戦の兆し
私の能生の領地だけでなく、長尾家の直轄地は大分変ってきている。
成功した施策をどんどん取り入れて民が豊かになってきているのである。
初めて、戦国の、それも越後と言う雪国の冬を迎えた時は正直しんどかった。
段蔵の勧めで炭団を製作したり、羽毛布団を作ったり、掘りごたつを用意したりと冬場も忙しかった。
春になったら、タケノコを掘って、山崩れが起きそうな場所に植え替えて竹林にもした。
因みにタケノコ尽くしの膳も評判が良かったと付け加えて置こう。
布団やこたつ、それと長尾家全土で作られ始めた石鹸の効果もあってか晴景兄上の体調も良くなっているのが喜ばしい。もはや定着した一日3度のご飯も兄上には良かったようで、活力が出てきてリーダーシップを取れるようになってきている。
最近では兄上が軟弱者であるという悪い評判は聞かなくなった、嬉しい事である。
この間春日山に出向いた時に確認したら、兄上の生命力が40に増えていた。これも生活改善の効果かもしれないな。
今年は大量に千歯扱きと唐箕を導入し、後家さんの為に青苧の織物の奨励や冬場に向けての炭団制作に力を入れて、万事が好調である。
そんな折、新発田城に潜伏させていた十六夜ちゃんが戻ってきた。
普段は連絡役の伏嗅ぎの人が知らせに来るのだけれど、彼女が直接私のところまでやって来た事は緊急事態だろう。
「何があったのですか、十六夜?」
「ん。上杉定実、戦準備を始めた」
もしや最悪のケースだろうか?
懸念していた上杉定実の謀略説が脳裏に浮かんだ。
だけど、詳しく話を始めた十六夜ちゃんによるとその線は無さそうに思えた。
十六夜ちゃんは主観を交えずに事実しか語らない子だ。
「そうか・・・守護様は黒田秀忠に危機感を煽られたのですね」
喫緊の危機ではないけれど、状況は良くない。
守護様に従う国人たちがどう思うかも問題である。
とにかく。これは春日山にも知らせておく必要がある。
十六夜ちゃんと段蔵を連れて春日山城に向かったのですが・・・
「晴景兄上が守護様の下に出向いたのですか!?」
門番に晴景兄上に会いに来たと言えば、今、留守にしているという返事。
では、待たせてもらおうと城内に入れば、私がやって来た事を聞きつけて景房兄上が顔を出した。
そこで聞かされた内容に思わず叫んでしまったのである。
「お、お、落ち着けって、これじゃ、話せ・・・ない・・・っ」
兄上の襟を掴んで滅茶苦茶揺さぶっていた事に気づいた私は、パッと手を離した。
あの勢いから急に手を離された兄上は体勢を崩して床に転げてしまったけど、気にするのは良そう。
「それで、何がどうなってこうなったのです?」
「ああ、軒猿から守護様が兄上が謀反を企んでいるので戦の支度をしていると聞いて、その様な事はないと身の潔白を示すために慌てて出立したんだよ」
なんですと。
これはやらかした。
史実の情報と憶測だけでこの一件を兄上や他の家臣らの耳に入れるわけにはいかないと情報を秘したのが完全に裏目に出た。
守護様に兄上を害する気は今のところないはずだけど、その臣下、特に黒田秀忠はきっとヤル気満々だろう。
この一年、十六夜ちゃんの報告ではこいつの不平不満が主なネタだったし。
だとしたら、守護様の意図は伝わらずに家老である奴の意図が下に回ることになる。
軒猿が兄上謀反という情報を持ち帰った事を考えると他の国人衆もそう考えて戦の支度をしているな。
十六夜ちゃんが最速で情報を持ち帰ってくれたとは言え、根知城と春日山城との距離の差が仇となったか。
真実はこちらの情報が正しいのだろうけど事実の情報は春日山が掴んだ情報が正しい・・・
それにしても何時も思慮深く、慎重な兄上が自ら新発田城に出向くなんてどうしたのだろう?
いや、強き主君である事を心掛けるようになった兄上なら当然の行為だというべきだろうか。
何はともあれ・・・
「兄上が危ない」
嫌な予感に突き動かされ、私は立ち上がる。
それに何のためらいもなく二人の従者が従ってくれるのが頼もしい。
「お、おい、景虎?」
「兄上は万一に備えて家臣を集めておいてください。春景兄上が無事に戻れば良し、そうでないなら戦になります」
私の言葉に声を飲む兄上だったけど、直ぐに気を取り直してくれた。
「わかった。景康兄上にも伝える。常備兵を予め配して置きたいが、何処が適切だ?」
脳裏に越後の全体マップが表示される。
黒田秀忠の目的は守護代長尾家の族滅。目標は当然、春日山城になる。
一つ一つこちらの城砦を落として進軍してくるとも思えない。
なら、進軍路は一直線だ。
「領内を荒らされるのは許せません。出雲崎に陣を張りましょう。もし間に合わなければ柏崎に」
それから・・・
「念のために、実乃さんには栃尾城に入ってもらっておきましょう」
「わかった。春景兄上を頼んだぞ、景虎」
景房兄上を置いて、城内であるにも構わずに疾走する私達。
毘沙門天の加護で身体能力が大幅にアップしてる私についてくるのだから、段蔵も十六夜ちゃんも凄い。これが忍者かと感心させられる。
でも、足の速さなら・・・
「段蔵! 先に行って! 貴女なら追いつけるかもしれない!」
そう百里駆けの段蔵が一番である。
「承知しました!」
一気に加速して私と十六夜ちゃんを置き去りにする段蔵に、十六夜ちゃんが童顔ではあるけど鋭い目つきをしている普段の彼女とは思えないほどに目を丸くしている。
「彼女、何者? とても人とは思えない」
「う~ん・・・天狗の血を引いてるんじゃないのかな?」
神仏妖怪なんでもござれのこの時代、天狗の血脈だと言っても信じて貰えそうだ。
「天狗?」
「彼女、鞍馬の山で天狗の術を会得したそうですよ」
出身も定かではないので天狗と人間の間に生まれたのではないかと言っておく。
これで、彼女の忍術や幻術が自然なものとなるだろう。
「この世には不思議なことが沢山ある」
十六夜ちゃんの呟きがやけに耳に残った。
それは彼女の容姿や能力の高さなどにも当てはまる事なのだろう。
東洋医術S:人体の神秘をとことんまで突き詰めた技術。
彼女の特性の説明文だ。
それが何処まで意味するのかはわからないけど、彼女の老化は10歳で止まってるようにも見える。
そんな事を考えながら厩に着いた私は、自分の馬に飛び乗る。
「十六夜も乗っていく?」
「馬と同じくらいになら走れる」
そうですか。
確かに子供とは言え、人2人を乗せて全力で駆けさせれば、速度も稼げる距離も大分落ちるだろうから、助かるな。
それが分かってるからの言葉なのだろう。
むしろ新発田城まで馬の方が持たないはずだ。
伝馬制度、導入して置けばよかったと私は後悔した。
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「段蔵! 兄上は!?」
私が新発田城に駆け込むなり、迷いもせずに目的地に向かう様は十六夜ちゃんに疑問を持たれたが、神仏の導きだと言い張った。
所々で城兵が気絶してるのは段蔵の仕業だろう。
そして、目的地で私の目の前で展開されている光景は、深紅に染まった兄上の胸を怖いくらいの形相で必死に圧迫する段蔵の姿だった。
「鎖骨にあたって、心臓は守られたみたいだけど、血が止まらないわ!」
どうしてこんな状況になったのか分からないが、今は兄上を助けないといけない。
ステータス確認!
生命力26 体力10 精神力7 バッドステータス:大怪我A 一定時間ごとに生命力が減り続ける。
くっ・・・どうすればいい! どうすれば助けられるの!?
『対応する薬を持っていません』
何? 傷薬でもあれば良かったの!
『大怪我には反魂神丹、万金神丹のみ有効です』
嘘!? 何、そのファンタジーな薬!
こんな事なら無理無茶を押しても作っておけばよかった!!
でもない物ねだりしてる場合じゃない、今も兄上の出血は続いている。
他!
他に手はないの!?
曲がりなりにも私は医師なんだから何か!?
『静脈が切断されています。縫合しますか?』
するから! どうすればいいのよ!
『縫い針と糸を用意してください』
持ってない!
「段蔵! 十六夜! 縫い針と糸持ってない!?」
「針治療用の針しかない」
「針はあるけど、糸がないわ!」
糸、糸、糸・・・そうだ!
素早く髪を結んでいた紐を外しポニーテールを解く。
髪の毛は糸の代わりになったはず。
女で良かった。伸ばしてて良かった。
段蔵から受け取った縫い針に髪の毛を通す。
『現状での手術は不適切です。浄化しますか?』
聞かれるまでもない。
精神力が大幅に削れる感じがして私を中心に周囲全てが金色に輝く。
よしこれで・・・
「段蔵、どいて!」
段蔵と入れ替わり、傷口に目を向けると脳裏に術野が展開した。そこでは先ず、切断されている血管を結ぶ指示がある。
血管の場所も印があってわかるんだけど、肝心の視界が血溜りで血管が何処か分からない・・・
脳内映像はクリアなのに・・・
今、私の脳の中では資格情報と脳内ディスプレイの映像の二種類の映像が投影されている。
2つの映像は傷口の大きさやら、見える骨の太さなどピッタリ一致するんだけどな・・・
映像が二つ?
一つにできないかな?
そう閃いてディスプレイの方をドラッグする感じでスライドさせてみると動いた!
なら、これを視界の映像に合わせれば・・・!?
「見えた!」
血液の池の中、その場所に位置する血管が透けて見える。これならあとは手順に従ってトレースしていけば・・・
「ぐああああ!!」
傷口に指を突っ込んだ途端に兄上が叫びを上げて暴れ出した。
「兄上! 我慢して! 動かないで!」
私も叫んで必死に願うけど、兄上は大人しくなってくれない。それどころか暴れた為か急速に生命力が減りだした。
22,21,20,19,18・・・
「兄上ー--っ!!」
溢れる涙を拭いもできずにただ目を強く瞑って絶望の雄叫びをあげる。
こんな事ならせめて、麻酔だけでも調合しておくべきだった。溢れる後悔は叫びになって口から吐き出されていく。
すると、今まで必死に藻掻いていた兄上の身体がピタリと大人しくなった。
「え?」
「何をするつもりか、わたしにはわからない。けど、暴れられるのが困るみたいだから一時的に死んでもらった」
恐る恐る目を開けると、鍼灸用の鍼を持つ十六夜ちゃんが兄上を挟んで前に座っていた。
「一時的に死んでって・・・あ! 仮死状態!?」
段蔵がわかったと声を上げた。
仮死状態!?
それなら・・・
生命力13
止まってる・・・
心臓が動いていないから出血も殆んどない。
これなら、いける!
さっきと打って変わって希望にあふれた瞳で強く術野を睨む。
血管を結わき、切断された血管と血管を繋ぐ。
血の流れを止めていた糸を外し、傷口を閉じていく。
『手術終了』
脳内に掲示された文字にほっと安堵の吐息を漏らす。
「終わった? なら」
十六夜ちゃんの問いかけに頷くと彼女は手にした鍼を迷いなく兄上の首筋に突き刺した。
すると自然と兄上の胸が上下し始める。
仮死から復活したみたいだ。
「ありがとう、十六夜。貴女のおかげで兄上が助かった」
「主の為に働くのは忍者の役目」
そっぽを向かれてしまったが、その際にちらっと見えた彼女の頬は赤かった。
「中性的美少女の笑顔+涙・・・えげつない破壊力だわ」
段蔵が何か言ってるけど、私は兄上が助かった喜びでいっぱいでそんな事気にもしていないのだった。




