。

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